三章 東ザナラーン前編 - 05

Hyur-Midlander / Halone

Class:GLADIATOR / LEVEL:15

Location >> X:20.9 Y:21.1

ザナラーン > 東ザナラーン > ウェルウィック新林 > ハイブリッジ  




 FATE『ハイブリッジの死闘:市民奪還作戦』について覚えていることはそう多くない。多くないと言うよりも、特に覚える必要が有ることが少ないとでも言うのが正しいだろう。低レベル帯の、誰もが参加できるFATEに予習必須の初見殺しギミックが出てくることは殆ど無いと言っていい。ある意味、無限沸きする雑魚を無視するた為のボスと戦う位置取りこそが重要だとも言うが、気を付ける点としてはそれくらいだ。


「(見てから避けれる攻撃しか無いんだから大丈夫だと思っていいのか、何をするか覚えていないから危ういと思ったほうがいいのか……)」


 ナヨク・ローと俺、彼我の距離は三メートルほどだ。俺には数歩必要な距離だが、アマルジャ族の体躯からして、その距離は無いものと捉えて問題無いだろう。しかし、こちらは近づかなければ攻撃を届かせることはできない。


「(唯一の遠隔攻撃は使っちゃったからな……!)」


 こちらが投げた盾は、ナヨク・ローを挟んだ向こう側、集落の入口のほうに落ちている。それを取りに行くため、ナヨク・ローの側をすり抜けるという選択も有るかもしれないが、


「っ!」


 そう思った瞬間、向こうがこちらに飛び込んできた。 

 想定した通り、アマルジャ族の膂力を持ってすれば数メートルの距離は一歩だ。その上速い。全身が筋肉といっても過言ではないその身体がもたらす瞬発力は、一瞬にして彼我の距離を詰め、


「――石火豪拳」


 腰だめにされていた拳が振り上げられるのが、視界の隅に見える。先ほどその拳にも触れていないエステルの身体までをも吹き飛ばした攻撃だ。それは恐らく、


「(前方範囲……!)」


 前方範囲攻撃には、おおよそ二種類有る。扇状か、直線かだ。扇状であるならば、相手の正面から少しずれた場所へ距離を詰めれば衝撃波を回避できるだろう。ただそれが直線だった場合、そこもまだAOEの範囲内だ。

 AOEが見えてさえいれば楽なのだが、それが見えないのは以前確認した通りだ。恐らく扇状のはず、そう思うが、そうでなかった時が恐ろしい。ゲーム内ならば「あーそっちかー」で済むことでも、ここが現実になってしまった今、そうも言っていられない。


「くっそ……!」


 念には念を。俺は、その攻撃を避けるため、大げさに身体を動かした。下から突き上がってくる拳に対して平行に剣を添える様にし、盾とする。それで攻撃をいなすように右へ跳べば、


「(間に合うか……⁉)」


 真横ではなく少し前方気味に跳んでいたのが幸いした。服の裾を衝撃波が掠めるのを感じる。だが、それが裾だけで済んだのは今の攻撃が扇状範囲であることの証だ。

 跳んだ先で受け身を取るように一回転した俺は、低くなった姿勢とともに、ナヨク・ローを睨み上げる。人間とは違うその顔立ちは、何を考えているのか推察することは難しい。

 こちらが体勢を立て直すよりも前に、ナヨク・ローの拳には再び、火花とも炎ともとれる輝きが集まり始めている。


「!」


 明らかに熱を感じるそれは、魔法剣に類する技だろう。新生エリアのモンスターが偶に使ってくる印象が有るそれは、魔法を直接放つのではなく、己の武具に魔法の力を纏わせ攻撃するようなイメージだ。ナヨク・ロー達アマルジャ族は火を司るイフリートを信仰していることから、彼らは火属性の魔法を操るのだろう。幸いにして、恐らくそれは詠唱技だ。こちらには理解できない言語で何らかをナヨク・ローが呟いている。詠唱が終われば拳に火属性魔法が宿るが、今はまだ宿っている最中だ。


「(隙があるなら今か……!!)」  


 俺は剣を両手で握り、踏み込んだ。振りかぶる剣も腹ではなく刃を立てる向きだ。こちらが両腕を上げ振り下ろせば、相手の胸から腰あたりに刃が届くだろう。詠唱中の無防備な敵だ。悩むことは無い。


「……っ!」


 だからそうした。だが、


「……その程度か」


 まるで岩でも相手にしたかのように、刃はナヨク・ローの強靭な皮膚、そしてその下の筋肉に弾かれた。確かに、厚めの刃の切れ味が抜群かと言えばそうでもない。ただ、圧倒的に”効”いていない、ただそれたけだ。


