Hyur-Midlander / Halone
Class:GLADIATOR / LEVEL:16
Location >> X:20.9 Y:21.1
ザナラーン > 東ザナラーン > ウェルウィック新林 > ハイブリッジ
ざあ、と風が吹く。
それは穏やかなものではなく、さながら嵐のそれだ。風にまかれた雨が暴れ、飛沫を飛ばし跳ねる。視界を奪う豪雨だ。
「返してもらうっちゃ、仲間も、商品も」
そうズズルンが上げる声が聞こえる。完全なる、こちらの提案へ”否”と表明する返答だ。
ズズルンはミィアを片手に下げたままこちらに近づいてくる。まるで物のように片手に下げられたミィアは両脚を地に付けることもできず、ズズルンが歩を進めるごとに身体が揺れた。その表情は悔しさを滲ませていて、
「(そう上手く事が進むわけは無いか……)」
ズズルンとの交渉が100%上手くいくと思っていた訳ではない。それでも、わざわざ戦闘に持ち込むことなく(さながらTRPGでロールプレイが上手くいってGMが配慮してくれる時の様に)場を収める事ができるのではないか、とは思っていたのだ。
しかし、ズズルンはこちらの言葉を聞き入れてくれるボスでは無かったようだ。
「(それでも、本来のFATEの流れからは大きく外れているままなのは確かだ)」
NPCが人質に取られるなんて流れは、ゲーム内のFATEには存在しない。これは、こちらの訴えかけに対してズズルンが反応し、そのズズルンに対してミィアが独自の判断で行動した結果だ。
「(これがゲームなら、すごい処理してるゲームだよ)」
豪雨が目に沁みる痛みまでもが再現されている没入型のゲームだ。それも、定められたプログラムをなぞるCPUを相手としている世界ではない。何も定められていない、己の行動によって全てが移ろう現実なのだ。ただそれが、楽しい。
こちらがそんな事に思いを馳せていると、豪雨に負けぬ声がズズルンに飛ぶ。
「その娘を離せッ! 貴様の軍勢がどうなっても構わんのか!」
フンベルクトが雨風に負けぬ声でそう叫ぶ。それに対し、歩を緩めぬズズルンが言葉を返す。
「好きにすればいいっちゃ。しかし、どうするつもりっちゃ? ズズルン、爪を動かすだけ。お前ら、捕えたキキルンたくさん。ズズルンの方がとてとて行動速いっちゃ」
ほら、と再び空いた手の爪をミィアの喉に宛がう。それを見たフンベルクトは、ぐ、と言葉を飲み込んだ。
「(……なんとかしてミィアを助けないと)」
つい、ゲームとして今の状況をとらえてしまっていたが、ミィアを心配していないわけではない。片手で宙吊りにされた彼女は、屈辱に耐えるような、痛みを堪えるような表情をしている。先ほど着替えたばかりの新装備はスカートの丈が短く、持ち上げられていることも相まって風がスカートの裾を弄ぶたびに固定のモンクの顔が脳裏に浮かぶ。
「(今はそんな場合じゃないから静かにしててくれ……!ストライカー装備のパンツは黒いからお前の趣味じゃないんだよな!!)」
思わず、全く関係ない事を脳裏に描いてしまったが、ズズルンとの距離はもう数歩の距離まで縮まっていた。
恐らく、彼はこちらに近づききった段階で判断を迫るのだろう。ゆったりとした動じている様子の無い歩みは、そのカウントダウンだ。
お前達はどうするのか、冒険者の娘を見捨てるのか、それとも全てをこちらに明け渡すのか、ズズルンは言外にそう告げている。
「(……なぜそうも頑なにこちらの提案を拒否する?)」
こちらの脳裏に浮かぶ問いに対する返答は、既にズズルンの口から告げられている。
人間が憎い、と彼は確かにそう口にした。それは、ゲーム内では語られていない部分だ。一介のFATEボスに対して割かれているリソースはさほど多くない。
しかしここはゲーム内ではない。全ての生きとし生けるものがバックボーンを背負って生きている。それを俺は知りたいと思っていた。エオルゼアに生きる人たちの事をもっと知りたいと。ゲームをプレイしながら想像を膨らませることもあった。
「……なぜ人間が憎い?獣人を排斥したからか!?」
思わず俺はそう問いかける。これは実質、答え合わせに近い。こちらが想像の羽を広げていたエオルゼアという世界、答えを得ることは無いと思っていたが、今ならばそれを知ることができる。
