Hyur-Midlander / Halone
Class:GLADIATOR / LEVEL:16
Location >> X:20.9 Y:21.1
ザナラーン > 東ザナラーン > ウェルウィック新林 > ハイブリッジ
結局その場が落ち着いたのは、夜更けの事だった。
ザナラーンには珍しい豪雨が、それらを生む雨雲さえも流し去ったかのように快晴だ。その天候の移り変わりは、日付が変わったころに雨が止み、
「(まさか、ゲーム内だけじゃなくて実際に天気が変わるのは八時間周期なのか……?)」
今度、天気予報士を見かけたら、エオルゼアの天候について尋ねてみるのもいいかもしれない、そんな事を考えつつ、雨に濡れた体を冷やさぬよう、ようやく着替えられたのが先ほどだ。
残念なことにハイブリッジには湯を出せる設備が無いらしく、身体の汚れを落とすにはファイアクリスタルで温めた濡れタオルで身体を拭く選択肢しか無いようだった。
再び纏った装備はビギナー装備ではなく着なれた初期装備だ。それも、手甲などは装備せず、この状態では戦闘に臨めないような気軽な装いだ。
「(ギアセットが有ればなー……)」
そう思いつつ見上げるのは夜空だ。空には星々が煌めき、澄んだ空気は景色を覆い隠すことなく少し冷えた風をまとっている。その下にはオレンジ色に輝く偏属性クリスタルの波と、底も見えないような亀裂が走っている。その亀裂を繋ぐハイブリッジからは、夜も更けたというのに賑やかな声が聞こえてくる。
その喧噪から離れるように、俺はハイブリッジから少し離れた小屋の脇で一人景色を眺めていた。腰掛けるのに丁度いい木箱を椅子とした俺は、
「(……大変だったなぁ)」
しみじみと今日一日の事を振り返る。
あの後、意識を失ったナヨク・ローを運び出すために、ハイブリッジから特別製のチョコボキャリッジが走ってきた。自分たちの倍はある巨体をそこへ押し込める作業を行えば、松明によって灯りを灯されたハイブリッジに着く頃には、すっかり夜も老けていた。 先にキキルン族の残党を捕縛してハイブリッジに戻っていたコーネルとカカリクに働きを労われていると、
「(――俺が”ハイブリッジの英雄”かぁ)」
そう、このFATEはアチーブメント……称号がクリア報酬に含まれているFATEだ。そのFATEを最後まで戦い抜いたからなのか、それとも本当に俺自身の動きが評価されたのかは分からないが『ハイブリッジの英雄』という称号が俺とミィアに与えられたのだ。
勿論それを俺たちに授けたのはフンベルクトで、
「(よく奮闘してくれた!君たちは英雄だ!そうだ、オレから称号を授けよう!正に……ハイブリッジの英雄という名の称号だ!!ははは!か……)」
なんていうか、言ってるだけ感を感じなくもない言いようだ。というかフンベルクトが絶対言ってるだけだ。その称号を貰ったからと言って何か役に立つという訳もなさそうで、
「まぁ……ゲーム内でもアチブってそんな扱いか」
「あちぶ……ってなんですか?」
「わあ!」
背後から投げかけられた言葉に思わず声を上げてしまった。ハイブリッジに背を向けるようにしていた事もあり、人の気配に気が付かなかったようだ。
こちらに近付いてきた声の主は勿論ミィアで、
「串焼き持ってきたんですけど……食べますか?」
「あ、ああ……ありがとう、貰うよ」
「どっちにします?」
ミィアは両手に持っていた串焼きを両方こちらに差し出してくる。片方は肉と野菜の串焼きで、片方はマッシュルームと野菜の串焼きだ。その見た目はゲーム内にも存在したミコッテ風串焼きのそれで、
「これ、どっちがどっちなんだっけ」
「ええと、キノコの方が山の幸で、お肉の方が森の幸です。私はもうどっちも食べてきたんで、好きな方どうぞ」
「3本目か……じゃあ森の幸もらうよ」
3本目で悪いか、という表情をしたミィアは串焼きをこちらに手渡し、隣の木箱に腰掛ける。串焼きにかじり着けば、炭火で炙られた鶏肉っぽい肉が香ばしい。うまい、と思わず呟く。その言葉に釣られるようミィアが、
「ナイトウさんは、賑やかなのお嫌いですか?」
はむ、と質問を投げかけてきたミィアがマッシュルームに齧りつく。こちらと同じように、おいし~と口にする彼女に、
「いや、そういう訳じゃないんだけど。まぁ、ほら、今日は色々あったなって振り返るのには不向きだろ、あそこは」
苦笑しつつ視線で指すのはハイブリッジの橋上だ。
そこは再度食事の場となっていた。いや、食事と言うには生ぬるい。まさしくそこは宴会場と化しており、
「はははは、オレの美しい背中を見たか!」
「かっこいいですニャ~」
「流石隊長さまですニャ~」
最早何回聞いたかも分からない声がこちらまで届いてくる。
