二章 中央ザナラーン - 05

Hyur-Midlander / Halone

Class:GLADIATOR / LEVEL:08

Location >> X:19.0 Y:18.0

ザナラーン > 中央ザナラーン > ブラックブラッシュ >ネズミの巣 




 辺りは闇に包まれていた。

 空を見上げれば、昼間は晴れ渡っていた空には雲がかかり、月の光を遮断している。所々に街灯は立てられているものの、その光が届く範囲はひどく狭い。俺達は、その闇夜に紛れるよう静かに歩を進めていた。

 多少なりとも暗闇に目は慣れてきたが、それでも細かな地形の変化や足元に転がる石などに気づくことは出来ない。そんな俺を誘導するように、数歩先をミィアが歩いている。その歩みは昼間と比べても遜色ない速さの歩みで、


「……ミィアは暗いところ、見えるのか?」

「そうですね。ムーンキーパーなので普通の人に比べたら見える方です。逆に眩しいのとかは苦手なんですけどね」


 あ、ここ溝が有るので気をつけて、と足元を指すミィアに従いつつ思い出すのは、ミコッテの種族についてだ。

 彼女が言うムーンキーパーとは、ミコッテの中でも自らを「月の防人」と称する夜行性の部族だ。対となる昼行性の部族がサンシーカー。その二種に分けられた部族を見分けるには彼らの瞳孔の形を確かめれば一目瞭然だ。ムーンキーパーは丸い、暗いところに居る猫と同じような瞳孔をしているし、サンシーカーは、縦長の明るいところに居る猫と同じ瞳孔をしていた。ただそれは、ゲーム内でそれらを見分け用とした時の話だ。

 実際こうして対面してみると、それらの特徴を一目瞭然と言い切ることは難しい。ムーンキーパーでも明るいところに出れば、瞳孔は多少なりとも細くなるし、逆に、サンシーカーが暗闇に入ればその細い瞳孔は広がり、暗闇を見通そうとする。  傍らを歩くミィアの瞳は、昼間みたものよりも瞳孔が開かれ、限られた光を反射しているのか、少し光っているようにも見えた。紫の瞳が瞬きの度にチカチカと揺れる様子は幻想的だ。  


「それじゃあ暫くはその瞳頼りだな、任せた」

「私がムーンキーパーじゃなかったらどうするつもりだったんですか?」

「いやあ、夜の道がこんなに暗くなるとは思わなくて……」

「……もしかして本当に世間知らずなんですか?」


 半目でこちらを振り返るミィアに苦笑で返しつつ、確かに街灯の無い道を歩くことは、現実世界では殆ど無かったなぁと思い起こす。元々生まれ育った場所も田舎という訳では無かったし、人の手が入っていない自然に触れることは数える程度しか体験してこなかった。それを思うと、人の手が及んでいない世界と隣り合わせで生きてきた彼女たちにしてみれば、俺は確かに世間知らずなのかもしれない。 


「まぁ、目的地もさほど遠くないし、なんとかなったよ、きっと」


 そう言いつつ俺たちが向かうのは、コッファー&コフィンの裏手、線路を越えた先に有る「ネズミの巣」だ。そこに、キキルン族の盗賊団は居を構えている。なんとも安直な名だ、とゲームをプレイしている際に思った覚えがある。

 閑話休題。そこまで直線距離で行けば大した距離ではなかった。しかし、その道を辿るということは、敵の拠点に真正面から挑むということだ。今の俺たちはそれを避けるために、わざわざ迂回路を辿り目的地へと向かっていた。


