Hyur-Midlander / Halone
Class:GLADIATOR / LEVEL:03
Location >> X:20.3 Y:23.5
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エフト――衆生門水棲網の両生類だ。その姿は、ぬめぬめとした表皮に覆われ、現実世界のオオサンショウウオに近しい体躯をしている。現実世界のオオサンショウウオと異なる点といえば、頭部に生えた幾つかの瘤のようなものと、彼らが襲いかかる獲物が水中の魚や虫のみならず、人間にまで及ぶという点だろうか。まさに、今の様に。
「危ないッ!」
ばしゃり、と水を撥ねあげ俺は、尻餅をついた男の元へと走りよる。川の中に座り込んでしまった男に、今まさにエフトが襲いかからんとしていたのだ。その様子は獰猛そのものだ。平たい顔を顔を横半分に割るかのように、エフトがその口を大きく広げたかと思えば、男が振り回していた釣竿を捉え、へし折った。 ひい、と男が悲鳴をあげる。次はお前だと言わんばかりに再び広げられた口が閉じる前に、俺は男とエフトの間に割り込んでいた。
「うおお!」
渾身の力で、エフトの口が閉じるよりも先に、その顔を横から剣の腹で打つ。それによってエフトの口は空を喰んだ。
「おい、アンタ、早く逃げろ!」
肩越しに振り返り、口早にそう伝える。視線はすぐさま目の前の敵へ。突然横っ面を殴られたエフトは、驚きからか怒りからか、激しく尾を打ち振るっていた。男もそれを見たのだろう。ひい、と声を上げ、少なくとも水辺からは退避したであろうことが音で分かった。
辺りには他にも数匹のエフトが、男の釣果が入っているであろう魚籠を求め争いあっている。こちらには注意を払っていない所を見る限り、俺が気を払わねばならない相手は目前のこの一匹だけのようだった。
さて、どうする、そう思った瞬間、エフトがこちらの足に噛み付こうと口を広げてきた。
「っ!」
その巨大な身体の勢いに押し負けそうになるが、すぐに剣を振るい、その体躯を押し返す。確かに剣はエフトに当たったものの、ぶよぶよとした皮に押し返され、ほとんど痛手を与えることはできていなさそうな様子だった。強いな、と直感的に思う。確実に、ウルダハ周辺のモブと比べれば手応えのあるモンスターだった。
「(しかしこれは……FATEか)」
この状況には見覚えがあった。ゲーム内にも存在するF.A.T.E.……フィールド上でランダムに発生するパブリックコンテンツの一つにこんなイベントが有ったことを、俺は確かに覚えていた。夕飯の魚を釣りに来た漁師が突如として現れたエフトの大群に襲われ困っているところを助けるといった設定で、エフトを一定数討伐することによってクリアできるものだ。
「(確かこのモンスターもAOE使ってきたよな……)」
丁度いい、そう思う。当初の目標とは違ってくるが、エフトが使ってくるAOEの技も前方範囲で、当初の目標と殆ど同じようなものだ。何をしたわけでもないモンスターを探し出して狩るよりも、こうして誰かに迷惑を掛けている外敵を排除したほうが人のためにもなる。一石二鳥にも思えた。
ばしゃり、と尾を打ち振るい威嚇してくるエフトは、なおもこちらに跳び掛かって来た。噛みつかれれば一溜まりもないだろうことは容易に想像できるその大きさに少し身構える。それらの攻撃を防ぐ術を、こちらは片手剣しか持っていなかった。
「(これなら、無理言って盾も貰ってきたらよかったな…!)」
足元の水を散らしつつ、後ろに飛び退ってエフトから距離を取る。なおも跳びかかり追いすがってくる顎門を刃の面で受け止め、押しやった。手を抜いている余裕は無いかも知れない、そう感じる。こちらが袈裟懸けに振りかぶった刃は相手に当たることなく、地面を噛んだ。
