三章 東ザナラーン前編 - 01

Hyur-Midlander / Halone

Class:GLADIATOR / LEVEL:10

Location >> X:3.6 Y:3.4

ザナラーン > 中央ザナラーン > ブラックブラッシュ > ヘルズブルード洞穴




 俺達は走っていた。

 闇雲に、後ろも振り返らず、ただ逃げるように走る。

 いや、逃げるように、という表現は誤ったものだろう。真実、俺達は逃げているのだ。土埃を上げ、脚を動かし、走る。

 そんな俺達を追うのは、


「まだっ、追いかけてきてんのか!?」

「はい!! でもそろそろ、縄張りを抜けるはず……!!」


 耳を後ろに倒し、背後の音を聞いているのだろうミィアがそう応える。ばたばたと、乾いた砂を巻き上げ俺達を追う巨体。それは、


「(ただの『アリだー!』かと思ったのにな……!)」


 砂城の猛将「ネストコマンダー」。中央ザナラーン北部を占有する巨大な蟻の巣……その群れを率いるボスがそれだ。ブラックブラッシュ停留所から北西に向かうと、そこには周辺とは違う、少し異質な風景が広がっている。周辺のごつごつとした岩場と違い、砂地になったその場には、何者かの巣穴にも見える大穴が至るところに口を広げている。実際、その穴は大蟻の巣なのだ。

 俺たちがそこに足を踏み入れたのは完全なる偶然……というか、俺の好奇心から来るものだった。ふと、カッターズクライは今どんな塩梅なのかと気になったのだ。カッターズクライはメインクエストでは足を踏み入れることのないIDだ。つまり、この世界の主人公……サブクエには見向きもせず、メインクエストだけを進めているプレイスタイルであるヒカセンはカッターズクライには足を踏み入れていないということになる。それがただの仮説なのか、それとも実際にそうなのかが気になっただけだったのだが、


「(タイミングよくFATEが湧くとは……)」


 こうしてエオルゼアを探索していて分かってきたことが一つ有る。

 FF14というゲーム上で起こる事象と、俺が体験しているこのエオルゼアで起こる事象には少なからず差異が生じている。少なくともゲーム内のように、己の言葉で好きにこの世界の人に言葉をかけることができるのだ。それだけで俺が直面する状況は、ゲーム内のものとは遠くなる。しかし、ゲーム内と同じように、サブクエストのような仕事は誰かから受注する形になるし、FATEのような突発的なイベントは、誰かから受注することは決してできない。自分からFATEの発生する地へ赴いたとき、偶然……もしくは必然的に発生するのがFATEのようだ。サブクエストは人から受注するという形を取るためいくらでも事前に準備を行うことが可能だが、FATEは違う。こうして突発的なFATEに巻き込まれる可能性が有る場合、慎重に探索せなばならない。 

 そう思った瞬間、背後から聞こえる足音が緩んだように感じ、


「諦めてくれるか……!?」


 肩越しに背後を振り返れば、歩を緩めたネストコマンダーが上半身を反らし、こちらに攻撃を仕掛けようとしているところだった。


「ミィア、危ない!」

「え」


 咄嗟に背負った盾を構えミィアの背後に立ったが、


「――――!」


 向こうが吐き出した蟻酸の塊は、こちらまで届くことはなく少し離れた地に落ちる。さらに跳ねた数滴が盾を焦がすが、


「…………」


 ”そこ”が彼の縄張りの境界だったのだろう。こちらを睨み付ける様に一瞥した巨大な蟻は、そのまま踵を返し、彼の巣に帰っていく。

 それを呆然と見送った俺たちは、


「…………はぁー……」


 深く安堵の吐息を吐き、その場に座り込んだ。


「いやその……悪い、俺の好奇心でこんなことに……」

「いえ……私も、自分の力を過信していたように思います……」


 お互いに全力疾走を終えた直後だ。息も絶え絶えに、そう言い合う。

 そもそも俺たちはなぜこうして敗走することとなったのか。俺は中央ザナラーン界隈の低レベルなモンスター相手ならば引けを取らないだろうと高を括り気楽に探索をしていたのだが、


「(ボスFATEはキツいなぁ)」


 無限に沸く雑魚を倒すことは比較的容易だった。集中力は必要だが、一体がそれほどの力を持っていないため、冷静に対処すればいつかは波が収まる。しかし、体力の多いボス相手となると話は別で、


