三章 東ザナラーン前編 - 02

Hyur-Midlander / Halone

Class:GLADIATOR / LEVEL:10

Location >> X:25.1 Y:18.8

ザナラーン > 中央ザナラーン > クラッチ狭間




 神々に愛されし地エオルゼア。それは、アルデナード小大陸と周辺の島々からなる地域の総称であり、各都市国家から成る文明圏の名前でもある。大地に色濃く流れるエーテルと、豊富なクリスタル資源を抱くこの地は、幾つかの都市国家で形成されていた。

 アルデナード小大陸の南端ザナラーン砂漠に位置する、周囲を砂漠に囲まれた砂の都ウルダハ。大量の鉱物資源と繊維業により、商業によって栄えた交易都市だ。

 そのウルダハの北には大森林、黒衣森が広がっている。鬱蒼とした大森林と豊かな渓流に囲まれた森の都はグリダニアだ。調和と協調を政治の根幹に置くその国家は、黒衣森に住まう精霊の信託を受け取る精霊評議会を国家の最高機関として置いている。

 それら二国の西……ロータノ海の北に浮かぶバイルブランド島を領有する海の都リムサ・ロミンサ。港湾内に点在する無数の小島や、岩礁の上に渡された白橋からなる美しい町並みは女神リムレーンのベールと呼ばれるそうだ。リムサ・ロミンサを治めるの者は提督であり、ロータノ海の海賊頭領の中から任命されるという、海賊がかなりの力を持つ国だ。

 他にもイシュガルドやアラミゴ、シャーレアンもエオルゼア都市群に含まれるが、ゲーム内……FF14というゲームの序盤に訪れることとなる国家はこの三国だ。俺はその中でもウルダハで目を覚まし、それ以来ウルダハの領土内から出ることは一度もなかった。それは、ゲームが始まった序盤は己が選んだ開始国家の周辺でクエストをこなし、低レベル帯のレベル上げをする、という既にFF14を何時間もプレイした上での常識に基づいた行動だったのだが、理由はほかにももう一つ存在した。 


「……思ったよりも、遠いな、グリダニア」


 そう、ゲーム内ではテレポで一瞬、歩いて行っても数分の距離である隣国は、実際にそこまで向かうとなると、かなりの時間を要するという事実こそが、移動を困難とさせる要因だった。


「私はデジョンを使えば瞬時にグリダニアに戻ることができますが……ナイトウさんはグリダニアを訪れたことが無いんですよね」

「ああ。……というか、テレポですら扱えないからなぁ……」


 そう、俺はテレポやデジョン、その他エーテルに関連する魔法全般を扱うことができない。それは、この世界で目覚めた初日にエーテライトと交感した際に発覚したことだ。

 エーテライトとの交感は、エーテルというこの世界の根幹となる力に触れることに近しい。それに触れてしまった俺は、酷いエーテル酔いを起こし意識を失ったのだ。目覚めた俺に告げられたのは「エーテルを扱う事に不向きだからテレポなどを絶対に使うな、どうなっても知らんぞ」という事だった。

 しかし、そう言われたところで最初は半信半疑だった。それに、せっかく魔法という概念が存在している世界に来れたのだから、できることなら扱いたい。そう思って呪術師ギルドに己の魔法適正について相談しに言ってみたところ……呪術師ギルドでも『魔法適正まったく無し』のお墨付きをもらってしまったのだ。曰く、まるでガレアン人のようにエーテルを扱う素質が無い、と。ガレアン人とは、先に述べたエオルゼア三国を脅かすガレマール帝国の主要民族のことだ。ガレアン人は先天的に体内のエーテルを放出する能力が著しく低いため、魔法を扱うことができない。そのため魔導技術という魔法を必要としない機械が発達し、その力をもって過去に三度エオルゼアを属州にすべく侵攻を行っている。

 そんな国家を形成する種族と同じ特徴を持っているということで、少なからず怪しまれもしたのだが、もしスパイの類であるなあらばこうして相談になど来ないという事でなんとか事なきを得た。


「冒険者は魔法を扱うことに秀でた人が多いので、移動手段は主にテレポなんですよねぇ」


 そう、魔法を扱えないとどうなるのか。魔法が扱える人間が多数派の世界で己がそうなった場合、つまり率直に不便だ。勿論、市井の一般市民全員が高度な魔法技術を備えているわけではない。しかし、生活の隅々にちょっとした魔法によって不便が解消されている箇所が存在する。それこそ、宿屋の照明の点灯などはエーテルに作用した魔法によって行われているので俺には明かりを灯すことができない。また、冒険者たちは属性の力が結晶化したクリスタルを持ち歩き、それらの力を引き出して火を起こしたり水を得たりするが、勿論俺はクリスタルの力を引き出そうとしても、うんともすんとも言わなかった。