くそ、そう思った瞬間、エフトがこちらの眼前で動きを止めた。
短い四つの足で大地を踏みしめ、身を低くしている様に、俺は戸惑いを覚える。先ほどまでの猛攻とはまるで違う様子だ。なんだ、と思う。相手の出方を伺う俺を尻目に、エフトは体躯を反らせ、その頭を大きく持ち上げる。
あ、と思った。そうか、と。それはエフトが頭を振り下ろすのと同時で、
「っ!!」
ごぽ、と音を立てたのは数瞬先まで俺が立っていた水だ。エフトの口から吐かれたそれは、生臭い匂いのする泡よのようなものだった。それは清らかだった水を濁った色に変え、処々を泡立たせる。
「(スタグナントスプレーだ!)」
果たしてそれが、俺が確認すべくここまで足を伸ばしてきた目的、AOEが表示されるモンスターの技そのものだった。
「(……やっぱり見えないのか)」
スタグナントスプレーは扇状の前方範囲攻撃だ。
それを予兆するようなものは、案の定なにも見えなかった。エフトの猛攻を防いだ気疲れからか、相手がその技を使っていることを気付くのに遅れてしまった。ただ、敵の横に回れば回避できる技であるということを分かっていたから避けられただけだ。
既の所でそれは避けられたものの、足場があまりにも悪い。川の中には大きめの丸い石がごろごろと転がっており、苔の生えたそれはよく滑る。案の定俺は、エフトの右側に回ることで攻撃を回避したものの、足を滑らせ、大きく姿勢を崩してしまった。
「(くそ)」
足が後ろに滑り、上半身を前に差し出すような姿勢になった俺に、エフトは更なる追撃を仕掛けようとする。そのぬめぬめした上体を捻じ曲げ、首を捻り狙うのは、こちらの顔だ。大きく広げられた口腔の奥には、まばらに生えた牙の向こうに闇が拡がっている。
「(やられてたまるか……!)」
幸いにしてエフトの動きはそう素早くはない。身体を捻じ曲げ、捻ったところで、それは鈍足をカバーしきれるものではなかった。エフトが自身の側面に向けて攻撃を繰り出そうとする動作は緩慢そのものだ。
口を広げたままこちらに迫ってくるその頭は、未だこちらの腰よりも低い位置だった。
「……っ!」
崩れた姿勢をそのままに、さらに体重を前に掛ける。そして、エフトを迎えるかのように身体を前に倒した。手に持った剣を真下に突き刺すように持てば、体重が全て乗った一撃がエフトの頭に突き刺さろうとする。
「――――!」
固い、そう思うが、そこで手を緩めてはこちらの身体が食い破られるだけだ。剣の柄を左手でも掴みエフトに覆いかぶさるよう更に身体を下に倒せば、剣が大きく開かれた上顎と下顎をつなぎ止めていた。
激しい水音が鳴り、暴れるその巨体が飛沫を散らす。飛んだ水が目に滲みたが、瞼を閉じる余裕はまるで無かった。剣を突き刺さされたエフトが大人しくなるまでどれほどの時間が必要だっただろうか。しばらくの間そうしていると、水を打つ尾の動きが弱々しくなり、ついには動かなくなった。
「…………は」
深く息を吐き、四つん這いのようになっていた姿勢から立ち上がる。剣を引き抜けば、エフトから流れた血が、じわりと川の水を赤く染めていた。前髪から滴り落ちる水を拭い、周囲の様子を伺おうとした時だ。
「――危ないっ!!」
その声に振り向くよりも早く、背後で何かが大きく光った。少し遅れて、爆発したかのような破裂音。何事かとそちらを向けば、黒焦げになったエフトが俺のすぐ傍で痙攣していた。
「おい、君、大丈夫か!?」
川の奥、洞窟の方から掛けられた声の主は、右手に剣、左手に盾を持った男だった。銀色の細身の鎧……恐らくスチールキュイラスを着込んだヒューランの男の後ろでは、数匹のエフトが既に事切れていた。男の傍らには、小さな人影が川面から突き出る岩の上に立っていて、
