三章 東ザナラーン前編 - 03

Hyur-Midlander / Halone

Class:GLADIATOR / LEVEL:11

Location >> X:18.6 Y:24.7

ザナラーン > 東ザナラーン > ドライボーン > キャンプ・ドライボーン




 東ザナラーンには、ドライボーンという地域が広がっている。中央ザナラーンを抜けた先、日差しが強く、低木が疎らに生える荒野がそこだ。なんでも、この辺りはウルダハ近辺と比べて日差しが強いらしく、行き倒れでもしたらあっという間に骨になってしまうことから『ドライボーン』と呼ばれるようになったらしい。

 そんなエオルゼア豆知識をミィアに話すと、


「なんでそういう事はご存知なんですか?」


 と、言外に一般常識は何も知らないくせに、と附け加えられていそうな疑問を無邪気な顔で尋ねられ、返答に窮したので今後は少し気を付けようと決意したところだ。ドライボーン近辺のNPCがそんな事を言っていた気がするから……と素直に返答出来たらどれだけ楽なことだろう。しかし、ゲーム内の住人にそんな野暮なことを言うものでもないだろう、とも俺は思っていた。


「しかし、本当に暑いな……」


 じりじりとこちらを焼いてくる太陽を恨めしくおもいつつ、そう呟く。タオルのようなハンカチのような布を取り出し、汗を拭っていたミィアも、


「東ザナラーンは日差しを遮ってくれるものが少ないですしね……春先でこの気温なら、本格的に夏が来た時にはどうなっちゃうんでしょう」


 中央ザナラーンにはオアシスのような水場や、高い崖、ちょっとした木々が存在したが、東ザナラーンは本当に何もない。はるか向こうにはハイブリッジという大橋が掛かっているが、それも川を渡るためのものではなく霊災で生じた亀裂を渡るためのものだ。しかし、その先は黒衣森に通じているため、この景色とは一転、緑豊かな大森林へと入ることができる。おそらく、隣に黒衣森が有るからこそ、これくらいの暑さで済んでいるのかもしれない、とふと思った。当たり一体が荒野続きの南ザナラーンはだからこそ砂漠化したのかもしれない、とも。


「キャンプについたら、とりあえず冷たいものをいただきたいですね……」

「大賛成だ……っと、噂をすれば、あれがキャンプ・ドライボーンじゃないか?」


 俺が指さす手の向こう、地面から小さめの塔のようなものが突き出てるのが確認できる。その脇に建てられた木造の小屋はチョコボ厩舎だろうか。一見、荒野の中にささやかな建物が有るだけのように見えるが、


「あっ、そうです!あそこが窪地になっていて、降りるとエーテライトが有るんです」


 微かに窪地の中から青い光が漏れている。おそらくエーテライトの放つ光だろう。そこへ繋がる道には簡素な鉄製の門が構えられており、そこから向こう側がキャンプ・ドライボーンだ。門の両脇には不滅隊の制服を纏ったヒューランの男と、銅刃団の制服を纏ったララフェルの男が警備をしている。彼らに軽く会釈を送り、その門を抜ければ、窪地の向こう側へ渡ることができる橋と、窪地の奥底へと降りる道が隣り合っていた。

 キャンプ・ドライボーンは、街自体が深い穴の中に有るようなキャンプで、建物などは殆どが周囲の崖を刳り貫き作られている。底へと下る道を歩み日陰へと入れば、鍾乳洞の中に入った時のような涼しさを感じた。コッファー&コフィンもそうだったが、ザナラーンは崖をくり抜き、半地下のようにして建物を建てることが一般的なのかもしれない。こうする事によって、避けがたい日光を避けているようにも感じた。


「へぇ……」


 窪地の底、キャンプ・ドライボーンの集落は、決して栄えているとは言えなかった。

 道端に倒れ既に動かない者、その傍らで泣く者、沈痛な面持ちで静かに歩む者、それぞれが、あまり裕福とは言えない格好をしている。長いローブを纏い、倒れた者の傍らで祈りをあげているのは教会の人間だろうか。