「でも、本当に二人だけで大丈夫なんですか?」


 無理はするなって言われてたじゃないですか、ミィアが小声で告げる。そう、俺たちは二人だけで、盗賊団を捕縛するべく乗り出してきたのだ。


「いやあ、なんとかなるんじゃないかなぁと思ってはいるんだけど」


 なんですかそのふわっとした感じは……!と抗議の言葉を向けられつつ思うのは、ゲーム内でのF.A.T.Eについてだ。

 『半熟英雄「半熟のババルン」』。これから向かう先で起こるであろう戦闘は、きっと、恐らく、それを模したものになるはずだと俺は踏んでいた。

 「絶妙な加減で卵を茹でる腕前によって一族をまとめあげ盗賊団を築いたキキルン族の英雄、半熟のババルンを倒せ」と解説文に記載されているそのF.A.T.Eは、同社の他ゲームを元ネタとした、ちょっとしたネタF.A.T.Eだ。このF.A.T.Eは、今までこなしてきたものと違い、雑魚を一定数倒せばクリアできるタイプのものではない。「半熟のババルンを倒せ」とあるように、F.A.T.Eのボスキャラクターであるババルンを倒すことによって、ようやくクリアできるものだ。

 倒しても倒しても無限に湧いてくる雑魚キキルンをいなしつつ、ババルンを倒すことは容易ではない。容易ではないというか、面倒くさい。その結果プレイヤーが行き着いたのは、ネズミの巣の裏手、F.A.T.Eの有効範囲ギリギリまでババルンを引きつけて、その場で戦闘を行い雑魚を無視するという方法だった。

 その手法を取れば、二人だろうが一人だろうが、F.A.T.Eを攻略することはそう難しいものではないだろう。


「(ババルンの行動パターンは、他のキキルンと同じだったはずだし……)」


 そんなことを考えていると、街灯の無い道が線路へと突き当たる。ウルダハ操車庫から始まり、ブラックブラッシュ停留所で二手に分かれたものの片側だ。北へ向かう線路はそのまま北ザナラーンに走り、西側に向かう線路はこうしてコッファー&コフィンの裏手を通り、そのままトンネルへ吸い込まれていく。遠く左手の方に見える明かりが灯された場所が次の停留所だろう。遠目にも無人であることが分かる、小さな駅だ。


「そういえば……この時間に列車が走ることって有ったりするのか?」

「うーん、どうでしょう? 鉱山を行き来する列車ですから、もうこの時間は動いてないと思いますけど」 


 なら大丈夫か、そう言って俺は線路の上を歩き始める。


「ミィアはここを走る列車、見たことあるのか?」

「ええ、何度か……日中、北ザナラーンからウルダハまで走るとこを見かけましたよ」

「へぇ、いいなぁ……一度見てみたいんだよなぁ」

「多分ウルダハで暮らしていたら嫌でも一度は見かけますよ」


 ザナラーンを走る幻の列車に夢を見ているのは俺だけらしい。器用に細いレールの上を歩くミィアは興味無さげだ。


「(まぁ、確かに……「ほんとに魔導列車走ってるー!すげー!」とか言って喜ぶのは14プレイヤーだけであって、ここで暮らしてる人達にとったら日常風景だもんな……)」


 そんな事を考えていたら、停留所はすぐそこだ。先程までの足元に何があるか分からない道と違い、線路が敷かれているというだけで歩きやすさは段違いだった。

 停留所を見つつ、俺は右斜め後ろを指さす。


「ここまで来たら、ネズミの巣の裏手に回るには十分だな」


 停留所まで行き着いて、せっかく暗闇になれた目を街灯の明かりに晒したくはない。この辺りで折り返した方が良策だろう。


「昼間にかなりの数のキキルンが捕まったから、巣に残ってる頭数はそこまで多くはない筈だ。しかし、万が一ババルン以外のキキルンに気づかれた場合は無理せず引くことを優先しよう」

「……分かりました」


 それじゃあ、と一息つく。


「突入前に作戦会議をしておこう」


 そう言って俺は、このF.A.T.Eの攻略法を、この世界でも通じるような言葉で説明しはじめた。





 ナイトウが言う作戦とは単純なものだった。ネズミの巣の裏手を取り、ババルンだけを誘き寄せて一匹になった所を叩くというものだ。その話を聞いた瞬間は、少なからず卑怯なのではとも感じたが、そんな事を言えるほど自分達は強いわけではない。ミィアもナイトウも、お互いに新米冒険者だ。力量不足を補うために、一策を講じることも時には必要だろう。