「なんだ、新米冒険者か、お前?助けてやったんだから感謝しろよ」
黒く染められたフード付きの長衣……ゲーム内の装備名で言うとカウル、そして手には禍々しさを感じられる宝石の填め込まれた杖。見るからに呪術師であろうララフェルが、杖で黒焦げになったエフトを指している。つまるところ、俺の知らぬうちに背後に忍び寄っていたエフトをあのララフェルが、ファイアの魔法か何かで倒してくれたのだろう。
「あ、ありがとう」
そう言いつつ、もう周囲にエフトは居ないのだろうかと、俺は辺りを見回した。ゲーム内では、常に五、六匹程度のエフトが川辺をうろついていた。それも見られないということは、俺を救ってくれた冒険者らしき男達が全て倒し切ってしまったのだろうか。倒し切った場合、更に増援が来るはずだが……そう思い見やるのは、男達の背後、洞窟の奥だ。
「あ、くそ、もう岩ねぇのかよ。濡れたくないし俺は戻るぞ」
「じゃあ背負ってやろうか?」
「ぜってーやだよ、俺は橋回ってくるから」
濡れるのを嫌ってララフェルは岩の上に立っていたらしい。今まで伝ってきた岩を戻るのだろう。ぴょん、と身軽に背後の岩へと飛び移る。そのまま洞窟の近くまで向かっていく彼を見て、俺は、
「あ、ちょ、そっちは危ないぞ!」
やはり、という思いが強かった。何事かとこちらを振り返ったララフェルの向こう、洞窟の奥から、
「おい、まだ来てる!」
ヒューランの男がそう声をかける。その視線の先には、洞窟の奥から押し寄せるエフトの影が連なっていた。げ、とララフェルが声をあげ、ヒューランの男に目配せする。それを見るやいなや駆け出したヒューランが、ララフェルとエフトの間に立ちはだかった。
「範囲で燃やすけど、いいよな!? 巻き込まれんなよ!」
「分かったって、早く詠唱始めてくれ!」
言うや否や、ヒューランの男は、周囲を威圧するよう大きく剣を振るう。それに動じることなく向かってきたエフトを左手に持った盾で打ち、後退させていた。それはどれも致命傷を与えるような攻撃ではなく、背後のララフェルを守り、自身に攻撃を集中させるような動きだ。
「くらえっ!」
ぱん、と軽い破裂音がするのと同時に、ヒューランの目前が白い閃光に包まれた。小さな、拳大程度の光が周囲を一瞬だけ白い明かりで包む。いくら小さかろうと、暗闇から出てきたエフトの目を眩ませるには十分だったらしい。すぐ近くで閃光を浴びたエフト達は、その場でのたうち回っていた。その様子を少し離れたところから見ていた俺は、
「(ふ、ふ、フラッシュだー!!!!!!! かっけー!!! まぶしー!!!!)」
フラッシュ……剣術士がレベル14で習得する、範囲内にいるモンスターの敵視を上昇させる技だ。拡張パッケージが発売され、そのスキルは別のものに置き換わったものの、やはり俺はナイトといえばフラッシュという思いが強い。
「(失われし古代魔法、フラッシュ……実在していたのか……!!)」
俺も使いたい……そう思うが、ヒューランの男が何をどうやって閃光を放ったのか、俺にはまるで分からなかった。そんなことを考えていると、呪術師のララフェルの声が聞こえてくる。
「……――地の砂に眠りし火の力目覚め」
ゆらり、と風もないのに長衣の裾が揺れていた。静かな声が滔々と言葉を連ねる。それに合わせて、構えた杖の先にゆっくりと炎が宿っていく。
「緑なめる赤き舌となれ」
ファイラ、と言葉が締めくくられた途端、杖の先に宿った炎がエフトの群れへと襲い掛かり、
「あっつ! おい、手加減しろって!」
「だから巻き込まれんなって言っただろ」