「……ここは教会の近くで、死者の弔いの為に訪れる人も多いんですよね。なので……静かな街です」


 俺がそれらを興味深げに思ったように見えたのだろうか、そうミィアがこっそりと教えてくれる。俺はその言葉に、自身の知識と相違が無いことを確認し頷いた。

 ここ、キャンプ・ドライボーンの近くには、聖アダマ・ランダマ教会という第七霊災の折に多くの死者を受け入れた教会が存在する。その教会を訪れる者が休息を取り、埋葬の準備をする集落がキャンプ・ドライボーンなのだ。窪地の底に漂う雰囲気を重たく感じるのは、決して空気の廻りが悪いからという訳ではないだろう。そんな中でも、露天を広げた商人だけは道行く人に声をかけ、商品を売り込んでいる所を見る限り、やはりウルダハの商人は強かだ。


「……とりあえず、店に入って何か飲もうか」

「そうですね……ちょっと、へとへとです」

「ええと、あそこに酒場が有るな」


 そう言い俺たちは、エーテライトの近くに居を構える酒場へと足を向ける。そういえばこの世界には飲酒の年齢制限などは有るのだろうか? 子供が成人したとみなされる年齢は現実世界でも国によって異なる、その地方によって感覚の違うものだ。エオルゼアでは何か定められているのだろうか? 確か、未成年の飲酒を嗜めるようなセリフを言っているNPCもいた気がするのだが、あまり確証が無い。そう思い俺は、なるべく自然に聞こえるよう、


「そういえばミィアは、酒って飲めるのか?」

「え? お酒ですか? まぁ、嗜む程度に……って感じでしょうか」


 ミィアは幾つなんだ?と訊こうとして、流石に女性に年齢を尋ねるのは不躾がすぎるか……と思いとどまる。


「まぁミィアは酒より飯って感じか」

「そ、そんなこと……! な、ないわけでもないですけど……」


 ごにょごにょと、口の中で何かを呟いているミィアに笑みで答えつつ、俺たちは酒場の扉を開いた。扉の脇には昼間から飲みすぎたのか、壁に手をつき何か呟いている男が屯している。クイックサンドやコッファー&コフィンとは違う、少しの治安の悪さを感じる店だ。俺自身はそこまで気にはしないが、ミィアはこういった店は嫌がるだろうか、あまり女子供を連れてこない方がいい部類の店かもしれない、ふとそう思ったが、俺よりも先にミィアが店内へ入っていった。


「(気にしてない……って事は、都市部以外はどこもこんなもんなのかな)」


 ミィアに遅れをとらぬよう店内へ入る。崖をくり抜いた中に居を構えるその酒場は、窓が無く薄暗い。昼間でもランプが灯されており、ひんやりとした空気が漂っていて、屋外と比べるとかなりの心地よさを感じた。

 俺たちはカウンターでグレープジュースを頼み、席に着く。アイスシャードの中から引き抜かれた瓶入りのそれは良く冷えていて、ドライボーンの重苦しい空気を忘れられる清涼感を感じさせてくれた。


「くぅぅ~……おいしいですね……生き返ります……」

「あー、俺たちはこれを求めてたんだな……」

「あっ頭が、頭きーんって、あー」

「一気に飲み過ぎだって」


 はは、と頭を抱えるミィアに笑みを零しつつ、俺は軽く辺りを見回してみる。

 ここドライボーンは、メインクエストでも訪れる地だ。ゲームのシナリオでは、宿屋に居座るエーテル学の先生を訪ねたりだとか、この酒場を訪れ悪徳商人と会話するイベントも有る。もしこの世界の”主人公”……光の戦士がこの地を訪れていても、何もおかしくはない。


「(えーっと、リムサスタートでこの前サスタシャをクリアしたんだろ……そしたら三国巡りだから……あ、それなら俺はウルダハの飛空挺乗り場を張ってたほうが良かったんじゃないか?)」