「(ILが……足りてない……!!)」


 すっかり装備更新の大切さを忘れていた。いや、実際のところそうなのかは分からないが、その瞬間俺は確かにそう思った。


「返すぞ」


 そう言い放ったナヨク・ローの右腕が振りかぶられる。その拳には、渦巻く火炎がまとわりつき、熱をもって圧さんと迫りくる。

 咄嗟に下がろうとするが、思い切り剣を振りかぶったせいで体重が前に乗っている。後ろに身体を下げるには時間がかかり、


「っ!!」

「ナイトウさん!」


 こちらの視界を覆ったのは、両手で盾を持ったミィアだった。ナヨク・ローの拳とこちらの間に、俺が投げつけた盾を持ち入り込んだのだ。


「く……っ!」


 ナヨク・ローの拳が盾に刺さる。


「ミィア!」


 脇へ弾くよう力を加えられた盾は、ミィアの腕では支え切る事が出来なかった。

 盾からその身を晒すことになったミィアは無防備だ。だが、まだその手を離してはおらず、視線はナヨク・ローへと向けられている。

 咄嗟に俺は、手に持っていた剣を背後に捨て、


「――!」


 彼女の力だけでは弾かれそうになったそれを、俺は掴んだ。 

 背後からミィアを抱きかかえるように、再び盾がミィアと俺の身体を覆うよう、彼女の掌ごと盾の内側に付けられたベルトを引く。

 間髪入れず叩き込まれた二激目を受け、その勢いを借りるように俺は後ろへ下がる。


「(くそ……)」


 ちょうど投げ捨てた剣の横に再び位置することはできた。しかし、それを再び手に取った所で状況はさほど変わらないだろう。


「ミィア、大丈夫――」


 大丈夫か、と己の腕の中にいるミィアに問おうとした時だ。

 突如、俺たちの前に爆煙が上がった。


「っ!?」


 衝撃から身を守るように盾を構えるが、爆煙は収まらない。

 ザナラーンの乾いた土を巻き上げたその煙の向こうから聞こえたのは、


「銅刃団だ!大人しくしろ!!」


 騒がしいキキルン族の声と、鎧の音が響き渡る。


「増援が……!」


 そうミィアが呟いたのと、ナヨク・ローを包む土煙が散らされたのは同時だった。

 土煙から現れたナヨク・ローは片膝をついており、しかし、


「獅子搏兎……貴様らの顔、覚えたぞ」


 どん、と地を蹴る音が響いたかと思うと、ナヨク・ローはこちらの後ろへと高く跳躍した。そのまま川に入ったかと思えば、


「待て、ナヨク・ロー!!」


 銅刃団がそう叫ぶ声を背に、その巨体は滝の中へと姿を消してしまった。

 ざわざわと、崖下を覗き込む銅刃団を他所に俺は、


「…………っはー……」


 先程まで、呼吸を忘れていたかのように詰めていた息を深く吐き出し、その場に座り込んだ。緊張の糸が切れたからだろうか、身体に疲労がのしかかって来るのを感じる。


「(手も足も出なかったな……)」


 少し前に、銅刃団が言っていた言葉を思い出す。

 生け捕りにできるならばそうするが、それができない相手は命を奪うしかない。恐らくは、ナヨク・ローのような、命を奪われる前に相手の命を奪うしかない者がそうなのだろう。幸いにして、俺は今までそういった敵と相対する事は無かったが、これからはそうも言っていられないだろう。

 それに、こちらの攻撃が全くと言っていいほど歯が立たなかった事も問題だ。確かに俺は、冒険を始めた時に手に入れた剣と盾を今でも使い続けている。気軽に装備を更新できる程の金がないのも理由だったが、ILという数値が目に見えない事も理由の1つだった。


「……問題だらけだなぁ」


 思わずそう呟いた。





 ええ、問題だらけですよ……!!

