四章 東ザナラーン後編 - 04?(最新話 23.3.30? 更新)

Hyur-Midlander / Halone

Class:GLADIATOR / LEVEL:16

Location >> X:20.9 Y:21.1

ザナラーン > 東ザナラーン > ウェルウィック新林 > ハイブリッジ 



 ごお、と飛沫を上げて濁流が奔る。

 黒衣森に降った雨が地中を通り、洞窟を抜け、雨雲と共にザナラーンにまで辿り着いたのだ。バーガンディ滝を落ちることで勢いをつけたそれはユグラム川となり、更にはハイブリッジの谷へと霧となって落ちていく。

 ハイブリッジの瀑布の頂上、ユグラム川の岸辺でナヨク・ローは立ちまわっていた。普段ならば、乾き土埃を上げる大地も、豪雨によって滑りを帯び、土埃の代わりに泥を撥ねる。


「薄志弱行……なんと脆い軍勢よ!」


 その泥を滑りごと踏むように、ナヨク・ローは強靭な脚で前に出る。

 彼の周囲には、既に数人の銅刃団が呻き声を上げて泥に身を伏せていた。

 相対しているのは拳闘士の男で、


「触れると切れるぞっ!」


 その拳は、正に雨を切るようにナヨク・ローに襲い掛かった。

 人間の中では背丈の高い部類に入るであろうその男も、彼らアマルジャ族と相対すれば子供に等しい。しかも男の得物はその拳だ。それを届かせるためにはこちらの懐に飛び込んでくるしか無く、 


 「とうっ!」


 牽制するかのような左拳に次いで、こちらの顎を狙うように突き上げた右拳。素早い動きだが、しかし見極められないほどではない。ナヨク・ローは左拳を右手の手甲でいなし、男の両腕を広げるように右拳を内側から掴んだ。そのまま内から外に男の肩を折る勢いで力任せに放り投げる。


「――一粒万倍、貴様らを使うことにしよう」


 その拳で男の頭を鷲掴み、砕くこともアマルジャ族の膂力を持つナヨク・ローには容易いことだ。しかし彼はそうする事なく、銅刃団の男を放り投げた。

 それは、この後彼らを生贄として連れ帰るためだ。


「(ズズルンはしくじったのだろうからな……!)」


 こうしてズズルンから”商品”を引き渡される場所に銅刃団が乗り込んできたということはそういう事だ。ならば”商品”の替えが必要になってくる。


「隊長さまになにするニャ!」


 男を投げたことで開いた場に飛び込んできたのは二人のミコッテ族だ。片方が身を低くしてこちらの膝にその拳を叩きこむ。それにより体勢が崩れたナヨク・ローに対し、もう片方は跳ねたかと思うと、彼の肩に手を突いて背後に回った。


「挟み撃ちニャっ!」


 とにゃ、と正面のミコッテ族がこちらの顔面に拳を届けようと飛び掛かる。恐らくは背後に回ったもう一人もそうしていることだろう。ナヨク・ローは、


「軽慮浅謀……」


 正面のミコッテ族に背を向けるように身を回す。その勢いで放たれるのは強くしなる尾だ。


「にゃッ!!」


 筋肉で編み固められた綱とも言っていいナヨク・ロー自慢の尾は、さきほどまで己の正面に居たミコッテ族を打ち払った。それと同時に、突如こちらを向いた敵に対して焦りを帯びた表情を浮かべるもう一人のミコッテ族に対して拳を穿つ。拳の届く距離はこちらの方が長い。彼女の拳が己に届くよりも早く、ナヨク・ローはその小柄な身体を吹き飛ばした。


「エ・タージャ、エ・ラームイ!」


 ミコッテ族の二人が吹き飛ばされたのは、先ほど投げ飛ばした男の両脇だ。打撃を受けてもなお、空中で身を捻り、手を突きつつも泥に着地した彼女らは、


「だ、大丈夫ですニャ」

「まだ行けますニャ……!」


 泥から身を起こした男を庇うように並び立つ。烏合の衆かと思いきや、気骨のある隊員も揃えてはいるようだ。

 ならば己も答えねばならん、とナヨク・ローは右拳に意識を集中させた。


「――石火豪拳」


 じゅ、とこちらの拳に蒸気が上がる。雨粒が拳に纏った炎の力によって蒸発しているのだ。アマルジャ族の主神、イフリートに連なる炎の力。


「喰らうがいい」


 ナヨク・ローは眼前の三人に対し、それを揮った。





 ナヨク・ローの力が揮われる前にフンベルクト達に追いつかなければ、その一心で俺は走っていた。

 その焦りは、豪雨によって足元がぬかるむ事から生まれる感情でも有るが、


「(まだキキルンの残党が残ってたとはな……)」


 恐らくは、この拠点に常駐していたキキルン達なのだろう。首領であるズズルンの訪れを待っていた彼らは、運悪く俺たちと鉢合わせた。それによって少し時間を喰われてしまったのだ。