「教えてくれ、なぜお前は人を襲う!?」
いくら距離が近づいていると言えど、この豪雨の中では声を張らねば届かない。ズズルンんが何を考えているのか知らなければ、と重ねて問いかけたこちらに対し、ズズルンは鼻で笑った。
「……ニンゲン、傲慢っちゃ。キキルンのこと、とてとて軽んじる」
そうだろう、と彼の暗い目が言外にそれを語った。
●
なあ、そうだろう、ニンゲンたちよ、とズズルンは思う。
教えてくれ、と宣ったヒューランは、真剣な眼差しでこちらを見据えている。先ほどもそうだった。銅刃団は上の命令に従うだけ。それを率いる将はこちらを盗賊団として捕えようとしているだけ。
しかし、このヒューランだけは違う。獣人排斥令の出ていないリムサ・ロミンサへ渡ることを提案してきたり、あまつさえ貯めた金で砂蠍衆の地位を買えという。
面白い男だ、とズズルンは思った。そんな事を彼に言うニンゲンは初めてだった。だからこそ、ズズルンは彼を見やり、歩を止める。そして、
「キキルン、お前らと比べる、とてとて短命っちゃ」
知っているか、と思う。キキルン族の寿命は20年前後だ。それは、彼ら人の子と比べれば大層短い。その”弱さ”が、彼らキキルン族の扱いを軽んじさせている、とズズルンは考えていた。
「キキルン、長生きしない、お前らと比べて、大事、なせない」
するとどうだ。
「お前ら、キキルンのこと、家畜同然に扱うっちゃ。もしくは愛玩動物扱いっちゃ」
キキルン族は、その喋り方から幼い印象を他種族に与えがちだ。共通語の発音が、口や喉の構造に合っていない事によって舌足らずになるからだ。また、キキルン族特有の語彙を共通語で表現しようとした結果、独特の言い回しになっているらしい。
それが可愛いと、キキルン族を愛でるニンゲンも確かに存在する。しかしそれは、愛玩動物としてキキルン族を扱っているようなものだった。犬猫と同じ、自分よりも劣る短命な種族。しかも、ニンゲンは容易くそれを裏切る。
「ズズルンの曾祖父、船乗りにもぐもぐされたっちゃ。非常食扱いっちゃ」
向かい合うヒューランの男が息をのむ。知らぬか、同族の行いを、とズズルンは感じた。
我らが一族も、その昔バイルブランド島に居を構えていた時代が有ったらしい。船乗りにとってキキルン族は危険を察知する能力が高く、船員として有用だそうなのだ。
しかし、有用なのはそれだけではない。船内の食料が尽き、食うものに困ったとき、ズズルンの曾祖父は寝食を共にしていたニンゲンの手にかかり、腹の肥やしにされたというのだ。ニンゲンという長寿の種族にとって、キキルン族はその程度の扱いなのだ。
それを父から伝え聞いて以来、ズズルンは決して船乗りにはなるまいと心に誓った。そして、ニンゲンへの憎しみがふつふつと湧き上がるようになった。そして、己はそうされるまいと固く心に誓ったのだ。
「ニンゲン、信じられんっちゃ」
キキルン族は弱い。その寿命は勿論、体躯も小さく、力も無い。しかしそれを覆せるのが金銭だ。金さえ有れば、軽んじられない。なぜならば金は命よりも重い。幸いにしてズズルンは、他のキキルンと比べて体格もあった。舐められることもなく、ズズルンはその商才を発揮した。一時は守銭奴のズズルンとまで呼ばれた彼は、その金で一族を養い、鍛え、奪う側に立ったのだ。
「ニンゲン、よわよわキキルンのこと軽んじる」
因果応報だ、とアマルジャ族の使う言葉を心中に思い浮かべる。
「ズズルンも同じ。ズズルン、よわよわニンゲンの事軽んじる。何が悪いっちゃ?」
非常食として捌かれた曾祖父。
ニンゲンではなく愛玩動物として扱われていた従妹。
商品を奪われ、ボロ雑巾の様に捨てられた兄弟。
15年もの、終身刑に通しい刑期を言い渡され獄中で死んでいった同胞たち。
自分は、ニンゲンんから搾取されてきたキキルン族と同じように、ニンゲンから搾取しているだけだ、それの何が悪い、同胞たちの顔を脳裏に思い出しつつ、言葉を作る。
「ズズルン、やめるつもりないっちゃ。砂喝衆になるつもりもないっちゃ。よわよわキキルンがされてきたこと、よわよわニンゲンに返す。それがズズルンの生き方っちゃ」
分かったか?と思う。分かったならば決めろ、と。