 ただ心配な点は、うまくババルン一匹を誘き寄せる事が出来るのかどうかだ。そして、もしそれが上手く行ったとしても味方を呼ばれる可能性が多いに有る。それをナイトウに聞けば、


「ああ、その為にこれを買っておいた」


 ふむ、と彼がポーチから取り出したものを見れば、その手には小ぶりな瓶が握られている。その中には緑色の液体が入っていて、


「ウォウォバルさんに頼んで作ってもらった沈黙の毒薬だ」

「毒薬……!?」

「いや、そんなに危ないものじゃない。暫くの間、声が出さなくなるだけだ」


 もし鳴き声で仲間を呼ばれそうになったらこれを使う、とナイトウは続ける。更に続けて、懐かしいなぁ毒薬パリーン……などと一人で呟いていたが、不穏な上に意味が分からなかったので聞こえなかったことにした。

 あとはこれも、と布に包まれた状態で取り出したのは、


「卵……ですか?」

「ああ、そうだ。これは本当か分からないんだが……ババルンは卵の調理が上手いらしい。上手いということは、恐らく卵が好きなんだろう、もしかしたら誘き寄せるのに使えるかもしれない。ただ信憑性も無いから……念の為、かな」

「卵の調理が上手いって、得意メニューとかが有るんでしょうか?」

「なんでも半熟に仕上げるのが絶妙らしい、その腕で盗賊団をまとめあげたんだとか」

「……本当なんですか?それ」

「どうなんだろうなぁ」


 はは、と苦笑を浮かべるナイトウの様子からして、本人も半信半疑で言っているようだ。そして、最後に、


「ああ、それと……格闘士の戦い方についてなんだけど」


 という言葉から始められた話がとても興味深いものだった。それは戦いの指南とも、助言とも取れるもので、先のキキルンとの乱戦で見た、こちらの戦い方を見てナイトウが感じた事らしい。その内容を聞いて、ミィアは思う。


「(この人は何なんでしょう……)」


 世間の事をまるで知らないお坊ちゃんなのかと思えば、ババルンの個人的な事や、戦闘での立ち振る舞いについて言及することもできる。今も、ここに来るのは初めてであるかのような振る舞いをしているのに、ネズミの巣内部の構造まで見てきたかのようにすらすらと説明をしていた。


「(……色々と気になりますけど、今は目の前のことに集中、ですよね))」


 そう、自分たちは盗賊団が根城とするネズミの巣まで、最早暗闇の中に視認できるほど近付いてきていた。柵に囲まれた向こう側が明るくなっている事から、火を焚いている事が分かる。闇夜に慣れた目で見ると少し眩しいが、さして大きい焚き火ではないのだろう。その効力が及ぶ範囲は狭いものだった。

 その焚き火の前に、他のキキルンよりも大きな風体をした影が座り込んでいる。一瞬大柄な種族がそこに座り込んでいるのかと思うが、違う。他の個体よりも大きいその影こそが、盗賊団の首領ババルンだった。

 それを確認したミィアはナイトウに向かって一つ頷き、


「……人手も少なそうです」


 そう小さな声で囁いた。聞こえてくる物音、焚き火が生み出す影、それらを鑑みてもネズミの巣内に残っているキキルンは少数のようだ。


「それじゃあ、手筈通りに」


 同じように囁くような声でそう言ったナイトウは、柵の方へと近付いていく。それを横目で見ながらミィアは少しだけ坂を降り、出てきたババルンの背後を取れるような位置に移動した。

 これも、格闘士の戦い方について言及してきたナイトウが提案したことだった。


「(確かに、守り手であるナイトウさんの背後に立つより、敵を挟み撃ちにしてその後ろを取った方が戦いやすくはあります)」


 背面から攻撃すれば「かくていくりてぃかる」がどうのこうのと言っていたが、こちらが首を傾げていると、なんでもない……と言葉を濁していた。最早こちらも、彼の不規則言動には慣れてきた頃合だ。