 ミィアはそう思っていた。

 ナイトウが窮地に陥っている事を感じ、投げ捨てられていた盾を手に取り間に割って入ったまでは良かった。

 ただ、使ったことの無い盾を持とうが、アマルジャ族の膂力を相手にしては全くもって対処できなかった。ただその盾を吹き飛ばされ、無力に敵の前に姿を晒すしか無かった自分が恥ずかしい。

 ナイトウのことを助けようと動いたのだが、結局は彼に助けられる結果になってしまった。そして今は、それが最大の問題となっている。


「(なんで放してもらえないんですか…!?)」


 銅刃団の増援が訪れ、ナヨク・ローが姿を消た所まではよかった。それを見たナイトウが脱力したよう座り込み、それに引きずられる形で彼の腕の中に収まったミィアは、存在を完全に忘れられていた。身動きを取ろうにも、がっちりと盾ごと握りこまれた手を動かすことは出来ず、彼の膝上に座り込むようになってしまった体勢は、身じろぎをする事しかできない。

 彼の胸板がこちらの背を支え、本当に抱き込まれているような状態だ。彼の熱が背中から伝わってくる。勿論、背中だけでなく、握りこまれた手の甲や、触れている脚、全てがそうだ。その熱が顔にまで上りそうになり、思わず


「あ、あの……」


 誤魔化すように呟いたこちらの微かな声は、ナイトウには届いていないようだった。

 なにかナイトウに意図が有るのか、最初はそう思ったものの、この体勢に意図が有るとは思えない。こちらを抱き込むその鍛えられた腕に、彼と初めて会った時のことをつい思い出してしまう。


「(あの時は失礼な対応をしてしまいましたし……)」


 ナイトウは己の欲望に従い、こちらに痴漢行為を働いてくる人間ではない。それくらいは今までの冒険で解っている。だからこそミィアはこの状況を受け入れていた。

 しかし、流石に距離が近すぎるのではないだろうか。これでは誤解を産むのでは、と、唯一自由に動かせる頭を使い、助けを求めるよう周りを見渡せば、


「……もうちょいそっとしとくか……?」


 こそこそと、こちらを遠巻きに見る銅刃団が、気を使ったように仲間内で相談する言葉が聞こえてくる。完全に、窮地を逃れられた男女二人を、空気を読んでそっとしておいてくれている雰囲気だ。

 それを察したミィアは、ついに熱が顔にまで上がってきた事を感じ、


「ナイトウさん……!!いい加減にしてください…!」


 唯一自由に動かせる頭を使い、ナイトウの顎に頭突きを繰り出した。





 結論から言うと銅刃団の増援が到着したお陰で、市民奪還作戦は成功した。ナヨク・ローは取り逃したものの、人攫いを生業としているキキルン族もかなりの数捕縛でき、市民の命も全員無事だったことから、作戦に加担した俺とミィアは市民や銅刃団から感謝される立場となった。そして、喜ばしい事がもう一つ有った。


「おうおう、良いご身分になったもんだなぁ」


 俺が腕の中にミィアを閉じ込めていたことに気付いた時(ミィア渾身の頭突きによって気付かされた時)、そう言葉を投げてきたララフェル族の男。


「おー、久しぶり……ってほどでも無いか。元気してたか?」


 その後ろから声を掛けてきたのは、ハイランダーかと見紛う程、しっかりとした体躯を持つミッドランダーの男だ。

 そう、俺がまだウルダハ近辺をAOEの予兆範囲は見えるのか見えないのかなどと、辺りをうろついていた時に出会った二人組の冒険者の彼らだった。どうやら彼らは、たまたまハイブリッジから見える遺跡の調査隊に、用心棒として雇われハイブリッジを訪れたところだったらしい。争いの痕跡が残るハイブリッジに集う銅刃団を見て、彼らの雇い主はハイブリッジが落ち着かないことには研究もできないと、彼ら二人を銅刃団とともに市民救出作戦へ向かわせたそうだ。

 あの時、ナヨク・ローへ向かって炸裂した爆炎は、ララフェルの呪術師が放ったファイアだったらしい。あの場では市民の救出や怪我人の対応に追われ、落ち着いて話す時間も無かったのだが、ハイブリッジに戻りひと段落した今、俺たちは改めて彼らと言葉を交わしていた。


「まさか、2回も助けられることになるなんてな……改めて、俺はナイトウ・ハルオ。こっちはミィアだ」

「ミィア・モルコットです、宜しくお願いします。……先ほどは助かりました」


 にこり、と微笑むミィアの手には、包帯が巻かれている。それは、俺が彼女の手を強く握りこんでしまったせいだ。本人は大丈夫だと言っていたが、念のため銅刃団の救護班に見てもらい、俺の手の跡を癒してもらった。