「(流石にもうキキルン達が居なければいいが……)」


 お互いを感知するやいなや襲い掛かってきたキキルン族は、コーネルとカカリクが引き付けてくれている。ヒーラーは居ないものの、実質四人PTでかかればナヨク・ローなど造作もないだろうと思っていた所にこの分断だ。


「(銅刃団が壊滅してなければいが……)」


 そう思うとともに、雨音よりも大きな水音が耳に入る。それは自分たちがユグラム川のほとりまで到達したことを示しており、


「ナイトウさん、あれ……っ!」


 ミィアが視線で示す先、そこには三人の人影が立っていた。こちらに背を向けるように立つ彼らは銅刃団の鎧を着込んだ面々で、その向こうに立つ大きな影はアマルジャ族――人買いのナヨク・ローだ。

 ナヨク・ローの右拳からは蒸気が上がっており、空気がゆらりと熱に揺れる。それを大地に叩きつけんとするその技は、


「っ前方範囲だ!下がれ!!」


 俺は思わずそう叫んだ。しかし、遅い。

 拳そのものは届かない距離だ。それが油断を生む。振りかぶられた右腕は大地を穿ち、


「――ッ!!」


 三人が熱波に吹き飛ばされた。

 一瞬泥と化した大地が熱に沸くが、それを収めるように雨が降る。雨と、蒸気の向こうに立つナヨク・ローがこちらを見据え、立っていた。


「大丈夫か!」


 俺たちはフンベルクト達の元へと駆け寄る。フンベルクトはなんとかその身を起こし膝をついたが、双子のミコッテは起き上がってこない。俺は咄嗟に彼らとナヨク・ローの間に入り、剣盾を構えた。


「……再度来たか、愚かな冒険者よ」


 そう、くぐもった声色でナヨク・ローがこちらに声を掛けてくる。それは、感情を押し殺した声とも受け取れたが、生憎俺にはアマルジャ族の感情をその表情から汲み取ることができなかった。その眼光は鋭く、相対するだけで気圧されそうになるが、


「来るさ、ハイブリッジを見捨てるわけにはいかないからな!」


 俺はそう大声で言葉を返す。ナヨク・ローから注意は逸らさず、ちらり、と背後を横目に確認すれば、ミコッテ達の様子を確かめたミィアが頷きを送ってきた。戦闘不能では有るが、命に別条は無いということだろう。


「……オレとしたことが遅れをとったな」


 ミィアの頷きに安堵の表情を浮かべつつ、フンベルクトがそう呟く。普段は驚くほどの声量を持つ彼も、現状には気持ちが負けているように見受けられた。 彼らだけに任せず、急ぎ追って良かった、と思いつつ、


「まだ行けるか?」


 そうフンベルクトに声をかける。その言葉に頷き彼は、


「舐めないでもらおう、このオレを!」


 数瞬前までは、倒れた双子のミコッテを心配し気落ちしていた様子だった彼だ。しかしそれを顧みず即座に返ってきた切り替えの速い言葉に、俺は思わず口端を上げた。


「分かった、それじゃあ……俺が奴の正面に立つから、二人は背面や側面を狙ってくれ」


 今度は返答を待たず、俺はナヨク・ローに対して剣先を突きつける。そして、


「今度こそアンタを打ち負かすぞ、俺は!」


 そう高らかに宣言した。そして、そうするのには理由が有る。それは、試してみたいことが有るからだ。


「(レベルが15を越えてるからにはタンクの仕事をちゃんと果たさないとな)」


 勿論この世界にレベルという概念は存在しない。もし存在していたとしても、この世界で暮らすNPC同然の俺には認識できない。しかし、なぜ自分がレベル15を超えていると確信しているのか、それは、


「(越えてなきゃこの装備は着れない筈だ)」


 FF14というゲームには、装備にレベル制限が掛かっている。指定されたレベルを越えなければその装備を着ることは出来ない。

 現在俺が身にまとっている装備、ビギナー装備一式はレベル15以上が制限だ。ゲーム内の装備できない、という仕様を世界観に沿った言い方で説明するならば、その装備を着ても身動きが取れないか、身動きが取れたとしても本来の力を発揮できないといった所だろう。