「そう、ですね……」
ミィアも同じように苦笑を返してくる。
そう、ハイブリッジは長らく頭を悩ませていた人攫い事件を解決したということで、フンベルクト自らが宴を開いたのであった。
前払いとして兵士に振る舞わるた食材以上のものがハイブリッジに運び込まれ、それと入れ替わるように捕縛されたキキルン族や、ナヨク・ローが押し込められた檻を引くチョコボキャリッジはウルダハへと向かっていった。
後で聞いたところ、ナヨク・ローは、未だ行方の分からない人について聴取するために生きて捕らえられたそうだ。それが無かったら、あの場でオレが――フンベルクトが手打ちにしていただろうと、本人が語っていた。
普段、ゲームをプレイしていても自分の操作するPCが敵を殺めているのかは分からない。そこまで描写されていないからだ。しかし、今日こそ殺めることになるかもしれない、少なくともそういった場面を見ることになるかもしれないとは感じていた。
そうはならなかった事に俺は少し安堵しつつ、そういえば、と思い起こす事が一つ有る。
「そういえば……ミィア、大丈夫か?」
「ふぇっ?ふぁにふぁえふか?」
「飲み込んでからでいい、飲み込んでからで」
いつの間にか最後のマッシュルームを串を横にして引き抜き、丸ごと頬張っていたミィアは少しだけハムスターのようになっている。そんな様子を微笑ましく眺めつつ、彼女が脱ハムスターするのを待てば、
「……な、なんでそんなにジロジロ見るんですか」
「いや、いっぱい食べるのは良い事だなぁと思って」
「そ、そんなに食べてませんって!」
やはり、うら若い女子として沢山食べるのは恥ずかしい事なのだろうか?ミィアの年頃は分からないが、成長期のようにも見えるので、栄養が不足しないためにも沢山食べて欲しいところだ、そう思っていると、
「それに、大丈夫かって……何がですか?」
そうミィアが聞き返してくる。勿論それは、
「ほら、ズズルンを捕まえた後……なんていうか、その、調子悪そうだったろ」
彼女が雨の中で見せた涙。直接的にそれについて聞くことは、流石の俺でも(固定メンバーにデリカシーが無いと言われた俺でも)出来なかった。
その質問に対し、ミィアは、
「それは、その……ええと、大丈夫になったんです」
少し俯き、もはや何も刺さっていない串をミィアは手持ち無沙汰に振った。
「ちょっと、昔の嫌なことを思い出して……でも、ナイトウさんのお陰で吹っ切れました」
「俺のお陰って、なんかしたか? 俺」
ふふ、と少し意地悪そうに微笑んだ彼女は、
「あいあんうぃる……って何なんですか?あの場面であんな空気にできるの、ナイトウさんだけですよ」
ころころ、と鈴を転がすようにミィアは笑う。俺はそれに思わず、
「いや、だ、だからおまじないみたいなもんなんだって!俺の生まれたとこでは、そういうのが有って……」
「ずっと気になってたんですけど、ナイトウさんってどこの生まれなんですか?」
いや、その、と思わず言い淀む。普通に日本の関東だと言って伝わればどれだけいいか。しかしそれをこの世界の人間に伝えるのは何故だか気が引けて、
「ザナラーンの……田舎の方だよ」
「ひんがしの国にルーツが有るんですよね?」
「そう、ええと……祖父がひんがしの国の人なだけだから、血は薄いんだけど」
ひんがしの国出身だと最初から言ってしまえばよかったか。この金髪碧眼の見目ででひんがしの国出身な訳が有るか、と思い作った設定だったのだが、既に無理を感じている。ロールプレイをするよりも、自分自身がゲームの主人公だと思ってプレイするスタイルだった俺にこういった事は不向きなのかもしれない。
「……なんていうか、あんまり余所と関わらない暮らしだったから、世間に疎いんだ。だから、ミィアに色々教えて貰えて助かってるよ」
取り敢えずこの場を誤魔化そうと、話の流れを彼女への感謝に向ける。するとミィアは、
「それは……私もナイトウさんとパーティが組めて良かったと思ってますよ。ちょっと変な人だと思ってますけど……」
「えっ、俺、変か!?」
「あはは、自覚無いんですか」
そう笑顔を浮かべるミィアは、先ほど自身で述べたように何かに捕らわれている様子は無い。俺が思わず技名を叫んでド滑りしたことによって吹っ切れたというのなら、まぁいいのだが……。
「でも、これでようやく本来の目的に戻れますね」
本来の目的、それは、
「明日には黒衣森か……楽しみだな」
ミィアと旅をすることに決めた夜、お互いに旅の目的を確認しあったことを思い返す。
彼女は「自分の目的は強くなることで明確な旅の指標は無い」と言っていた。それに対するおれの目標は。この世界の『光の英雄』を見つけることだ。