 エーテルの流れを意識してみてください、とミィアにも言われたのだが、まったくピンと来なかった。感覚的には、エーテルの流れも何も無い、魔法という概念が存在しない、俺が元々存在していた現代日本社会と何ら変わりが無いのだ。

 元々、スピリチュアルな事象や、科学的に説明がつかない現象について余り興味が無かった俺だ。こうして異世界転生するという可能性も鑑みて、そういった事柄にも見識を深めておいたほうが良かったのか、と後悔したほどだ。 


「まぁ、できないことを悔んでも仕方ないです。ちょっと時間はかかりますが、グリアニアまでテレポやデジョンを使わない旅をしましょう」

「面倒かけて悪いな……ええと、悪い、グリダニアまでどれくらいかかるか、もう一度言ってくれるか?」


 はい、とミィアは頷き、朝食のクランペットを口に運ぶ。そう、俺たちはクイックサンドで念願の朝食をとっていた。というか、俺が昨日の謝罪にミィアに好きなものをご馳走すると言うと、ためらいなくクランペット……フワフワのパンケーキが選択されたのだ。

 少しだけ、昨日のことが脳裏に思い浮かぶ。


「(いやしかし、気を付けんとな……)」


 こちらが呪術師ギルドへ出かけている間に、ミィアは着替えたり身支度を整えたりしようとしていたらしい。野宿では着替えもなにも、という暮らしだったのでそういったイベントは起こり得なかったからこそ油断していた。


「(こんなことで好感度を迂闊に下げて、エオルゼアの案内人を逃すのは惜しいからな……)」


 ミコッテ少女の着替えシーンを一瞬でも拝めたことを喜ぶ男も居るだろうが(固定のモンクなら確実に大喜びしていた筈だ)、それよりも俺は、そういった迂闊な行動で彼女の好感度を下げることの方に怯えていた。

 ただでさえ、勝手が分かっているようで分かっていない世界なのだ。こうして旅路を共にしてくれる存在は本当にありがたい。その存在が、気を使わなければならない存在であるということを忘れず行動しなければ。


「…………」


 そう思いつつミィアを見るが、最早怒りは収まっているようで(元々、彼女が怒りを露わにしていたのは俺が不用意に扉を開けてしまった直後だけではあったが。身支度を整え終わった後には、自分の不注意だと謝罪してくれた。それについては俺も不注意だと思ったので朝食を奢った次第ではあるが) 機嫌よくパンケーキを頬張っている。

 口内のパンケーキが片付いたのか、ミィアが再度口を開く。


「まず、テレポなどを扱うことが難しい人が利用するのがチョコボキャリッジですね。これは、人のみを運ぶことを専門としている商人は少ないので、ウルダハ・グリダニア間の交易商に頼んで乗せてもらうことになります。かかる時間は、昼夜問わずの行軍で丸一日。実際にそんな事をするとチョコボに負担がかかりますので、中継地点で一泊しての二日ちょっと……という所でしょうか」

「なるほどな」

「そして、もう一つの選択肢は、単純に徒歩ですね。これは……まぁ、四日から五日はかかるでしょうか。幸いエオルゼアは途中途中にエーテライトの備わった拠点が有りますから、そこまで厳しい旅路にはならないはずです。こちらの場合、交易商の事情などに左右されず、好きな事をしながらグリダニアを目指すことができますね」

「まぁ、そうなるよなぁ」 


 徒歩かぁ、そう独白する。思えばゲーム内でも俺はよくカメラを一人称視点に変更してマップを歩いて回ることを趣味としていた。シャキ待ちの間や、夜眠れないときにそうしていると心が安らぐのだ。絶を全てクリアしている戦闘民族には似合わない、と何度か言われたことも有るが、戦闘民族だってたまには心を安らげたい。そういう時もある。そんなことを考えていて、ふと湧いた疑問が有った。


「そういえば、チョコボって乗れないのか?」


 チョコボキャリッジと徒歩の中間、そう、自らがチョコボを手にし、それに騎乗することはできないのかと思い至ったのだ。ゲーム内ではマウントと称された乗り物システムだ。プレイヤーキャラクターは様々な外観のマウントに騎乗し、大地を駆け回る。マウントが解放されておらず、己の足で駆け回ることしかできない低レベルのころは、既にマウントに乗り軽やかに大地をかける先輩冒険者を羨ましく思ったものだ。しかし、こうしてエオルゼアに降り立った今、マウントに騎乗し大地を駆けている冒険者を見かけることは殆ど無い。見かけるのは主にチョコボキャリッジばかりで、それこそ謎の空飛ぶゴリラだとか、四人乗りのオープンカーだとか、電流を発する黒い玉に腰掛けている人間は一切見かけなかった。