 しかし、先程キキルン族と戦った時、俺はそういった違和を全く感じなかった。新しい剣盾は手に馴染み、鎧は体の動きを阻害することなくこちらの急所を守っている。

 つまり、俺はビギナー装備本来の力を引き出せていると言っても構わないだろう。自身の力を過剰評価したいわけではないのだが、そう感じるのだ。

 そして、装備を指標に得た己のレベルを鑑みるに、自分は既にタンクにとって必須とも言えるスキルが扱えるはずで、


「俺がお前の相手になってやる、ナヨク・ロー!」


 威勢よくそう告げ、なるべく相手に注目されるようにしておく。そして、


「アイアンウィル!!」


 俺は剣を両手で持ち、胸の前に構えてそう叫んだ。が。


「…………」


 その直後、身の回りにエフェクトが出現し、効果音めいたものが鳴る……はずもなく、 


「…………」


 場を沈黙が支配していた。

 豪雨が降り続いているはずなのに、周囲が酷く静かに感じる。つ、と雨粒が頬を伝う。決して冷や汗ではない。


「……ナイトウさん、そういうのは違う機会にしましょう」


 背後を確認しなくとも、どんな表情でそう言ったのか十二分に分かる声色でミィアが呟く。既に体勢を持ち直し、立ち上がっていたフンベルクトに至っては「若さとはそういう時期さ……」などと呟いているし、


「……こ、こういうおまじないが有るんだよ!」


 違う、格好つけてオリジナルな技名を叫んだ訳では無い。決して。そんな弁解の意を込めてそう叫ぶが、その思いが背後の二人に伝わることは無い。

 ただ俺は、レベルが15まで上がっているということは、タンク専用のスキルであるスタンスが入れられるようになっているのではと思っただけなのだ。

 剣術士、ひいてはナイトのスタンス名はアイアンウィルだ。俺のようなエオルゼア老人は、つい忠義の盾と呼び初心者プレイヤーに「そんなスキル無いんですけど……」と言われがちなあれ。このスキルを使用することにより、タンクが稼ぐことの出来るヘイト量は爆増する。

 ゲーム内でタンクがヘイトを稼ぐことは簡単だ。スタンスを入れて殴るだけでいい。しかし、この世界でのヘイトの取り方が今いち分からなかった俺は、


「(一か八かで盾のバフが掛かればいいと思ったんだよ……)」


 やはり技名を叫んでスキル発動などといった事象は起こらないらしい。魔法の才さえ有れば、もしかしたら使うことが出来たのかもしれないが、俺に出来ることは愚直に己の立ち振る舞いでヘイトを稼ぎナヨク・ローに立ち向かうしかないようだ。そのために、わざわざ大声で相手を煽るようなことを言い、順当に注目を集めようとしていたのだが、つい技名を叫べばどうなるのかという好奇心に負けてしまった。

 なんとか場を収めようと、俺は改めてナヨク・ローに向き直る。そして、


「い、行くぞ!」


 そう告げた先に居るナヨク・ローは、なにか言葉を呟いた。一度は聞き取れなかったそれは、再度彼の口から発せられることとなり、


「馬牛襟裾……どこまで戦を愚弄するか、貴様は……ッ!」


 ナヨク・ローから発せられた言葉は、完全に怒りを滲ませていた。





 ミィアは、焦りと安堵を同時に得ていた。

 安堵は己に対するもので、焦りは向かう相手に対するものだ。


「(……ナイトウさんは、本当に、なんと言えばいいか……)」


 安堵は、自身が感情に飲まれそうになっていた状態から立ち直れたことに対する安堵だ。

 ナイトウがどう感じていたかは分からないが、先ほどまでの自分は心ここにあらずといった状態だった。まるで、自分を俯瞰した状態で遠くから見ているような、そんな感覚。

 ズズルンから投げかけられた言葉を思い出す。否、思い出しはしない。直接的にその言葉を認識すると、再び現実世界に集中できなくなってしまう。だからこそ、言葉そのものは思い出さず、その時に得た感情に少しだけ思いを馳せる。


「(……大丈夫、大丈夫です)」


 思いを馳せても、自身の感情が揺らぐことは無い。得た安堵は、それに対するものだ。

 自身の奥底に仕舞ってある記憶。恐ろしく、しかし大事な記憶だ。普段は蓋をして、目を背けているその記憶にミィアは飲まれかけていた。

 しかし、そんな自分の肩を揺さぶり、ここまで連れてきたのがナイトウだ。己を飲まんとする記憶からは逃げられたものの、その余波が今までの現実味の無さだったのだろう。しかし今は、それすらも無くなっている。それは、


