Hyur-Midlander / Halone
Class:GLADIATOR / LEVEL:15
Location >> X:20.9 Y:21.1
ザナラーン > 東ザナラーン > ウェルウィック新林 > ハイブリッジ
作戦会議は、即興で作られた食事処で行われる事となった。
自分たちに充てがわれた部屋を有する建物は、風車を持つ大きめ建物だ。そこから出れば、夕暮れの空を天幕とした橋上の食事処が出来上がっていた。兵士には酒が振舞われ、辺りには肉が焼ける匂いが立ち込める。机として橋上に並べられた木箱には、大皿に様々な料理が盛られていた。
ミィアは、思わずといったように辺りを見渡し、
「(いつの間に、こんな素敵なことに……!)」
屋内では会話に気を取られ、全く外の様子には気を払っていなかった。確かに、今日はドライボーンに到達して以来まともな食事をとっていない。既に空腹の限界は越えていたが、それを言い出せる雰囲気でもなく、ただ我慢していたのだ。
そんなこちらの思いが伝わってしまったのだろうか、こちらを見たナイトウが、
「良かったな、いっぱい食べろよ」
「な、何のことですか……!」
確かに自分は、食事に重きを置いてしまう自覚は有る。有るが、だからと言って、あんなにも微笑ましいものを見る目で見られるほど重きは置いていないはずだ。
「しかし、なんでこんなに大盤振る舞いなんだ、銅刃団の景気は良いのか?」
自分やナイトウと同じように、建物から出てきたララフェルの呪術師が言う。その後ろに続くミッドランダーの剣術士も、興味深げ辺りを見渡していた。
なにやら、ナイトウとは顔見知りであるらしい冒険者の二人だ。先ほど言葉を交わした感じ、さほど悪い印象は受けていない。性格としては正反対のような印象を受ける二人だが、お互いを信用している様子からして、上手く折り合いをつけているのだろう。
カカルカと名乗ったララフェルが言った言葉に、銅刃団の兵士が答えを返す。
「ハイブリッジの商人達が、売る機会を失った食材を提供してくれたんですよ」
「へぇ、気前のいいもんだな」
「まぁ、接待みたいなものです。商人としては、食材をそのまま駄目にするよりも、こうして我々に振舞った方が得だと考えたのでしょう」
「確かに、こうやって食事を振舞われると、プレッシャー感じるもんなぁ」
「そうかぁ? コーネルが考えすぎなだけだろ」
「ええ、ここまでしてやったんだから、絶対に人攫いを解決しろっていう心意気……感じない?」
その体躯に見合わないような、穏やかな口調で語るコーネルだが、それだけではない、といった所だろう。先ほどはナイトウのみならず、こちらの装備にまで気を使ってくれていたが、察しのよさそうな男だ。だからこそ、こうして宴会を振舞う商人たちの真意にも気が付くのだろう。
そんな会話をしつつ、銅刃団の兵士に連れられ行くのは、もう一つの建物だ。その前にも他と同じように木箱が並べられ、簡易的な食事の場となっている。そこに並べられているのは、
「(がっつり系が多いですね……!)」
食事のメインとして置かれているのは、大きなステーキを切り分けたものだ。食欲を刺激するガーリックの香りが強めに匂う。
「先にお召し上がりください。隊長も後から来られますので」
「わぁ、いいんですか」
ついそう言ってしまったが、背に腹は代えられない。ナイトウがこちらを見ているのは気のせいだろう。各々木箱の横に置かれたスツールや、手近な腰を下ろせるものに座り、食器を手に取る。
「こういう飯は気楽でいいな」
「軍隊式っていうか、雑な感じだよね」
現地での豪華な野営、それに区分されるものだろう。隊長格の者がつくテーブルも他の兵士と同じようなもので、皿も各々が大皿から取り分ける形なのはかなりラフだ。もしかしたら、ハイブリッジを訪れている隊が、こういった気風なのかもしれない。
「ほらミィア、なんか肉」