 そんな俺たち二人に向かい合うララフェルが口を開く。


「そういえばあの時は名乗ってなかったな」

「後から、ああいう時は名乗らないほうがカッコいいんだってカカリクが言ってなかったか?」

「あー? そんな細かい事一々覚えてねぇよ」

「いやー、絶対言ってたって」


 こちらが口をはさむ間も無いスピードで、二人の会話は進んでいく。仲がいいのだろう。だが、それを口にすればツンデレララフェルが大否定するのが目に見える。そんなこちらの視線に気付いたのか、少し気まずそうにした彼は、


「……別にいいだろどっちても。こいつが言う通り、カカリクだ。宜しくしなくてもいいぞ」

「俺はコーネル・アレン。そうだ、俺の盾、どう?」

「ああ、そうだ。それなんだけど……」


 そう、俺が今現在使用している盾は、コーネルのお下がりだ。彼が、もう古くなってきたからと俺に譲ってくれたのだが、先ほどの戦いで遂に寿命が来てしまったのだ。


「うわー、ボロボロ。ここまで使い込んでくれたなら、こいつも満足だろ」


 そうコーネルが手に取った盾は、表面の板金がめくれあがってしまっていた。そのめくれ上がった板金には血がついていて、


「ああ、これでナヨク・ローは尻尾を怪我してたんですね」

「え、うわ、本当だ。てっきり盾の跳ぶ勢いで切り裂けたのかと思ってた」

「そんなわけ無いでしょう……」


 ミィアが、恐らくは再びシールドロブを披露した俺を怪訝に思っているのだろう。半目でこちらを見上げてくる。


「銅刃団に新しい装備を頼んでおこうか。君たちは市民奪還作戦の功労者だし、きっとそれくらいはしてくれるはず」

「いいのか? それくらい自分で頼んでくるって」

「やらせとけやらせとけ、こいつ、口だけはうまいんだ」 

「人当たりがいいって言ってよ」


 あはは、と朗らかに笑うコーネルは、カカリクとは違い本当に人当たりがいい。つい、彼の頼み事ならば受け入れてしまうような不思議な雰囲気を持っているのだ。そのお陰なのか、俺とミィアの功労を受けてか、ハイブリッジは俺たち二人と、協力を申し出た彼ら二人、2グループ分の部屋を用意してくれた。今は、俺たちの部屋に彼らを招き、こうして挨拶をしているところだ。


「それじゃあ任せようかな」

「うんうん。ミィアちゃんの分も頼んどくよ」

「えっ、いいんですか? いえ、その、助かります……!」


 にこにこと笑みを浮かべるコーネルは、


「いやぁでも、あの時の新米冒険者はどうしてるかな~って思ってたんだよ」

「どっかで野垂れ死んでるんじゃねぇかと思ってたわ」

「それが、もうこうやって仲間を見つけて頑張ってたから、微笑ましいね」

「いや微笑ましいか~? 気をつけろよナイトウお前、パーティ内恋愛は不和の元だぞ」

「えっ」


 思わず、と言ったように声を上げたのはミィアだ。彼女は慌てて手を振り、


「そっ、そういうのじゃないです!」

「あれ、そうなのか? ナヨク・ローとやりあった後、あんな……」

「ご、誤解です!」


 顔を赤くしたミィアを、カカリクが楽しそうに眺めている。が、それは本当に誤解なのだ。だからこそミィアも、顔を赤くしてまで否定しているのだろう。彼女の助け舟になるべく俺は、


「いや、本当に何もないんだ。流れでああなってしまっただけで、ミィアは純粋な仲間だ」


 そう告げた俺とミィアを見比べたカカリクは、しばらく口を噤む。しかし、改めてミィアを見やり、


「ふーん、なるほど、そういうやつか~?」

「いや、違いますって!」


 なにやらカカリクにミィアがからかわれているが、その真意はよく分からない。もう少し誤解を解くべく言葉を重ねたほうがいいだろうか。以前リーダーをしていた固定が、三角関係どころか五角関係にまで陥り、その元凶となった男女が別れ、固定内で違う相手とくっき、固定が崩壊した話でもするべきだろうか。そんな事を考えていた時だ。

 部屋にノックの音が響き、声がかけられる。


「フンベルクト隊長が到着なさいました」


 来たか、と思う。そう、俺たちは、彼の到着を待っていた。


「それじゃあ、行くか」


 ハイブリッジの死闘は、あれで終わりではない。ならば、


「作戦会議だ」




称号:レジェンドのヒカセン エオルゼアに転生する ~いよいよ異世界だなぁ、オイ!!~

Final Fantasy XIVのアンオフィシャル小説サイトです。 ひょんな事から自分が遊んでいたTVゲームの中の世界に転生をした男の半生を綴った物語。