「(タンクとDPS二人だと削りきれないって感じか)」


 砂の中からネストコマンダーが湧いて出た時、当初の俺たちはその膂力に押されつつも応戦できていた。しかしそれも戦闘が長引くと形勢が徐々に傾いていき、


「……こっちの与えてるダメージより向こうのダメージの方が多かったよなぁ」


 そう独白すればミィアが、


「ええ……こちらがもっと耐えられればいつかは倒せる手ごたえではあったのですが」

「うーん、俺がもっと鍛えるしかないってことか……」

「あっいえ、ナイトウさんを責めているわけではなく……!」

「いやーいいんだよ、タンクが柔らかいとか何の役にも立たないからなぁ」

「そ、それを言ってしまえば私がもっと攻め手としての領分を果たせていたら……!」


 思わずといった風に身を乗り出していたミィアだったが、一度自分を落ち着けるよう咳ばらいをし、


「そうではなくてですね……やっぱり、癒し手が必要なんじゃないかと思って。ポーションなどでナイトウさんが回復するにも限界が有りますし……このまま冒険者を続けるなら仲間を増やすのも手かと思って」

「癒し手……ヒーラーか。確かにパーティーの基本はTHDDの四人だもんな」

「てぃーえいちでーでー……?」

「あ、いや、こっちの話。なんでもない。それで……ヒラ……癒し手は……どうしたらパーティーに加入してもらえるんだ?」


 俺とミィアがこうしてパーティを組むようになったのは、殆ど偶然の産物だ。この世界ではこうして偶然出会った者たちが意気投合しパーティを組むのかと思っていたが、


「そうですね、一つの仕事を終わらせるためだけに一過性のパーティを組む場合、冒険者ギルドのマッチングサービスを利用することが多いですが……こうして私たちのように仕事を求めて放浪する事を共にする仲間を求める場合は、冒険者が多く集う場で人を募ることが多いですね」


 私も冒険者として出立したのは最近のことで、人とパーティを組んだことはそれほど無いのですけど……そうミィアは続ける。

 彼女の言葉を聞く限り、冒険者マッチングサービスとはゲーム内のCFのようなものなのだろう。目的のIDや目的の仕事を記入した専用の用紙を受付に提出すると、目的を同じくしている冒険者とマッチングさせてくれるらしい。志を同じくした冒険者が四人または八人集まると冒険者ギルドが専用のリンクパールで連絡をよこしてくれるそうだ。そのリンクパールの通知音が独特で、シャキーンという鋭い音を発するらしく、マッチングサービスで冒険者が揃った瞬間のことを冒険者の間では「シャキる」と表現しているそうだ。


「(……なんでそんな所だけゲーム内と同じ感じになってるんだ)」


 偶然の一致なのか、なんなんだ。そんな事を考えていた俺を、ミィアはマッチングサービスを利用することへ不安を覚えているように感じたのか、  


「ま、まぁ今回は冒険者マッチは使用しませんから!一期一会の相手と仕事をするため後腐れがなくて気楽だと言う人も居るようですが……見ず知らずの人に背を預けるのは不安なものですよね」

「あ、あぁ……確かにそうだな。人を募るっていうのは何か仕組みが有ったりするのか?」

「いえ、そちらは本当にその場で目的や気の合う人を見つける感じですね。多くは冒険者ギルド前の酒場やカフェで人を募ることが多いです。クイックサンドの顔役は……モモディさんでしたっけ。その人に相談してみるのも手だと思います」

「そうか……それじゃあ一回、ウルダハに帰るかー……」

「そうですね!」


 ミィアが元気よく返事をした瞬間、小さく音が聞こえた。きゅう、とささやかに自己主張するその音は、ミィアの腹の音で、


「……先に昼飯にしてから帰るか」

「は、はい……」


 俺たちはもう少しだけネストコマンダーの縄張りから離れ、定刻通りの昼食を取ることにした。





「えぇ、癒し手不足!?」


 今日も今日とて冒険者で賑わうクイックサンドで俺たちはパーティーメンバーを募集するという目的を果たさんとしていた。冒険者ギルドの顔役兼クイックサンドの女将モモディは丁度留守にしていたらしく、俺達は顔見知りの店員であるウ・マナファに相談を持ち掛けていたのだ。ミィアを連れて店に入った俺を見た途端、ウ・マナファはこちらを肘で小突いたりしてきたが、別にそういう関係ではないという説明をしたり、ついでにキキルン盗賊団のの話をしたりで本題に入るのが遅れはしたが、ようやく癒し手を探しているという話に漕ぎつけた瞬間だった。