「あ、ありがとうございます」
そう言ってナイトウがミィアの皿にもステーキを取り分けてくれる。切り分けられているといっても、ひと切れがそこそこな大きさを持つそれを、せっかくだから頬張るには少し大きめに切り分け、
「……………」
簡易的にではあるが、目を閉じ、食事への感謝と祈りを捧げる。そして、
「んむ……!」
外側はパリっと強火で焼かれているのに対し、内側はしっとりとした柔らかい焼き加減だ。調味液に付け込まれいたのであろう肉片は、柔らかさと、味覚への満足感を与えてくれる。
「東ザナラーンで出されるステーキということは、アルドゴードでしょうか? 大山羊の臭みが良い感じに消えてて、美味しいですね」
そう言ったこちらを、ナイトウやコーネルが見ている。物珍しいものを見る目であるそれは、
「え、えっと……なんでしょう……?」
「いやあ、丁寧な子だなと思って」
「丁寧……?」
特に思い当たる節がない。きょとん、と首をかしげると、
「ミィア、食事の前に黙祷みたいなのしてるだろ、それじゃないか?」
同じようにステーキ肉を切り分け、口に運ぶナイトウが言う。あ、うま、これが山羊肉……?などと呟いているがそれは置いておく。
「これは……黒衣森出身なので、精霊様や、頂く生命への感謝的な祈りですね。精霊様が携わらない地域でも、つい癖で」
「へー、いただきます的なもんか……エオルゼアにも有るんだな」
「なんだお前、エオルゼアの出じゃないのか」
「あー、話せば長いっていうか、長くないっていうか……」
話の矛先がナイトウへ向いたので、この好きに卓上に上っている食事を一口分づつでも集めておく。
通常の食事処ならば、ステーキに付け合わせの野菜やパンが出て終わりだろうが、商人が大盤振る舞いをしたためか卓上に乗るメニューはそれだけに留まらない。
兵士たちにしっかりと食べ、体力を付けさせようとでもいうのだろうか、食事系のパイに、アリゲーターペアのサラダ。恐らくこのアリゲーターペアは黒衣森からの輸入だろう。団子上の揚げ物は、ソルトコッドパフではないだろうか。ソルトコッドと、タイム、ナツメグの香りが混ざり合って良い香りだ。勿論主食となるパンやポポトの揚げ物も置かれており、至れり尽くせり。商人がテーブルを周り酒やジュースを提供しているのを見ると、この卓にもそうやって飲み物が運ばれてくるのかもしれない。
同じように、飲料が運ばれてきた隣の卓を囲んでいたミコッテ族の兵士が立ち上がった。
「隊長さまニャ!」
●
「隊長さまだニャ!」
俺の背後で続けて声が上がった時、向かいの建物から1人の兵士が姿を現した。相変わらず、俺は自分が食べている肉が何の肉かも分からず(FF14内に登場する〇〇ステーキのグラフィックが汎用ではなく、それぞれ異なっていたならば把握できたかもしれない)口に運んでいたのだが、
「(ハイブリッジのFATEに出てくるNPCか)」
ミコッテ族の女兵士二人が、己が声を掛けた男に向かって駆けよっていく。隊長と呼ばれたその男は、眺めの白髪をオールバックに撫でつけ、顔には三筋の赤い刺青。彼は堂々とした態度で、遠くからでも己が見えるような位置まで歩いていく
「やあやあ、皆の者よ、楽しんでいるかね!」
そして、よく通る声でそう告げ、辺りを見渡した。それに兵士たちは己の拳を、または拳に握った杯を突き上げ、応と返す。その声に、女性の黄色い声が混ざっているのは決して気のせいではないようだ。それを満足げに見渡した彼は、
「今宵こうして旨い飯に有りつけるのは幸運ではない。オレ達がここ、ハイブリッジの者に相応の働きを求められているからだ」
彼のもとへ駆け寄ったミコッテ族の片方が、彼に杯を手渡す。それを受け取った彼は杯を顔の横辺りに持ち上げ、
「卑劣な蛮族に美しいこのオレが負けることは無いッ!ハイブリッジに我等の手で平和を取り戻そうではないかッ!!」