 そんなことを思っていると、暗がりの中、ナイトウが懐から何かを取り出し、地面へ転がす様子が伺える。何度か拾い直して転がし方を変えているのは、卵が思ったような方向に転がっていかないからだろう。暫く彼が悪戦苦闘する様子と、そしてその苦闘が結果を出したのかどうか見定める時間を、息を殺してじっと待つ。ミィアは、待つことは余り苦手ではなかった。

 どれほどの時間が経っただろうか、短くも、長くも感じる時間が過ぎたとき、数ヤルム先に立てられてた柵の間から、のっそりと大柄なキキルンが這い出てくるところが見て取れた。片手に卵を持ったその影が向かう先は、ナイトウが身を隠す草むらの方だ。恐らくは、その草むらの手前にも卵が置かれているのだろう。素直におびき出されていったその姿に、少し愛らしいものを感じつつ、足音を殺して近づいていく。


「(もしうまく誘き出せて、私が敵の背後を取れたら……)」


 ナイトウが言った二つ目の助言、それは自身の力量と照らし合わせても難易度の高いもので、


「(……今の私の技量で、できるでしょうか)」


 そんな事を思うも束の間、がさり、と低木が揺れる音がする。それに驚いたのか、最早すぐそこまで迫ったババルンの背が揺れる。


「――――ッ!!」  


 先手はナイトウだった。蓋を開けたまま隠し持っていた沈黙の毒薬を、相手の足元付近に鋭い勢いで投げかける。低い位置を狙うのは、その毒が気化した煙を相手に吸わせる事で声を失わせるものだからだ。大気に混ざるエーテルに触れ、毒薬は瞬時にその姿を液体から煙へと変化させる。


「――!?」


 口を開き、何かを叫ぼうとしたババルンが、己が声を失ったことに気付く。

 突如として己に襲いかかったそれらに気を取られ、まだこちらの事に気付いていないようだ。その背中にミィアは、


「ふっ……!」


 格闘士ギルドで最初に教わる技、連撃。

 まず左拳で、それを引く勢いで素早く右拳を前に、そしてまた左、最後に、振りかぶった右。そうやって連続で敵を打ち貫く技だ。しかしこの技は手数は多いものの、敵と向かい合った状態で打つのなら、軽い牽制程度にしかならない。

 連撃で相手の隙を作り次に繋げるのが腕力の乏しい自分には向いているだろう、そう思っていたが、


「!」


 ず、と無防備なババルンの背中に左拳が突き刺さる。だが、まだ手応えは薄い。素早く右を。日中に相手をしたキキルン達はこちらよりも背が低く、拳を打ち下ろすような形になっていたが、大柄なキキルンであるババルン相手だと、普通の人間を相手にしている時と遜色無い。