FATEもやらず、サブクエもやらず、恐らくはメインクエストのみを進めているのであろうプレイスタイルの誰か。その”誰か”と出会うための旅を行う上で、ヒーラーをPTに加入させるのが現在の小目標だ。目的達成だけを考えるならば、道中のFATEやサブクエなんかは放っておいてグリダニアまで走ればいいものを、とも思うが、
「(実際にこのエオルゼアに立って、そんなこと出来ないよなあ)」
完全に観光気分だ。ゲームという縛り無く、好きなだけこの世界を探索してもいい状況になってしまったのだから、そうなっても仕方ないだろう。
「ミィアは黒衣森出身なんだっけ? グリダニアの出か?」
「ああ、ええと、私は――……」
ミィアが言い淀んだその時だ。俺たちの背後からパタパタという軽い足音が近づいて来て、
「こら待てー!!あっ、ちょっと、捕まえてください!」
何事か、と木箱から腰を上げ振り向こうとした途端、
「ひゃあっ!?」
何事か、と声をあげたミィアを見る。騒動が落ち着いたからと言って装備を緩めるのではなかったか、そう思う。なにか白いものがミィアの首筋に巻きついたかと思えば、
「「…………ねずみ?」」
ミィアの首筋に絡むように、肩に乗っている小さな生き物。三〇センチくらいのそれは、薄い茶色の毛並みをもった小動物で、
「……きゅい?」
「タイニースクウィレルだこれー!」
「!」
思わず大声を出してしまった俺に怯えるように、その生き物はミィアの髪に顔をうずめる。そこに駆けつけてきたのは先ほど軽い足音を立てていたララフェルで、
「いやあすいません……商品にしようとしたら、逃げ出してしまって」
見るからに商人らしい見かけのその男は、小さな檻を小脇に抱えていた。
「えっと……このネズミ?の子を?」
「いえいえリスです!そいつは可愛いリスの子です!ネズミじゃあございませんよ!」
「は、はあ……」
商人の圧に思わず押されるが、今だミィアの髪の中に隠れようとするその生き物の尻尾に毛並みは無く、明らかにネズミの見かけをしている。
「(っていうか、スクウィレルってリスなのか……?ていうかエオルゼアにリスって居たのか……?)」
思わずそんな疑問が浮かび上がる。そういえばタイニースクウィレルについてのフレーバーテキストにそんなことが書いてあったような気もするが、ゲームをプレイしているときは気にしたことも無かった要素だ。
なおもミィアから離れようとしないその生き物を見た商人は、
「いやあ、どうやら冒険者さんに懐いているようで……どうです、いっそ飼い主になられては?」
「えっ、で、でも……」
ミィアと俺はその生き物を改めて見る。ゲーム内ではミニオンというシステムで、小さくてかわいい生き物を連れ歩くことができた。しかし、この世界で小さくてかわいい生き物を連れ歩くことは、そう簡単なことでは無いだろう。普通にペットを買うことと同じ苦労がそこに伴ってくるはずだ。
「うーん、どうだろう……」
「あの、私たち、そんな余裕は……」
思わず否定的な口調で、俺たちはそう口にする。しかし、
「……きゅ」
隠していた顔をゆっくりと出し、タイニースクウィレルが小さく鳴き声を上げた。その黒い手袋をはめたような小さな手でミィアの頬を触れば、
「きゅ~」
そのままミィアの顔に、己の頭をこすりつけた。親愛の情を示すように見えるその攻撃をくらったミィアは、
「あっ、ちょっと、くすぐった、あはは、あ~だめです、わたしはもうだめです」
ミィアはタイニースクウィレルをなだめる様に、その生物の背に手を添え撫でる。そして、
「ナイトウさん……お願いが有るんですけど……」
そう言ってこちらを上目遣いに見上げてきた。すこし蒸気した頬と、ぺたんと垂れた獣耳がいじらしい。そんなミコッテの態度に否を唱えられる人間はこの世に存在せず、
「……なついちゃったなら仕方ない、このまま連れてくか」
「お買い上げありがとうございます!2400ギルになります!」
「たっけ!?」
俺の言葉に音速で値段を告げてきた商人をよそに、最早ミィアは肩に乗る小動物を愛でる姿勢に入っている。既にどこから取り出したのかも分からないソロバンを弾く商人に俺は向き直る。
「……交渉といこうか……」
「おやおや、お手柔らかに……ハイブリッジの英雄が相手でも、ウルダハの商人は手加減しませんぜ」
本日何回戦目だろうか、新たな戦闘の火ぶたが切って落とされる。
結局その戦いは、タイニースクウィレル基本飼育セット、この先1か月の餌代込みで2000ギルに落ち着くまで続いたのだった。
四章04⇐ ⇒Coming Soon!!
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