ハイブリッジに、夕闇を誘う心地よい風が吹いてくる。それに白髪を揺らした男は、そのまま杯を持った腕を振り上げ、
「オレの美しき背中に乾杯!」
「――フンベルクト隊長の美しい背中に乾杯!」
兵士全員が声をそろえ、彼へ杯を突き上げ返した。
かなり士気の高い部隊のようだ。何よりも、隊長である彼が、妄信的と言ってもいいほどに部下から信頼を寄せられている。その光景の中、唯一勢いに乗り切れていない俺たちのテーブルは、
「…………」
「……えっヤバ……」
「やめときなって、今回のスポンサーだよ」
「ううん……」
言葉を無くしているミィア。彼の言葉にドン引きしているカカリク。それを窘めるコーネルと、三者三様だ。
まぁそうなるよな……と俺は苦笑を浮かべた。
ハイブリッジの警備を担う、銅刃団オーキッド連隊所属部隊。あのキャラの濃そうな彼こそが、フンベルクト大隊を統括するフンベルクト隊長だ。彼はFATEだけでなくレターモーグリのサブクエストにも登場し、ゲーム内で性格やバックグラウンドが掘り下げられていた事から印象深い。
なんというか、変な奴なのだ。ナルシストと一言で片づけていいものだろうか。ゲーム内の彼は、その言葉に留まらないような、何か凄みを感じる部類の変人だった。
「(最近はネームドキャラと出会ってなかったからか、この感覚も久しぶりだな……)」
実際に会ったことが有る訳ではないが、つい、古い友人に会ったかのように懐かしく感じてしまうこの感覚。しかし同時に、実際にそういう人物だったのか、と噂伝いに聞いていた人物と初めて出会ったような驚きも存在している。
「隊長、速く食べニャいと無くなっちゃいますニャ」
「そうだニャ、みんなパクパクですニャ。でも隊長の分は確保してるのニャ!」
「こっちニャ、いっぱい食べてくださいニャ!」
「ずるいニャ! 私が案ニャいするニャ!」
「こらこら。エ・タージャ、エ・ラームイ、少し落ち着きなさい」
フンベルクトを左右から囲み、何やらニャーニャー言っているミコッテ族の二人も、ハイブリッジのFATEに登場するNPCだ。短めの黒髪をツインテールにまとめ、銅刃団の鎧をワンピースの様に着こなしている、双子のミコッテ族だ。キリっとした眉と濃い目のアイメイクが、彼女たちの意志の強さを現しているように感じられる。殆ど同じ外見の彼女たちだが、その瞳の色だけが、青と赤で異なっている。
「(どっちがどっちかとかは、流石に覚えてないなぁ……)」
そんな事を考えていると、フンベルクトがこちらに近づいてくる。そして、
「君たちが今回協力してくれる冒険者かね。オレが隊長のフンベルクトだ」
彼がまず掌を差し出したのは、一番近場に座っていたミィアだ。
「あ、ミィア・モルコットです。宜しくお願いします」
ぺこり、と会釈をしつつ、彼女は彼の手を取り握手を交わす。その手を数度勢いよく縦に振った彼は、そのままの勢いでこちらに向き、
「俺はナイトウ。ミィアと組んでる冒険者だ」
「よく活躍してくれたそうじゃないか。エステル君から聞いた」
「いや、結局ナヨク・ローは取り逃がしてしまったし、大したことはできてない」
「彼女と、そして囚われていたうちの間諜を巣食ってくれただけで充分な活躍だ」
ははは、と快活に笑ったフンベルクトは、こちらの手をとり、ミィアにしたのと同じように勢いよく縦に振る。
「それではそちらが遺跡の発掘調査から派遣された……」
「ああ、コーネルだ。こっちはカカリク。どうぞよろしく」
コーネルとも同じように勢い強めの握手を交わすフンベルクトだが、席の一番奥に居るカカリクと握手を交わすには距離が有り、
「いいよ、俺は」
そうカカリクは手をひらひらと振り、食事に戻る。それを横目に見たコーネルが、こちらにだけ聞こえる声量で、公権力嫌いなんだ、と囁いた。しかし、彼らのそんな態度を気にすることも無くフンベルクトは一つ頷きを返す。そして、俺達の傍ら、先程まで双子のミコッテが囲んでいた卓へ向かい、頓着することなく近くの木箱を寄せてそこへ座った。