 ふとそんな事に思い至ってしまうが、ここまで来てしまったからにはどうする事もできない。それに、日銭を稼ぐためには冒険者稼業に勤しまねばならないし、勤しんだ結果ヒーラーを求めてウルダハを出たのだ。


「(地球でもハイデリンでも、生きるって事は大変だなぁ)」


 感慨深くそんな事を考えていると、頭痛から解放されたらしいミィアがこちらを見る。そして、 


 「あっ、ちょうどいい機会ですし、エオルゼア文字について少しお話しますか?」


 グレープジュースの瓶を脇に寄せ、カバンから取り出したのはA5サイズ程度の黒板のようなものだ。それと合わせて小さなポーチから取り出したのはチョークだろうか? 白い石を荒めに細長く削ったらしきものだ。


「冒険者道具にはそんなのも有るのか」

「あ、これですか?これはその……冒険者道具というか、獣人の皆さんと取引等を行う時に使っているんです。彼らには発音の難しい共通語で会話を行うよりも、図式や絵などで示した方が早い事があって」

「へぇ……確かに何を言ってるかは分かるけど、きっちりした会話は難しい時有るもんな。でもそれ、重くないか?」


 いくら嵩張らない形状をしていて、大きくもなかろうが、それが石版で有る限りそこそこの重量を持つだろう。ただでさえ冒険者の荷物は必要最低限の物を揃えるだけで重く嵩張る。それでも共通語の通じない獣人のための物品を持ち歩いているのは、


「ミィアは優しい冒険者なんだなぁ」

「えっ?? いや、まぁ、極悪非道というわけではないですけど……」


 照れているのか戸惑っているのか、その心中を隠すためか、ミィアが軽く咳払いをする。そして、 


「それでは少し、共通語のお勉強会を行いましょう」


 そういう事になった。





 エオルゼア共通語は、有り体に言ってしまえば、アルファベットの表記が別の文字に置き換えられている英語のようなものだった。単語や慣用句などにはエオルゼア独自のものが多いようだが、全く未知の言語と比べれば取っかかりやすく感じる。


「(英語が有る程度わかることが、ここに来て役立つとは……)」


 こればかりは、仕事に必要で否応なしに習得しておいて本当によかった。現実世界でも英語ができることは、できない状態に比べると役に立つ機会は多い。それをエオルゼアに来てまで実感することになるとは思いもしなかったが、過去の自分の努力に感謝せざるを得ない。


「(綴りはちょっと独特な雰囲気もするな……アメリカ英語っていうよりも、ヨーロッパ圏の色んな言葉が複合されてるみたいだ)」


 そんなことを思いもするが、それはさておき、


「とりあえずは、文字を全て覚えるところからですね」

「そうだなぁ……その石板、たまに貸してもらっても? 紙とペンとか……ここでは高級品だよな」

「そうですねぇ……私たちのようなしがない冒険者の手が届くものではないです。なので、読み書きの練習は基本的にこういうものを使いますね」


 そう言いつつこちらをじっと見てくるミィアの目が、やっぱりこの人はお金持ちのお坊ちゃんなのだろうか?と問うてくるように見えるのは、気のせいではないだろう。それを誤魔化すように、 


「その……ひんがしの国では、紙がそこまで高価なものじゃなかったんだ。生活に紙を用いたものが根付いてて、製紙が盛んだったから」


 完全にうろ覚えの記憶だ。しかも、これはハイデリンに存在するひんがしの国の知識ではなく、現実世界の日本に基づいたもので、この世界でも実際にそうなのかは分からない。確か、その昔ヨーロッパでは原料の調達が難しいことなどから製紙が盛んには行われていなかったはずだ。それに反して日本では、江戸時代あたりには紙が庶民の手に届く程度には普及していた。