洞窟の内壁を少し焦がすほどに炎は辺りへ広がり、水辺であることなど構わず周囲を焼く。焦げた匂いが辺りに漂う。
そして、そこに残ったのは黒焦げになったエフトの群れと、熱せられ沸騰した川の水だった。
●
「(至る、現在である)」
一連の流れを思い返し終えた頃、ようやく俺の荒い息が整い始めていた。その後、更に押し寄せてきたエフト数頭を二人と協力して倒し、死骸をそのままにしておくわけにもいかないので川辺から引きずり出していたところに、襲われていた漁師の男が戻ってきた。
男が釣っていた魚はエフトに貪られダメになってしまっていたが、エフトの肉ならば大量に有る。黒焦げになったものは食べるには適さないだろうが、俺や、ヒューランの男が倒したものならば食べられると、その場で数体のエフトが捌かれ肉の塊になっていった。なんでも尻尾の肉が食用に適しているらしく、手助けにはいってくれた二人の冒険者も、それを夕飯にするべく切り分けていた(俺はそれを調理する術が全く分からないので残念ながら辞退した)。
呪術師のララフェルが出す炎に炙られ(火加減が雑なのでちょっと焦げた)、ずぶ濡れになった服もようやく乾いてきた。日も暮れるしそろそろウルダハに帰ったほうがいいか、そう思った時だ。
「おい、お前」
声をかけられた方に顔を向ければ、ララフェルが何かをこちらに放ってくる。ぱし、と片手でそれを受け止めれば、
「これは……硬貨?」
「さっきのオッサンが、せめてもの礼って寄越してきたぜ。一〇ギル貨幣って、しけてんよなァ」
俺の掌に握られているのは、鈍い銀色をした貨幣一枚だ。なるほどこれが一〇ギルなのか、と俺は思う。エオルゼアの通貨は何度か見かけたが、始めて形と単位が一致した瞬間だった。
ララフェル曰くしけているらしいが、果たしてそれがどれほどの価値を持つのか、俺にはさっぱり分からなかった。
「まぁ、そう言わずに。夕飯も手に入ったし、人助けもできた。良かったろ」
そう言いつつ、ヒューランもこちらへと寄ってくる。濡れた鎧を脱いだ彼は、ハイランダーかと見間違える程度に逞しい体躯をしたミッドランダーだった。鎧は乾かされ、再度それを着るもの面倒なのか、麻の簡素なシャツをまとっている。
「君も、お疲れ様だな。見たところ冒険者の歴は浅いみたいだけど……大丈夫だったか?」
「ああ、うん、なんとか……やっと落ち着いてきたとこです」
「なっさけねぇなぁ。冒険者やってくなら、そんなんじゃすぐダメんなっちまうぞ」
人好きのする穏やかな表情を浮かべるヒューランに反して、ララフェルの態度は実にふてぶてしい。幼げに見えるその顔立ちに反して、声は少し低い男性のものであることから、年齢どころか性別すら分かりづらい種族の彼が、成人男性であろうことが伺える。
「そうだ、君も剣術士?」
「ええ、なりたてですけど」
「なんで剣術士なのに剣しか持ってねぇんだよ、盾はどうした、盾は」
「ええと、盾をもらう前にギルドを叩き出されて、モンスター狩りに……」
ああ、と納得した様子のヒューランは、恐らく身に覚えが有るのだろう。あのギルドそういうとこ有る、と笑うヒューランの脚を軽く肘で小突いたララフェルは、
「なぁお前、前の盾まだ持ってるだろ、いらねぇならくれてやれよ」
「え、いいんですか!?」
ああ、あれね、とヒューランはララフェルの言葉に頷いてみせる。まさに、次ギルドに行った時には盾をなんとしてでも強請ろう、そう思っていた所だった。身を守るものが片手剣だけというのは、思ったよりも心細い。
「俺のお下がりで良いなら全然構わないよ」
「ありがとうございます! 何から何まで……」
「いいってことよ、冒険者ってのは横の繋がりが大事だしな」