 連続して繰り出した右拳を引くと、ババルンが前によろけた。右拳は次のために少し大振り気味に引いておく。ババルンの背を追うようにして左。

 そして最後に、今までの勢いを乗せるように、右拳でその背を打ち抜いた。

 ナイトウの助言に従うならこれで終わってはいけない。が、


「――!!」


 前によろめいたババルンが、身をよじるようにしてこちらを振り返り、鋭い爪を振りかぶってくる。思わず両腕を構え身体を庇うが、


「させるかっ!」


 が、と鈍い音が鳴り、ババルンの身体が右に揺らぐ。己の腕の向こうに、盾を振りかぶり、それでババルンの全身を打ったナイトウが見えた。

 それによる身体の揺らで、こちらを狙った爪は服の表面を裂くだけにとどまり、


「――!」


 そのままババルンは右に弾き出された。

 その先で数歩ほど振らつき身体を揺らしたババルンは、


「――…………」


 果たして土埃を上げながら大地に倒れ伏した。

 ほ、と安堵の吐息を吐きながら、防御の為に翳した両腕をゆっくりと下ろす。すると、


「腕、大丈夫か!?」

「ひゃえ」


 未だ下ろしきっても居ないこちらの両腕を取り、ナイトウが己の眼前まで持ち上げた。


「だ、大丈夫です。装備品を裂かれただけです」


 ほら、と彼に見せたこちらの傷跡が先程よりも幾分か見えやすくなっているのは、雲間から月が顔を覗かせたからだろう。彼の闇夜に弱い目でもそれが確認できたようだ。


「そうか……良かった。そっちに攻撃が行ってしまうのはタン……ええと、守り手の不手際だ。ごめん」

「いえ、そんな……あれくらい誤差の範疇ですよ」


 この人は意外と完璧主義なのだろうか、そう思う。しかし完璧主義にしてはそうでない箇所が多く見受けられもするが。そんな事を考えていたが、ふと事前にナイトウに言われた助言を思い出す。


「それより……ナイトウさんの助言、実践できませんでしたね」

「あー、ああ、そうだな……こうも早く戦闘が片付くとな」

「技を絶え間なく連続して繰り出す……技から技へ、繋げるように、でしたっけ……中々難しそうです」


 ナイトウが言った助言は、単純に言ってしまうと「手数で戦うといい」という事だった。

 最初はどういう意味かと思ったが、ここまでの道すがら想像を重ね、実際に身体を動かしてなんとなく分かってきたような気がする。それこそ、以前のように「正拳突き」ひとつに頼るのではなく、連撃、正拳突き、そして崩拳を流れるように繰り出し攻めていく。

 ナイトウが言うにはこれら三つの技は、次の技に繋がりやすい型のようなものになっているという。そして、最後の技を最初の技に繋げることによって全てを繰り返すことが可能となり、勢いが身体に乗る。

 ナイトウはその勢いのことを「迅雷」と呼んでいた。


「(格闘士ギルドでは教わりませんでしたね)」


 まだ自分自身、格闘士ギルドに師事するようになってから日が浅い。もしかしたら、それらは今後教えられることなのかもしれない。しかしそれを前もって知っておくという事に何の無駄も無いだろう。

 それに、ナイトウ自信が格闘士の戦いに精通しているという訳ではないらしい。彼の知り合いが名うてのモンクらしく、その人に聞いた話だそうだ。その助言には、格闘士の戦い方というよりも、モンクの戦い方だから……という言葉も添えられていたことを考えると、もしかしたら、ギルドで教えられること以上の事なのかもしれなかった。 


「まぁ、もし出来そうだったら試してみてほしいってだけだから」


 そう言うナイトウは、少し寂しげだ。彼の助言が生きるような戦闘にはならなかった事への落ち込みだろうか?別に気にする事はないのに、そう声をかけようとした瞬間、


「くせものっちゃ!?」


 草むらの揺れる音と同時に、キキルンの叫びが響き渡った。





 ミィアの腕に傷がないことを確かめた俺は、心中で安堵の息を吐いていた。

 こうして実際に己の身体でタンク職を全うするのは難しい、そう思う。先程、背後から攻撃を仕掛けたミィアにババルンが爪を振るったのは、ゲーム内用語で言う「タゲが跳ねた」という所だろう。俺が稼いでいるヘイト量を、背後から攻撃し高ダメージを繰り出したミィアの稼いだヘイト量が上回ったのだ。それにより、ババルンの攻撃が向かう先は、向かい合っていた俺に向かわずミィアに向かった。


「(フラッシュも使えないし、盾も覚えてないし……ヘイトってどう稼げばいいんだ)」


 先日出会った剣闘士の男は、フラッシュを目潰しのように使いヘイトを稼いでいた。俺も同じようにヘイトを稼げるような技が使えたら良いのだが、フラッシュのような魔法攻撃を使うことは難しそうな現状だ。

