Hyur-Midlander / Halone
Class:GLADIATOR / LEVEL:15
Location >> X:20.9 Y:21.1
ザナラーン > 東ザナラーン > ウェルウィック新林 > ハイブリッジ
その日のザナラーンは珍しくも曇天が広がっていた。
早朝から灰色の空に覆われた東ザナラーンは幾分か過ごしやすい。太陽がどのあたりに居るのかも分からないほど分厚い雲は、雷雨の訪れの前駆であった。
そんな空模様の中、俺とミィアは新たな装いに身を包んでいた。
「リムサのナルディク&ヴィメリー社から、グリダニアの初心者の館まで届ける予定だったやつらしい。上物だぞ、これは」
そう言って、銅刃団が手配してくれた鎧は、まさにゲーム内の初心者の館でもらえる装備一式だった。グレーを基調とした、落ち着いた色合いのデザインのものだ。上半身はまさに甲冑そのもので、渡された時には複数の部位に別れた状態で箱ごと渡され、
「(俺がFF14始めたころには初心者の館なんて無かったから、これ着る機会なかったなぁ)」
ゲーム内で言う『ビキナーキュライスセット』だろう。アイテムレベルは17だったか。
この装備は同じようなレベル帯のタンク装備の中でもオシャレな部類だ。ヒラとDPSの装備は三国装備の色違いだが、わざわざIDをくるくる回らないでもオシャレな装備が手に入るのはかなり嬉しい。実際、サスタシャを60周してもアコライトスカートが手に入らず、三国IDだけでレベルを40くらいまで上げた猛者も居た。弊固定のモンクの事だが。
「(アコライトスカートはパンツが白いから良いとか言ってたなぁ……)」
あいつは変わらず今も元気にミコッテのスカートの中を追い求めているだろうか。だといいが。いや良くないか。
閑話休題。
しかし、これから一人でこれを再び着ることができるだろうか。今回はコーネルに手伝ってもらう形で鎧を纏ったが、細やかなパーツが多く、手間のかかる装備だった。
「(ちゃんと講座を復習しとくか)」
そう考え思い起こすのは、先ほどの出来事だ。
●
「コーネル先生の甲冑講座~!はい拍手~」
「わ~!!やった~!!」
俺たちに宛がわれた部屋の片隅、そこではコーネル先生の甲冑講座が開催されていた。初めて甲冑を着るテンションの俺に、カカリクが一瞥をくれるが気にしない。ミィアは別室で着替えているため不在なので気にしなくていい。
いや、甲冑、着たいだろう。男の子のロマンだろう。そんな期待の眼差しの俺を見たコーネルは、
「いや、本当にナイトウは運が良いよ。ナルメリ社の甲冑なんて、全剣術士の憧れだからね」
「ナルメリ社って略すのか……」
「あれ、言わない?」
いや、あまり縁が無くて、と言葉を濁しつつ、ゲーム内ではクラフターのクエストくらいでしか関わりが無いから、言葉にすることも余り無かったな、と言外に思う。
そして、どうやら新米冒険者の為に設立された『初心者の館』は、ゲーム内のみならず、実際にこのエオルゼアにも存在しているらしいことにも思いを馳せる。
霊災から五年、多くの人が冒険者を志した。しかし、駆け出しの冒険者がそう簡単に食っていけるわけも、そう簡単に生き延びられるわけもない。それに頭を悩ませた冒険者ギルドが設立した組織こそが『初心者の館』だ。そこでは、指導教官が模擬戦闘を通じて戦闘の初歩的なノウハウを教え込んでくれるらしい。
その新人教育の本拠地は、西ラノシアはエールポート、サスタシャ侵食洞前。そこからもわかる通り、リムサ・ロミンサの冒険者ギルド主導の組織だ。その繋がりで、リムサ・ロミンサに存在するナルディク&ヴィメリー社……つまり、甲冑師ギルドと鍛冶師ギルドの本部が初心者の館へ提供する装備作成に一枚嚙んでいるらしいのだ。
そんな、ナルディグ&ヴィメリー社が作成した甲冑のパーツ全てが、綺麗に床の上に並べられている。
「それじゃあ着てみようか」
「お願いします、先生!」
「いやー、いいね、良い返事だね。やっぱ甲冑ってカッコいいよね」
にこにこと笑うコーネルが、しかし床に並べられたパーツではなく、まず俺に渡したのは、
「まずこれに着替えてね」
粗めの綿布で作られたそれは、普通の衣服のようなものだった。黒のタートルネックに、ズボンは紺。質感は薄手の綿で、なんというか、
「お父さんの部屋着……?」
「あはは、確かに。まぁでもそれ着ないと、素肌鎧はヤバいからね」
「あ、ああ、そっか。そりゃあそうだよな」
「それじゃあここからが本番」
じゃらり、と音を立てて持ち上げられたのは、きめの細かい鎖帷子だ。筒状になったそれは足装備で、
「基本的には下から着ていく。上を着ちゃうと屈みずらいからね。はい、履いて」
足装備のパーツは二つに分かれていた。まず、ズボンの上に、膝下ほどの長さの、ハイブーツのようになっている鎖帷子の筒を通す。とりあえずは右脚から。足首に付いているベルトを絞めて下部を固定。次いで、爪先がダボつかないように、踵を回るようにして取り付けられている金属のパーツを鎖帷子の鎖に引っ掛け固定する。