「それで……キキルン族の襲撃がまだ終わらない、というのは本当か?」
「……ああ、恐らくだけど、そうだ」
ふむ、と彼は再び頷いた。そんな彼に、既に食事が取り分けられた皿を双子のミコッテが手渡している。右からフォークを、左から皿を渡された彼は揚げ物にそれを刺しつつ、
「そんな事は分かりきっている。だからこそオレたちはここに駐屯しているのだ。あいつらとは何度も戦っている」
「それで、今回は戦いに敗北したから隊を立て直すためにここを空けていたんだろう?」
フンベルクトは、こちらの言葉に少し眉根を寄せる。左右のミコッテが何かを反論しようとしたのを片手で諫め、
「敗北は美しくないが、それから目を逸らすことほど美しくないものは無い。その通りだ。オレたちは負け、そして帰ってきた」
「それじゃあ、今度こそ勝って、ハイブリッジを平和にしよう」
話を聞きつつも、食事の手を止めることはなかったミィアが、こちらを見る。
「俺に考えが有るんだ。検討してほしい」
●
ナヨク・ローは考えていた。
ザナラーンの大地に陽光と熱をもたらす太陽はもはや果てへ沈み、月が顔を覗かし始めている。水属性の力が弱く、砂土と岩ばかりのザナラーンは、昼間は激しく熱されるが、夜はその熱を留めることもできず急激に冷えていく。しかし、黒衣森が近く、比較的水も豊富な東ザナラーンは昼間に地中へ蓄えられた熱が放射されること無く、日が暮れてからも熱が籠る。しかし、熱に対して耐性のあるアマルジャ族は、特にそれを苦としていなかった。日の届かぬ、気温の低い場所へ向かう時は、ただ身を隠す必要が有るとだけだ。
なぜこうして己が身を隠さなければならないのか。バーニングウォールとサンドゲートの中間、霊災で大地が裂かれた結果生まれた複雑な地形……その中の洞窟でナヨク・ローは考えていた。
心中に湧き上がるのは苛立ちだ。
「(人間風情が……)」
彼を苛立たせているのは、尾に受けた傷だった。
何も考えていないとしか思えない、近接武器の投擲。こちらが尾でうち払ったかと思えば、手入れの行き届いていないその盾によって、生半可な刃ならば弾くほどの己が鱗が傷付けられたのだ。
「(朽木糞牆……怠惰な人間め)」
盾という、脆い人の身体を攻撃から守る、彼らが最も必要とするであろう武具の表面を捲れ上がらせるとは。質実剛健な軍人(いくさびと)が、わざと盾の表面に張られた鉄板を捲れ上がらせたままで居るだろうか、いや、居ない。己の武具の手入れすら怠るような、軍人の風上にも置けぬ人間が、たまたま、ただ幸運で己に傷をつけた。ナヨク・ローはそれが許せなかった。
しかし、何よりも許せないのが、
「(そのような傷を得た己よ……!)」
どん、と拳で己の座す地面を殴りつければ、ぱらぱらと頭上から土塊が落ちてくる。それも厭わず、ナヨク・ローは地に打ち付けた拳をそのまま握りしめた。
今日は多勢に無勢、軍人としての本懐を遂げる為ではなく、主神へ謹仕する任を優先した。己があの場で破れ、あまつさえ捕縛されるようなことになれば、主神へ捧げる生贄を買い付けることもできなくなる。ナヨク・ローにとって避けなければいけない結末は、それが最たるものだった。
己の苛立ちと責務、それら二つを両立させる手段は一つだった。
「……来たか」
岩盤に爪音を立て、洞窟へ近づいてくる影が有る。
その影は、茶の革を纏った、細長い手指を持つ種族、キキルン族のものだ。しかしその影は、遠目にも普通のキキルン族と比べ、幾分も背が高く、体格も良い。
そのキキルン族は、月光を背に、洞窟を覗き込んだ。
「ズズルン、参上したっちゃ。人買いのナヨク・ロー、商売、するっちゃ」
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