 だからこそ、マウントについては殆ど忘れ去っていたのだが、エオルゼアではチョコボに騎乗することは珍しいのだろうか、そう思ったのだ。


「そうですねぇ……乗れることは乗れるんですけど」

「やっぱり一般冒険者が乗るには難しいのか? チョコボに乗れさえすれば、俺ももう少し手間をかけずに移動ができるかと思ったんだけど」

「うーん、なんというか、その……」


 ミィアが少し言いよどむ。そして、


「チョコボ、お高いんです」

「あー……」


 それは、と思っているとミィアが説明を続けてくれる。


「グランドカンパニーに所属して名を挙げれば格安で支給してもらえるそうですが……グランドカンパニーに所属することそのものが、名の知れた冒険者でないと無理ですし、私たちのような新米冒険者には、とても手が届かないというか……」

「な、なるほどなぁ……ちょっと高望みが過ぎたか……」

「そうですねぇ……そもそも、チョコボを連れ歩くということは、チョコボの食費なども必要になりますし、こうして宿屋に泊まるときも、チョコボ用の厩舎を借りなければいけなくなりますし……」

「そ、そうだよなぁ」


 なんというか、世知辛い。車がほしいと思っても高額の買い物になってしまうし、いざ手に入れたら手に入れたで維持費や駐車場代が嵩んでどうにもならないみたいな、そういう既視感を覚える。


「(やっぱりどの世界でも乗り物ってのはそういうものなんだな……)」


 しみじみとそう思う。するとミィアが、


「うーん、まぁでも……もしかしたらグリダニアに行くついでに、牧場に寄ってみるのも有りかもしれませんねぇ」

「グリダニアの牧場って、ベントブランチ牧場か?」

「あ、ご存知でしたか? ベントブランチ牧場では、チョコボが飼育されているので、話を聞くだけ聞いてみるのも良いかなぁと思いまして」

「そうだなぁ。それに、普通にチョコボ牧場には興味があるなぁ。行ってみたい」


 そう興味深げに頷く俺に、ミィアはつい、といった風に笑みをこぼす。


「……なんか俺、おかしかったか?」

「いえ、その……ナイトウさんはたまに、冒険者というよりも、観光をしておられるように見えて微笑ましかっただけです。ごめんなさい」


 ふふ、となおも笑み交じりに帰ってくる言葉は本当にこちらを微笑ましくおもっているもののようだ。また場違いなことを言ってしまったかと思ったが、好ましく受け止めてもらえているのなら悪くはないだろう。しかしそれはそれで、少し気恥ずかしくもある。軽く咳ばらいをしてから取り繕うように、


「それじゃあ、いろいろと加味した結果……歩いて黒衣の森まで行って、途中で牧場寄ったりしつつ気ままに旅するって感じ……がベストか?」

「そうですね。私はグリダニアからウルダハまでチョコボキャリッジに乗って来ましたが、あれ、けっこう自由が効かない上に、長時間乗ってるとお尻が痛くなっちゃうんですよね……なので、徒歩には賛成です」

「ちなみに、自由が効かないってどんな感じだったんだ?」

「え? いえその……ちょっと寄った街での特産品を食べたいと思ってもそんな時間が無かったり……携帯食ばかりになってしまったり……」


 主に食への不満ばかりのその言葉に、今度は俺が思わず吹き出してしまう。


「それじゃあ、グリダニアへ向かうときは、ちゃんと旨いもの食いながら行こうか」

「えっ、いいんですか!?」

「ああ、付き合ってもらうのはこっちだしな。好きなもの食べてくれ」


 ええと、それじゃあ……と早速それぞれの街で何を食べるか考え出したミィアを見守りつつ、俺は朝食を終えることにした。





 ウルダハで旅支度を整えることは容易だった。自身の生まれ故郷であるグリダニアと違い、やはり交易都市というだけあって市場の品揃えが段違いだ。初めてグリダニアの黒檀商店街を訪れた時もその賑わいに驚いたものだが、ウルダハの市場はグリダニアの商店街が田舎に思えるほどのものだ。冒険者に加えてアラミゴからの流民が多いこともあり、旅をするための物品は驚くほど市場に出回っていた。