 どうやらミィアの反応を見るに、恐らくはエオルゼアでもそう変わらないのだろう。


「それじゃあ今日から、ゆっくりできるタイミングで文字の形から覚えてきましょうね」


 そうミィアが優しく微笑んでくれた時だ。


「また人攫いが出たって!?」


 隣席からのその声で、ざわ、と店内にどよめきが広がる。

 その声を発したのは、銅刃団の鎧を着た男だ。そのテーブルを囲むのは皆同じものを身にまとっていることから、昼下がりの休憩を取っている銅刃団の小隊なのだろう。

 思わず、といった風に声を荒げた男は、周囲にざわめきを生んでしまったのを居心地悪く思ったのか、小さく舌打ちをして飲み物を呷る。先ほどまで、賑やかとは言えないまでも、穏やかに時が流れていた店内に、重い沈黙が圧し掛かった。


「なぁ、行こうぜ」


 そんな場に居ずらくなったのだろう、誰とは無しにそう声がかかり、銅刃団の小隊は店を後にしていく。彼らが店を去り、店内の雰囲気が戻ってきたところで、


「人攫い、か……」


 小声でミィアにそう声をかける。


「……よく有る、というと嫌な話ですが、耳にすることは多いです」

「この辺りで人攫いっていうと……アマルジャ族か?」


 俺の脳裏に思い浮かんだのは、メインクエストのストーリーだ。リーゼントの怪しい商人がアマルジャ族に難民や貧民を売り払い、売り払われた彼らは蛮神召喚の生贄とされる。もしかしたらイフリート召喚のメインストーリーに絡んでくるのかもしれない、そう思っていると、


「いや、ここいらの人攫いはキキルン族だよ」

 そう俺たちに声をかけてきたのは、銅刃団の居座っていたテーブルを片付けている店主だった。浅黒く日に焼けた肌をもつミッドランダーの男は、言葉を続ける。 


「東ザナラーンのキキルンは、ちいとばかし性根が悪い。ひっ捕まえた貧民を、奴隷として蛮族に売っぱらうんだ」

「……それは、最近頻繁に起こっているのか?」

「そうだな……ドライボーンはまだマシだった。ハイブリッジのほうは市民を攫いに攻め込んでくる程に酷いらしい……しかし、ありゃあこっちも時間の問題だな」


 彼の口調からは、諦観と、キキルン族……否、蛮族に対しての嫌悪が見て取れる。中央ザナラーンでの人と蛮族の関係に比べて、こちらではかなり軋轢が生じているようだった。


「私たち、これからハイブリッジを通って黒衣森に向かおうと思っていたんですが、もしかして危ないですか?」

「いやぁ、どうだろうね。あんたら冒険者だろ、なんとかしてきてくれよ」


 これじゃあグリダニアから荷も届かねぇ、そうぶつくさ言いいつつ、店主はカウンターの奥へと戻っていく。その言葉を受けたミィアは、


「……私たちにできることなら、解決できたらいいんですけど」


 言外には、自分たちの力不足を嘆くものも感じ取れる。彼女は、力不足がゆえにグリダニアに向かっている自分たちのことを不甲斐なく思っているのだろう。

 しかし、俺は、


「……ハイブリッジにキキルンの人攫いが襲撃してきて、市民を攫って行く、か」


 聞き覚えは、有る。それに、それを撃退したことも、何度か。たしかにソロではキツかったが、現在はソロではないし、ハイブリッジの防衛隊と連携を取ることも可能だろう。

 よし、と一つ頷いた俺は、


「ミィア、ハイブリッジに行ってみよう。もしかしたら、なんとかなるかもしれない」

「ええっ……?」


 例のごとく、彼女に多くを話すことはできない。しかし、諍いを他所に、通り過ぎることもできないだろう。


「大丈夫だって、多分……なんとかなるだろ」


 またか、とでも言いたげなミィアの目を他所に、俺はグレープジュースを飲み干した。




称号:レジェンドのヒカセン エオルゼアに転生する ~いよいよ異世界だなぁ、オイ!!~

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