こちらの手中に下げられている弱きニンゲンの娘を見殺しにするのか、こちらとの商談に応じるのか、そうズズルンが口にしようとした時だ。
「……って……ます」
雨音に交じり、娘が微かに何かを口にする。
なんだ、と思った瞬間、
「!」
手中の娘が、跳ねた。
●
「ミィア!」
思わず俺は、声を上げていた。
今、ハイブリッジでは皆がズズルンの語りに耳を傾けていた。彼の思想に、ニンゲンへの憎悪に、皆が聞き入る。それに反感を覚える者も、共感を覚える者も居ただろう。そして、彼の話を一番間近で聞いていたのがミィアだ。
雨音で聞き取れなかったが、彼女が何かを呟いたのが唇の動きで見て取れた。そしてその瞬間、ミィアはその身体を文字通り跳ね上げた。
両腕を掴み上げられた宙ぶらりんの状態でそれを行うのはまるで軽業だ。
「(ミコッテが身軽っていうのは、本当なんだな……!)」
身体のバネを使い、両脚を真上に持ち上げる。そしてミィアは、己を拘束するズズルンの右手を支点として、そのまま逆上がりをするかのようにズズルンの背後へくるりと回った。
「――!」
きぃ、とズズルンが痛みに声を漏らす。ミィアが背後へ回った勢いで、自ずと片腕を捻り上げられるようになったのだろう。その痛みによって右手の拘束が緩み、ミィアは自由の身となる。
そのままズズルンの背後に着地するかと思いきや、彼女はバク転した勢いそのまま、宙で身体を捻り、
「っ!」
ズズルンの後頭部に鋭い回し蹴りを放った。
ゆらり、とズズルンの巨躯が揺れるが、しかしまだ弱い。ズズルンはそれをも持ちこたえるが、
「この……っ!」
こちらの対応が間に合った。ズズルンの元まで駆け寄った俺は、勢いに任せて構えた盾ごとズズルンにぶつかる。シールドバッシュとも呼べない力任せのそれは、しかし確かな手ごたえが有り、
「大人しくしろ!」
こちらの身体の下に組み敷く形で、俺はズズルンを取り押さえた。
「……っおい、縄を持て!」
そう背後から、はっとしたフンベルクトの声と、こちらに駆け寄る足音が聞こえてくる。きぃ、と鼠の鳴くような声をズズルンが上げ藻掻くが、流石の巨躯もこちらが力の限り圧し掛かれば身動きは取れないようだった。彼を逃さないように気をやりつつ、傍らに立つミィアを見上げれば、
「……っ」
声に出そうとした、大丈夫かという言葉を思わず飲み込んだ。なぜならば彼女が、
「(泣いてる……のか?)」
そのアメジストのような輝きを持つ瞳から、確かに水滴がこぼれている。ハイブリッジは大雨だ。果たしてそれが、彼女の瞳からこぼれている者なのか、ただの雨粒なのかしっかりとは判別がつかない。しかし、確かに彼女は痛みに耐えるような表情を湛えており、
「……っ弱者として虐げられたからといって、また別の弱者を虐げていい理由にはなりません!」
思わず、といったように彼女の口から言葉が漏れた。己の感情を押し込めるように、すこしくぐもった声色のそれは、聞いたことのない声色だ。次いで、ひゅ、と彼女の喉が音を立てる。涙の零れる眼差しはこちらに取り押さえられたズズルンを真っすぐ見ていて、
「そんなこと、許されません。私が許しません」
彼女がそう告げたと共に、銅刃団がズズルンを取り囲んだ。俺はその隙にズズルンが逃げることが無いよう慎重に彼らにその巨躯を受け渡し、豪雨が作った泥の中から起き上がった。
銅刃団の邪魔にならないよう彼らから少し離れる。そして向かい合うのはミィアだ。
先ほど涙や言葉、気になる点は有るが、
「……ミィア、大丈夫か?」
まずは、と先ほど言葉にしそこねた言葉を投げかける。ミィアは、まるで豪雨に負けてしまいそうなほど肩を落としている。しかし、こちらの言葉にはっとしたように、ごしごしと腕で両眼を拭った。
「(やっぱり泣いてたのか……?)」
拭う端から雨に打たれ、意味を成しているのか分からない行為だが、その行為こそが彼女が涙を湛えていた証拠にも思えた。そうして己を取り繕おうとしているかの様に見える彼女に掛ける言葉を見つけあぐねていると、
「……すいま、せん。不覚を取りました」
少し鼻声だが、こちらに帰ってくる声は普段通りのものだった。それに少しほっとする。泣いている女の子の相手が得意な男なんて、この世に数えるほどしかいないだろう。勿論俺も苦手だ。