 そんな事を考えている俺にミィアは、


「それより……ナイトウさんの助言、実践できませんでしたね」

「あー、ああ、そうだな……こうも早く戦闘が片付くとな」

「技を絶え間なく連続して繰り出す……技から技へ、繋げるように、でしたっけ……中々難しそうです」


 そう、ババルンに仕掛ける前に彼女に伝えた助言。それは、格闘士……というよりも、モンクというFF14に実装されているジョブの立ち回り方を、この世界の言葉に置き換えて話してみたものだった。

 格闘士をベースとしたジョブ、モンクには疾風迅雷という、モンクというジョブを使うにおいて最も大切なバフが存在する。ゲーム的に説明してしまえば、そのバフは「スタック指せることによって自身の与ダメージとスキルスピードが大幅にアップする」ものだ。

 逆に言えば、バフが貯まっていない戦闘開始時にはダメージも少なくスキルスピードも遅いのだが、戦闘が継続し時間が経つとバフが貯まり本来の力を出せるようになる。スロースターターな面をカバーするために素早く迅雷を付与するスキル回しも有るが……それはレベルがカンストしてからの話になってくるから、ミィアや俺のような駆け出し冒険者に必要となってくるのは遠い未来の話だ。 

 そして、昼間に見たミィアの戦い方は「じんらい?なにそれおいしいの?」とでも言うかのような戦い方だだった。

 疾風迅雷を維持するためには、スキルを回し続け、敵に攻撃を当て続ける必要が有る。なのにミィアは、単発で敵に拳を当てるか、そうでない時は隙を伺い攻撃の手を止めていた。それこそ、 


「(GCDが全然回ってない感じと言うか……!!)」


 勿論俺の戦い方もまだまだで、GCDぐるぐる回せてるかと言われたら全くだ。

 しかし、タンク職の手数よりも繰り出す手数が少ないのは、火力職としては少しこう……つい口を出したくなってしまったというか、彼女がこちらの話を興味深げに聞いてくれるものだから、つい調子に乗って言う気の無かったことまでアドバイスしてしまったと言うか。


「(初心者冒険者への過度なアドバイスはモチベを下げてしまうことも有るから気を付けろって言っただろ、俺……!!)」


 それでもつい、意欲が有りそうな若葉ちゃんを見かけると色々とアドバイスをしたくなるのが俺の悪い癖だ。結果、ミィアはこちらの助言を好意的に受け取り、実践までしようとしてくれたから良かったが、


「(ゲーム内のモンク知識が、この世界でも通用するとは限らないからな……)」


 そもそも俺自身、モンクというジョブを完全に把握しているわけではない。出せても精々が24人レイド程度だ。それでもスキル回しや立ち回りを理解できているのは、一番仲の良かったフレンドのメインジョブがモンクだったからだろう。彼はよく言っていた。


「迅雷が切れるとモンクは死ぬ」


 実際に死ぬわけではないだろう、気持ちの問題だろうと言っても「いや死ぬ」と聞く耳を持たない。ただそれだけ言われ続ける暮らしをしていると、どうしてミィアに助言したくなってしまったのだ。


「(……そういえば、固定はどうしてるかな……)」


 つい、そんな事を考えてしまう。俺の唯一の現実世界に残してきた心残り、それが固定活動の事だ。現実世界でどれくらいの時間が経っているのかは分からないが、俺がFF14に突如としてログインしなくなったことを、彼らはどう捉えているだろうか。つい、感傷に浸るような思いを得てしまう。

 ただ、今はそんなことを考えている場合ではない。


「……まぁ、もし出来そうだったら試してみてほしいってだけだから」


 ミィアにそう言葉を返し、ババルンに向きなおろうとした瞬間だった。


「くせものっちゃ!?」 


 草むらの揺れる音と同時に、キキルンの叫びが響き渡った。 




称号:レジェンドのヒカセン エオルゼアに転生する ~いよいよ異世界だなぁ、オイ!!~

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