「うん、まぁほら、根本的にウルダハって癒し手を排出するギルドが無いじゃん? だから、慢性的に癒し手って不足してるんだよねぇ~」

「な、なるほど……」

「でも、ローブ姿の人を多く見かける気がしましたけど……」

「お嬢さんは……ムーンキーパーだし、グリダニアの出かな? たしかにグリダニアでローブ姿といえば幻術士って感じだろうけど、ウルダハで長い裾引きずってウロウロしてる輩なんて殆どみ~んな呪術師だよ、あはは」

「な、なるほど……!」


 そう快活に笑うウ・マナファは今日も元気そうだ。推しです。そんな事を考えていると、さらに追加でウ・マナファが解説をくれる。 


「ウルダハに居る癒し手でフリーってなると、モモディさんの仲介でも難しいんじゃないかなぁ……いやあ、ごめんね、お力添えできなくて!」

「ああ、いや大丈夫だよ、ありがとう。参考になった」

「うんうん、参考になったならなにより!」


 そう言ったそばからウ・マナファに声がかかる。彼女はここクイックサンドの給仕なのだ。こうして油を売ってばかりもいられないだろう。軽く手を挙げ別れを告げれば、彼女は笑顔のまま接客へと戻っていく。


「うーん、そっか……グリダニアだと癒し手が溢れてましたから、簡単に見つかるものと思ってしまっていました。国が違うとそういった辺りも違うものなんですね……」

「いや、俺も普通に居るものかと思ってたよ、やっぱりミィアみたいに出身地から離れて別の国で仕事をこなす冒険者ってのは少ないのか?」

「そうですねぇ……出身ギルドの有る土地から離れる人は少ないかもしれません。私は格闘士ギルドへ入門するためにウルダハに出てきたのでちょっと事情が違うんですけど」

「なるほどなぁ……」


 当初の目的は果たせずに終わってしまったが仕方ない。もしかしたら寝て起きたら、偶然フリーの癒し手がクイックサンドを訪れているかもしれない。俺はそう思いつつ、


「とりあえず宿に泊まらせてもらうか。ここのとこ野宿続きだったし……久しぶりに布団で寝たいな」

「そうですねぇ、ちょっと頑張りすぎた結果の今朝みたいなとこ有りますし……久しぶりにゆっくり休みますか」


 こうして根無し草の俺たちを無償で泊めてくれる宿というのは本当にありがたい。その恩恵にあずからず、中央ザナラーンを駆け回っていたのは、俺は主に生活費のために、ミィアは己の研鑽のためだ。少しストイックすぎたかもしれないが、それはそれでいい経験になった(そしてヒーラーが必要だという気づきも得られた)。


「それじゃ行くか」


 そうして俺たちは宿のカウンターへ向かった。





 どうやら今日の砂時計亭は繁盛していたらしい。空いている時ならばパーティーメンバーそれぞれに部屋が割り当てられるのだが、今日はナイトウとの相部屋を申し渡された。初めて彼と同じ部屋で眠ったときはベッドの処遇や遠慮や緊張などで揉めもしたが、ここ数日彼とともに中央ザナラーンの至る所で野宿をした結果、そのような細やかな気遣いは殆ど消え去った。砂時計亭には相部屋用の簡易ベッドも供えられているし、部屋も広い。見ず知らずの相手ならともかく、ナイトウが相手だ。今更これといって思うことは何も無かった。


「ふう……」


 そう息を吐き、ミィアは簡易ベッドに腰掛ける(簡易ベッドはナイトウが使うとやや小さめではあるが、ミィアには問題のない大きさではあったので彼女はこちらを使用することにした)。そして三つ編みのようにして編み込んだ髪を解いていく。


「(やっぱり、こうして乾燥した土地に居ると髪が痛みますね……)」


 以前よりも少しパサついている気がする。それに、巻き上げられた細かな砂塵で全身がざらざらしているような気もしている。


「うーん……」


 解かれ、ウェーブのかかった髪を櫛でゆっくりと梳いていく。グリダニアの木工ギルドで作られた、黒衣森原産の木櫛だ。部屋にはミィア一人しか居ない。グリダニアでこうして部屋で一人静かにしていれば木々のざわめきや小鳥の囀りが聞こえてきたが、ウルダハで聞こえてくるのは遠い喧噪だ。窓を開ければ、それが遠くではなく近場の喧噪であることが伝わってくるだろう。常に商人たちが自らの商品のどこが秀でているかを声高に叫び、冒険者が鎧を鳴らす。とても栄えた都だ。ナイトウは部屋に荷物を置くと、そんな都へと出て行った。少し剣術士ギルドに用事が有るらしい。ともに行くかと聞かれたが、身支度を整えたかったミィアはそれを断り部屋に残った。