「(まさかここに来てあんな大滑りをやらかすとは……なんだかもう、全部吹っ切れましたね……)」


 この人はたまにそういう事をする。理解のできない単語を口にし、素っ頓狂な事を行動に起こす。頼りがいが有るかと思えばそういった一面を見せるので驚きが絶えない。

 しかし、その驚きのおかげで、完全に気持ちが現実を向いた。

 そして、同時に得た焦りは、


「っナイトウさん!」


 ご、とナヨク・ローの拳が宙を薙ぐ。その拳は尚も炎熱をまとい、空間を焼いていく。


「(なんだか凄く怒らせたみたいですけど、大丈夫なんですか……!?)」


 そう、ナヨク・ローは怒っていた。ナイトウが謎の言葉を叫びポーズをきめた時、彼はナイトウに対する怒りを露わにしたのだ。

 アマルジャ族は、武人が多い種族と聞く。ミィアが育った黒衣森で出会うことは殆ど無い種族のため見識は浅いが、恐らくはナイトウの戦闘に対する態度が彼の逆鱗に触れたのだろう。


「っ!」


 横薙ぎの拳を身を低くして避けたナイトウは、そのままナヨク・ローの背後を取るように身を跳ばす。それを追うように着地点を狙ってナヨク・ローが拳を振るったが、それは盾で弾き返した。

 その動きによって生まれるのは、緩い挟み撃ちの構成だ。己の背後に向かったナイトウを追い、振り向く形となったナヨク・ローの側面に自分とフンベルクトは位置している。

 ナイトウが言った、自分が正面を担うという言葉通りの陣形が今組まれようとしている。


「行きますっ!」


 ならば自分たちも向かわねばならない。跳ぶように距離を詰めれば数ヤルムは一瞬で縮まる。自分の左側に居たフンベルクトに背面の位置を譲り、ミィアはナヨク・ローの側面に立つ。


「人間風情が……!」


 それを厭うようにナヨク・ローがこちらに向けて後ろ手に腕を振るおうとするが、ナイトウの剣がこちらとナヨク・ローの間に差し込まれ拳を弾く。こちらに攻撃の手が向かないよう立ちまわっているのだ。


「(こういう時は頼りになるんですけどね……!)」


 ナヨク・ローの弾かれ浮いた右腕、その下に空く脇腹を狙い打撃を入れるが、すぐさま構えなおされた腕鎧でガードされる。背後から一撃を加えようとしていたフンベルクトも、勢いよく降られたナヨク・ローの尾によって拳を打ち払われていた。


「っ!」


 追撃を避けるよう、一歩下がれば、その時はもう既にナヨク・ローは左拳を振り上げていた。その拳からは蒸気が上がり、火属性の力を今にも放たんとしている。先ほどフンベルクト達が吹き飛ばされた衝撃波を伴う技だ。

 ナイトウはあの技のことを理解しているようだった。昨日も構えを見ただけで避けていたし、先ほどもフンベルクトらに回避行動を促すべく声を上げていた。だから今回も避けるのだろうと思ったのだが、


「避けぬか!」


 彼はその場に踏みとどまった。ナヨク・ローの拳を起点として、放射状に熱が大地を穿つ。彼はそれに向かって盾を構え、己の身をそれに隠した。

 なぜ彼はその場に踏みとどまる判断をしたのか、それは、


「(隙です……ッ!)」


 ナヨク・ローの衝撃波を放つ技は、大ぶりに大地を穿つがゆえに動作時間が長い。それを放った後体勢を立て直すのにも幾ばくかの時間が必要だ。だからこそ、彼はその攻撃を受け、こちらが攻勢に出る瞬間を作ったのだろう。

 ミィアは一歩を引いた距離から姿勢を整えた。狙うのは拳の打撃ではない。それが有効打になる確率が低いからだ。

 彼女が装備する武具は、格闘武器と呼ばれるものだった。楕円形になった輪に手を通し、拳を握りこんで打撃を行う。指の骨や関節などの、脆い部分を保護し、更には攻撃力を高めるための武具だ。その中でも、このプランタードナックルは打撃を主とする分類に割り振られる。手の甲側を分厚い鉄で覆い、緩い突起を三つ象られたそれは、格闘初心者には扱いやすい。だがそれは決定打に欠ける事も意味し、敵を仕留め損なうことも多い武器だ。

 練度を上げ、フンベルクトのように殺傷力の高い爪を持つバグナウ系の武器を扱えるようにさえなれば、その悩みも解決するのだが、ミィア自身、己の技量がまだそこには届かないことを理解していた。