 主に購入したは野宿を行うことになった時のための必需品だ。ファイアシャードから火を起こすことのできないナイトウのための火打石に始まり、防水の効能が施された布、それらを天蓋にすることも可能とするロープ、手拭い、ナイフ、ランプ、油、必要最低限の食器類と調理具、水筒、そしてヒーラーと出会うまで凌ぐためのポーション類。それらを端から購入していった結果、手持ちの鞄には収まりきらなくなり、ナイトウ用に新たに大きめのバッグを追加で購入することとなった。

 しかし、彼は本当に着のみ着のまま、冒険のための必需品を一切持たずにウルダハまでたどり着いたらしい。既にミィアは所持しているが、ナイトウが持ち合わせていないものがかなり多く、彼の所持金だけでは全てを買いそろえることができず、ミィアが建て替えた分も有った。

 そして、それ以上に驚いたことが二つある。それは、 


「えっ、ナイトウさん、文字が読めないどころか、貨幣価値も分からないんですか……?」


 聞けば、彼はエオルゼア共通語について見識が浅く、会話は可能であるが読み書きが一切できないと言う。それどころか、エオルゼアで使用されている通貨についても詳しくないらしく、今までも当てずっぽうで買い物などをしてきたらしい。


「できれば、旅の道すがら教えてもらえると助かるんだけど……」


 そう、少し申し訳なさそうに言うナイトウの物腰は相変わらず穏やかだ。もちろん、この世の識字率は高いほうではない。自分自身ですら、たまたま「読書」という行為が身近な家庭で育ち、ある程度の水準の教育を施してもらえたからこそ文字の読み書きができるし、通貨の計算もできる。

 ただ、ナイトウの立ち振る舞いは、それらの教育を施されていない人間が持つものとは到底思えないのだ。そろそろその辺りの、ナイトウの生い立ちの謎について尋ねてみてもいいのではないかと思いもしたが、


「(……自分が訊かれて嫌なことを、人に訊くものではありませんからね)」


 自分自身、過去について尋ねられれば言い淀むだろう。それと同じものを彼も持っているのだとすれば、それは興味本位で訊くべきことではない。

 しかし、道すがら教えるといっても、読み書きについて歩きながら教えることは困難だ。なので、先んじて貨幣の価値について口頭で伝えることからミィアは始めていた。


「ええと……エオルゼアの通貨がギルということはご存じで?」

「ああ、流石にそれは知ってる。計算もできる……けど、どの貨幣が幾らなのかが分からない」

「ふむふむ、そういうことですね」


 それじゃあ、と腰に下げたポシェットから幾つかの小銭を取り出し、手のひらに乗せる。  


「この薄い粗銅で作られた貨幣が1ギル貨幣です。ん、10ギル貨幣は今は持ち合わせがありませんね……10ギルは確か銀貨だった筈です。そしてこの金貨が100ギル貨幣」


 一枚一枚、説明してはナイトウに手渡していく。それを受け取った彼は「へぇ」と興味深げに貨幣の意匠を眺めている。


「(あまり一度に詰め込みすぎるのもよくないですよね)」


 そう思いつつ、少し間を空けようとミィアは傍らの景色に目をやり、それを眺める。

 昼食を取ってからウルダハを出発したミィア達は、既にブラックブラッシュ停留所を越えた場所まで歩を進めていた。定期的にこちらを追い越していくチョコボキャリッジが走るこの道は、古代アラグ帝国時代から使われていると言われているアラグ陽道だ。ザナラーンを東西に走り、東は黒衣森へと通じているこの道は、交易の要であり他の街道と比べても賑わっている。

 ここから見えるのは、アンホーリーエアーと呼ばれる水辺と、その向こうに霞んで見えるエーテルの結晶だ。自身がウルダハを訪れた時にも通ったこの道を懐かしい、と感じていると、


「あっ、100ギル金貨ってこれか! あー! 所持金の横に表示されてたやつか!」

「……………」

「あ、いや、悪い、なんでもない。なんでもない」


 突然の不規則言動を始めたナイトウを横目で見つつ、


「(……本当に大丈夫なんでしょうか? この人……)」


 そう思いつつ、ミィア達は東ザナラーンへ歩を進めた。




称号:レジェンドのヒカセン エオルゼアに転生する ~いよいよ異世界だなぁ、オイ!!~

Final Fantasy XIVのアンオフィシャル小説サイトです。 ひょんな事から自分が遊んでいたTVゲームの中の世界に転生をした男の半生を綴った物語。