「(ナイトウさん、暫くは帰ってきませんよね……)」


 先ほどから悩んでいるのは一つ。


「(お風呂……入りたいすぎます……)」


 乾燥したこのウルダハで水は高級品だ。高級品だからこそ、クイックサンドの中央や、回廊の中心部には水を使用した噴水などが設置されている。それだけこのウルダハは栄えているということを知らしめるためだろう。それについて思うところが有る人も居るだろうが、ミィアは比較的、そんな事はどうでもよかった。水が高級品であるということはつまり、潤沢に湯を沸かしてそれに浸かるなどということは貴族の行いであり、


「(シャワー位は有るものと思ってましたが、それも富裕層向けだなんて……!)」


 もちろん冒険者向けの宿屋である砂時計亭にそんなものは備わっていない。それならば持たざる者はどうやって身を清めるのか、その答えがこれだ。


「(ウォーターシャードとファイアシャードを布で包んで……)」


 まだ春だというのにウルダハは熱い。ファイアシャードの欠片は小さめでいいだろう。両手の上にそれを乗せ、少しシャードの力を引き出すべくエーテルに集中すれば、


「うん、ちょうどいい感じ」


 少し温めに蒸された布の完成だ。身を清めたり拭ったりするためのその布は厚手で、手触りは柔らかい。ミィアは一度それを机の上に置き、


「んしょ、と……」


 まずはタバードの胸部装甲を取り外す。体を守るものだから、これを付けたままでいるとやはり重くて肩がこる。うん、と両肩をほぐしつつ、両腕を覆うミコッテ族特有の手甲も留め具を緩め、抜いていく。靴も脱いでしまうか、とブーツも両足をこすり合わせるようにして捨て去り、腿まで覆う靴下も脱いで落とせば、身に着けているのはタバードのワンピースだけだ。胸元を留めている紐をゆるめ、裏返しにならないようゆっくりと袖を抜き、続けて裾をまくり上げ頭も抜いていく。脱ぎ去った服をぱん、と服の皺を伸ばすよう空に広げれば、身に着けているものは下着だけだ。


「さすがに停滞の効果が切れ始めてるかな……」


 身に着けている服は、水・土・雷の効能それぞれを引き出すアイロンを使って仕上げられており、それが衣服への汚れを祓ってくれる。それらの属性は霊極性……つまり光の属性に近しいものであり、光は停滞の効果を物へと与えてくれる。衣服はそれにより完成された時の汚れがない状態に停滞し、沈静化されているのだ。そろそろ裁縫士ギルドへもっていって修理してもらったほうがいいかもしれない、そんな事を思いつつ、ワンピースもベッドの上へと投げやる。そして、


「んあー……きもち」


 先ほど仕込んでおいた蒸し布を顔へと押し当てる。そのまま砂埃と汗を拭い取るように首筋、肩、腕、胸元へと手を運び、しかし物足りなさを感じて、


「下着も取ってしまっていいでしょうか……」


 流石に、と思い着けたままにしていた下着だが、風呂の変わりに行っている行為なのだ。それで隠された場所も全て拭いたい。数舜葛藤したが、結局どうせ誰も居ないのだ、久しぶりの一人の時間を満喫してもいいか、そう思い胸当てのホックへと手を伸ばす。瞬間、


「ミィア、ちょっと言い忘れてたんだけど」


 がちゃ、と突如としてドアノブが開かれる音がする。

 背後から聞こえてきた声色はナイトウ以外の何物でもなく、


「あっごめ」

「にゃあああー!!???」  


 彼が口走ろうとした謝罪の言葉を聞く暇もなく悲鳴が口をつく。あれ、鍵は?ナイトウが出たときかけたはず、いや彼も鍵をもっているんだから無意味? そうじゃなくて、内鍵、うそ、やだ。

 頬が朱に染まるのが自分でもわかる。放熱性に優れたはずの耳まで熱い。

 急ぎ向こうが扉を閉めようとしてるのも構わずに、


「ノック!!くらい!して!!ください!!!!!」


 何がもうナイトウと同室で寝泊りすることに思う事は無い、だ。何が細やかな気遣いは消え去った、だ。そんなことは無い。断じて無い。そう、こういった事が起こる限り。

 そう思いつつ、ミィアはナイトウに向かって布に包まれていたシャードを投げつけた。 




称号:レジェンドのヒカセン エオルゼアに転生する ~いよいよ異世界だなぁ、オイ!!~

Final Fantasy XIVのアンオフィシャル小説サイトです。 ひょんな事から自分が遊んでいたTVゲームの中の世界に転生をした男の半生を綴った物語。