ミィアが普段通りの声色で返してきたということに俺は甘えて、深くは追及しない、当たり障りのない言葉を返した。
「……結果的になんとかなったんだ、問題ないよ。怪我は?」
「どうでしょう……?自分じゃ見えなくて」
そう言いつつ彼女は己の首元に触れる。ズズルンに爪を押し当てられた箇所だ。雨に流されたのか、血も付着していない。かすり傷程度のものだったのだろう。
「多分大丈夫だ。まぁ後でちゃんと確認はしよう」
後は……と呟きつつ見やるのは、銅刃団に囲まれているズズルンだ。縄を打たれたズズルンは、最早暴れることもなく、暗くよどんだ目でこちら……否、ミィアを見ていた。
「……なんですか」
その視線に対し、ミィアは言葉で返す。
「”そう”したいならそうすればいいっちゃ、ズズルンはそう思わない。それは、憎しみが足りないだけっちゃ」
そのズズルンの言葉に、ミィアが息を飲んだ。恐らくは、先ほどミィアが口にした言葉への返答だろう。ミィアがそれの言葉に何かを返すよりも早く、
「連れていけッ!捕えたキキルンと共に連行するのだ!」
ハイブリッジの向こうを大ぶりな動きで差したフンベルクトの言葉でズズルンは連行される。既に捕らえられているキキルン族に彼が近づくと、きぃ、きぃ、と労うような鳴き声が聞こえてきた。ニンゲンを憎み徒なす盗賊団の頭目では有るが、恐らく身内からは慕われているのだろう。
対して、言葉を投げかけられたミィアは、
「…………」
「……ミィア、大丈夫か……!?」
ズズルンの言葉に息を飲んだ彼女は、気付けは顔を真っ青にして佇んでいた。思わずそう声を掛けたのだが、こちらの声量よりも大きな声で、
「よし!このまま敵の拠点を叩くぞ!」
え、と思う。ちょっと待ってくれ、とも。
もちろんその大声の主はフンベルクトで、そのあとには銅刃団の鬨の声が続く。
場は沸き立っていた。一時は敗色濃厚かと思われた場が持ち直したのだ。この勢いのまま行こう、と場の空気が告げている。
「オレの美しい背中に続け!」
そう言ってフンベルクトは己の拳を突き上げた。そして、
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
こちらの静止も聞かずに、手勢を率いた彼はゲーム内のFATE通り、ユグラム川へ向けて駆け出して行った。場に残ったのは捕縛されたキキルン族を護送する任を任された者と、俺たちやコーネルら冒険者のみだ。
「(付いていかないとFATE失敗するだろ……! 勝手に行かないでくれ……!!)」
追わねば、そう思いミィアを見るが、彼女は先ほどズズルンに言葉を投げられてから顔色悪く立ち尽くしたままだ。ズズルンは「憎しみが足りないだけ」だと言っていた。それに息をつめた彼女は、何か憎しみにまつわるものを心に秘めているのだろうか?そう思う。しかフンベルクトが走り出した今、彼女の内面について詮索している時間は無くなってしまった。
本来ならば、この後も策を練り敵と相対しようと俺は強く思っていた。しかし雨嵐の向こうに見えなくなるフンベルクトの背がその思いを完全に打ち破っている。前哨FATEでも気にかけていたことだが、彼らだけではナヨク・ローに敵うまい。FATEが失敗に終わることだけは避けなければ。
そして、FATEの成功にはミィアという戦力が必要だ。いくら俺が加勢したとしても、ソロでクリアするには少しばかり骨の折れるFATEだ。
「ミィア!」
俺は、事情はどうあれ現実に目を向けてもらうべく、彼女の両肩を両手で掴んだ。そこからは震えが伝わってくるが、俺はそれを無視して、
「行こう! 俺たちも加勢しないと」
「……っで、でも、わたし」
「とりあえず今の事だけ考えよう、手遅れになる前に」
行けるか?と言葉を続ける。
薄暗い豪雨の中、光っているように見えるその瞳は逡巡するように揺れる。しかし、
「……行けます」
最後は俺を見据えた。
「じゃあ行こう!」
その言葉に返事を返したのは、ハイブリッジからこちらに駆けてきたコーネルとカカリクだ。
「俺らも行こう」
「流石にキキルンは銅刃団に任せとけば大丈夫でしょ」
そう言う心強い彼らに頷きを返し、俺達はユグラム川へ向かって駆け出した。
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