 だからこそ選んだその技は、


「これなら……ッ!」


 ナヨク・ローは、未だ振り下ろした拳を地に着いたままだ。その隙を狙い、ミィアは動く。


「はぁッ!」


 大きく左脚で踏み込み、軸足に。あと一歩でミィアの攻撃はナヨク・ローに届く距離だ。だから彼女は重心を下げ、腰を低く構えて身体を回すように右脚を踏み込む。そして相手にぶつけるのは拳ではなく、


「(下から突き上げるように肩と背で突進する……!)」


 鉄山靠、格闘士ギルドに入門した時に教えられた技だ。未だその時には使いこなすことが出来ず、口頭でのみ伝えられた技では有ったが、


「――!」


 激突の瞬間、が、とナヨク・ローが咆哮めいたものを上げた事が何よりもミィアの攻撃が相手に”入った”証拠だった。こちらの突進により巨体が揺らぐ。勿論、ミィア自身の身体にもその手ごたえは伝わっており、


「(このまま追撃を……!)」


 そう思った時だ。揺らいだ巨体が、こちらを見る。

 先程まで地を穿っていた拳は再び握り固められており、


「ミィア!」


 ナイトウではなく、こちらへのその拳が振るわれようとしていた。 





「ミィア!」


 俺のその声は、彼女に後退を促すものだった。


「(タゲが跳ねた……!?)」


 先程までこちらに相対していたナヨク・ローが、体勢を変えミィアに向き合おうとしていた。俺に対する攻撃の片手間に相手をするのではない。そこには、彼女から叩き潰そうという圧が感じられた。おそらくその起因となったのはミィアが繰り出した攻撃で、


「(鉄山靠がクリティカル入ったのか……!)」


 彼女の動きを見ただけで技名を思い出したのは、固定のモンクから鉄山靠にまつわる小ネタを語られたことが有るからだ。格闘ゲームのバーチャファイターで使われていたとか、拳児という漫画で複数の不良相手に決めていたとか、俺も習得しようと練習した事が有るとか。

 今はもはや豆知識として披露することも出来ない知識となってしまったが、それについて思案している暇はない。

 タゲが跳ねる……敵のターゲットがタンク以外に向くということはつまり、俺が稼いだヘイト量をミィアの稼いだヘイト量が上回ったということだ。一回のクリティカルで上回られるという事は、この世界のヘイト管理は新生時代のシビアなヘイト管理が求められているのかもしれない。

 そんな事を考えつつ、俺は叫ぶ。


「おい!お前の相手はこっちだろ!!」


 ゲーム内で敵がタンク以外を攻撃した場合、やる事は一つ。『挑発』スキルを使えばいい。新生時代の『挑発』ならば、ターゲットされているPCが得ているヘイト値に一足されたヘイト値を得ることが出来る。だからこそ『挑発』を入れた直後にハルオーネなどのヘイトを更に稼ぐスキルを使うことが推奨されたが、この世界に『挑発』などというスキルを発動するボタンは存在しない。

 だからこそ俺は、声を荒らげナヨク・ローの気を引いた。それにより生まれたのは数瞬の躊躇いだ。


「(っ良し……!)」


 俺はその隙にミィアとナヨク・ローの間に身を滑り込ませる。ミィアを後ろに突き飛ばすようにし、盾の腹でナヨク・ローの鳩尾を殴りつけた。


「貴様……ッ!」


 それによってナヨク・ローの動きが止まる。重ねて俺は、


「スタンしてろ……ッ!」


 低い位置からの直蹴り。先程の盾がシールドバッシュならば、これはタンクのロールアクションであるロウブロウだ。暗黒騎士譲りの荒々しい蹴りは相手の下腹部に直撃し、


「――!」


 声にならぬ声を上げ、ナヨク・ローが腰を折る。蹲るようにしたその姿勢に対し追い打ちをかけたのは、


「先程の借りを返すぞッ!」


 背後からナヨク・ローに跳びかかったフンベルクトだ。彼は前かがみになったナヨク・ローの背に乗り、後頭部から突き出た長い角を左手で掴み押し込む。それにより横顔をフンベルクトに晒すことになったナヨク・ローに、


「いいッ!オレかっこいいッ!」


 その頭を横から地に着かせるよう、振り上げた右拳の掌底を叩き込む。


「――!」


 ナヨク・ローが声にならぬ叫びをあげ、そしてそのまま大地に頽れた。





四章03⇐ ⇒Coming Soon!! 


称号:レジェンドのヒカセン エオルゼアに転生する ~いよいよ異世界だなぁ、オイ!!~

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