ふん、と鼻を鳴らすララフェルの態度は、依然として取っ付き難いものだが、思ったほど悪い人物でないことが伺い知れた。
「(なるほど、ツンデレ……)」
そう思っていると、自身の荷物からヒューランが盾を引っ張り出してくる。彼が今持っている丸い形の盾とは違い、縦に長い、大きめのものだ。茶色い銅板が貼られたそれは、恐らくはスクトゥムと呼ばれる種類のものだろう。
「ここ、内側のベルトに手の甲を通して持つといい。戦いが長丁場になりそうな時は、腕ごとベルトで固定してしまうのも有りだな」
盾の内側を指し、そう説明しつつ手渡してくれる。それを受け取れば、使い込まれた品である事が分かる細かい傷が至るところに付いていた。よし、と俺が盾を受け取ったことを確認したララフェルが、腰掛けていた岩から立ち上がる。
「それじゃあ行くか。もう暗くなる」
「ああ、そうだな……君は?」
「俺はウルダハに戻ります。ギルドに報告に行かないと」
「そうか、俺たちは暫くの間、あそこのキャンプに居るから、何かあったら声をかけるといい」
そう言って指すのは、川向こうにある冒険者が屯しているキャンプだ。暗くなり始めた今、彼らが煮炊きしている火が遠くからでもよく見える。
挨拶もなく、ララフェルは川を渡る橋へと歩き始めていた。ヒューランの男も傍らに置かれていた荷物を背負い立ち上がる。
「じゃあな、頑張って。また機会があったら会おう」
「はい! がんばります!」
そう、ララフェルにも届くよう声を張れば、少し離れたところでララフェルがこちらに振り返る。
「お前、そんな畏まった喋り方だと舐められんぞ! 冒険者やんならもっとビシっとしろ、ビシっと!!」
そう言い捨てるやいなや、再び橋に向かって歩を進めるララフェルに、ヒューランの男は苦笑を浮かべる。悪い奴じゃないんだよ、そう言い残し、彼もその後を追っていった。
●
この世界には、転移魔法という概念がある。ワープ、テレポート、瞬間移動……そういった類のものだ。これはどこでも好きな場所に飛んでいけるという訳ではなく、特定の場所ーー大地に流れるエーテルの結節点となる場所に置かれた「エーテライト」が存在する場所にのみ飛んでいける。エーテライトは、大都市や人口の少なくない集落には凡そ設置されていた。勿論これは、ゲーム内での話だが。
このエーテライトに触れることで、自身の身体に存在するエーテルと、エーテライトに存在するエーテルが共鳴するらしい。共鳴することにより自身を地脈に乗せ、デジョンやテレポといった転移魔法の使用が可能になる、というのが俺が知っているエーテライトの設定だった。
俺はその中でも「デション」……あらかじめ設定しておいたエータライトに元へ帰還する魔法を使用し、ウルダハ内に帰ろうと思っていたのだが、エーテライトに触れておくことをすっかり忘れていた。そもそも、デジョンするといっても、どうすればその魔法が使えるのか全く分からなかった。エーテライトに触れれば分かるのだろうか、そう期待に胸をふくらませつつ、すっかり暗くなったウルダハに俺は帰ってきていた。
ナル大門を抜け、回廊を反時計回りに歩いていけば、エーテライトプラザはすぐそこだ。夜になっても、その大通りを行き交う人は多い。むしろ、明るかった時よりも賑わっているように感じだ。
中でも冒険者が多く出入りしている道を曲がる。この向こうがエーテライトプラザだった。
「(すっげー……)」
それは、とても幻想的な光景だった。
その広場は……広場といっても、屋根と窓のない石造りの壁に覆われた、薄暗い空間だ。その空間は、青い光で照らされている。青といっても、深い色ではない。透きとおった青空のような、明るい水色だ。その光を放つもの、それこそがエーテライトだった。
ふぉん、と形容しがたい音が、静かに広間に響いている。それは、エーテライトーー大きな、それこそ三階建てのアパート程度の高さは有るだろうクリスタルがゆっくりと回転するのに合わせて響いているようだった。
そのクリスタルの周りには金色の大きな鉄輪が幾重にも浮き、まるで天球儀のようにそれを彩っている。さらにその周囲に小さなクリスタルがいくつも浮き、それも同じようにゆっくりと大きなクリスタルの周りを規則的な周期で回っていた。
ごく稀に、空間がねじ曲げられたかのような陰りが生まれ、その陰りから人が湧き出てくる。多くは冒険者、それも、魔術師のような格好をした者が大半だった。そうして現れた者たちは、エーテライトの近くに立つ衛兵に貨幣を渡し、その場を立ち去っていく。テレポの使用量は実際にはああやって徴収されているのか、なるほどなぁと思いつつ、俺もエーテライトの近くまで歩を進めた。
「(ゲーム内では手をかざすだけだったけど……エーテライトとの共鳴って、どうやるんだ?)」
いまいちピンとこないが、まぁ触ってみれば分かるだろう。集金をしている衛兵に尋ねてみようにも、なにやら他の冒険者と話し込んでいるようで、こちらを気にする素振りはまったく見せていなかった。
「(こんな感じか?)」
す、と右腕を上げ、クリスタルに触れるよう手を伸ばす。浮いているクリスタルの下には大きな金色の土台が置かれ、本当にクリスタルに触れようとするならば、かなり身を乗り出さなければならないだろう。
本当にこれでいいのだろうか、と思った時だ。
ず、と、身体全体が引き込まれるような感覚に陥った。
実際に引かれている訳では無い。何か、身体の中を流れているもの、血流のような、そんな、何か。それが俺の中を巡り、そしてクリスタルに向かって流れ込もうとしていくような、そんな感覚がした。その勢いに釣られ、身体が揺れる。
気が付けば指先から光が溢れ、それがクリスタルに向かって一本の線を結んでいた。その光の線を通じて、クリスタルへ引き込まれていった俺の中の何かが体内に戻ってくる。そして、体内でかき混ぜられる。
ぐらり、と頭が揺れた。
いや、実際に揺れているわけではない。ただ、俺の平衡感覚が正しく機能しなくなっていた。
視界が歪む。ひどく気持ちが悪い。
目の前に有る大きなクリスタルが幾重にも重なり、ぶれ、輪郭が定かではなくなっていく。
「ーーちょっと、君、大丈夫ですか!?」
遠くから声が聞こえた。いや、遠くはない。それはすぐ近くで掛けられた声だったが、果たしてそれが自身に掛けられたものかすら、俺は分からないでいた。
最早自分が立っているのかすら曖昧だった。ぐらぐらと全てが揺れる。気持ちが悪い。
ねぇ、と声が聞こえた。逆光になっていて顔はよく見えない。その人影の後ろで、今もなお大きなクリスタルは回り続けている。
「(なんだ、これ)」
頭が痛かった。
酷い車酔いの感覚に近かった。
ぐらぐらと視界が揺れる。外界をまともに認識できない。
ちかちかと青い光だけが眩しかった。それを遮ってくれるその人影をありがたく感じる。
その人影の瞳も、青い光を反射し、ちかちかと幽かに光っていた。
「(……きれいだな)」
朦朧とした意識で、ふと、それだけを思う。
最早意識を保つことすら不可能だった。眩しさから逃れるように目を閉じる。目を閉じても尚、視界がぐるぐると回っているようだった。瞼の裏でも、何かがちかちかと光っている。どちらが天でどちらが地か全く分からない。
ただ、最後に見た幽かな光、青を反射する深い紫の色だけが美しかった。
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