そうしたら、次はそのパーツに覆いかぶせるように、膝上のガードを取り付ける。これは関節を覆う事になるパーツだからか、鎖帷子だけでなく伸縮性のある分厚い布と皮が使用され、さらにその上に板金が取り付けられている。一枚の布の様になっているそれは、太腿を覆うようにして取り付け、膝下と同じようにベルトで位置を固定する。
同じことを左脚でも行えば、
「これで足装備は完成」
次は上半身だ。柔軟性が考えられているとはいえ、鎖帷子で足を覆うのだ。何も装備していない状態と比べれば幾分か動きずらい。なので、
「鎖帷子を上にも着るんだけど、こうやって机の上とかに置いとくといいね」
鎖帷子を机の上に置いたまま、腰を曲げて頭と腕ををその中に突き入れる。両腕を袖の部分に入れたら、あとは上半身を起こすだけだ。
「おお……! 鎖帷子自体が重たいから、自重で勝手に着れる……!」
そして、手に持った時は重たく感じた鎖帷子も、こうして身にまとえばそこまで気になる重量ではない。
「思ってたより軽いんだな。もっと重たくて動けなくなるもんかと思ってた」
「なんか、着ると重量が全身に分散されるから軽く感じるらしいよ」
「へぇ……思ってたより俺が力持ちだった訳じゃないのか……」
少ししょんぼりしたが、次だ。鎖帷子を着込んだら、その上からスカートのようになっている腰巻を履く。分厚い皮をなめして作られたであろうスカートで、板金よりも防御力は劣るが、軽く、身動きがとりやすいため初心者用の装備に採用されているのだろうとコーネルが教えてくれた。
「(パッと見、ミニスカートなんだよなこれ……ちょっと躊躇うな)」
「たかが皮だと侮るなかれだよ。これ履いてるのと履いてないのでは変わってくる場合もあるからね」
「そうなのか」
「特に男はね、弱点が無防備だから。直撃を避けられる」
「な、なるほど……」
納得した俺は躊躇う事なくスカートを履いた。
スカートに元々付属しているベルトと革紐で腰を絞めれば、次のパーツが装備できる。甲冑の主たる部分、胴鎧だ。
「ブレストプレートとバックプレートが別れてる鎧もあるんだけど、これは一体型だね。この脇から脇腹にかけての部分が伸縮性のある素材になってて、このまますっぽり頭から被る」
無理やり、筒の中に身体をねじ込むように入れれば、両脇が伸びてなんとか腕と頭を通すことができる。通しさえすれば、胴体にフィットするよう落ち着いた。
次いで、頭を通すために大きめの穴が開いている首周りをガードする金属パーツを装着する。半円状になっている板金を後ろから首周りに嵌め、鎖骨の辺りで胴鎧と金属のパーツを固定する。固定するためには、胴鎧と首周りのガード、どちらにも備え付けられている小さな筒の位置を合わせ、それら二つの筒を貫くように細い金属の棒を差し込むことで固定するようだった。
「どう?きつくない?」
「いや、丁度いい……と思う。多分。着たことないからどんなもんなのかが分からん」
「ま、1回動いてみないと分からないかもね」
次は、両肩のガードだ。FF14あるある、肩がいかつい、のパーツである。いかつさのわりに、装備するのは簡単だ。鎖帷子に元々縫い付けられているベルトで肩鎧を両肩それぞれに固定するだけである。
最後に、スカートの上から、両腰の脇に板金のガードをぶら下げる。これも胴鎧の金属パーツと、両腰に附けるガードの金具に付いている小さな筒を併せ、そこに細い金属棒を差し込むことで固定された。
これでようやく、胴装備の完成だ。
「おお……鎧らしくなってきた……!!」
「じゃあ最後に腕装備」
腕装備は、手首から肘上あたりまでが一体型になっている。肘の関節部分は、肘あてとして機能する部位だけが、余裕をもって大きめに作れらていることによって可動域を設けているようだった。鎖帷子の上からそれを嵌め、また同じように、鎖帷子に備え付けられているベルトで位置を固定する。最後に、甲の部分は板金で覆われた皮と鎖帷子で出来た手袋を嵌めれば完成だ。
「いいな、かっこいいな……!!」
今まではずっと初期装備のままで冒険してきたが、やはり装備更新はテンションが上がる。ゲーム内でもそうだったが、実際にこうして着込むと実感が段違いだ。防具一式に加えて、新しい剣と盾まで用意してもらった。武器は初心者の館で扱っていないので、市販のものらしい。
剣は片刃で、峰の部分に突起が出ている。盾は丸盾で、黒と白の模様が描かれた木の板を銅で固定したものだった。恐らく、ビギナー装備と同程度のアイテムレベルならば、プランタード装備の剣盾だろう。ゲーム内では俺もマケボで購入した覚えがある。
俺は壁際に立てかけてあったそれを手に取り、
「タンクっぽいな!」
「タンク……?」
「いや、なんでもない」
こうして装備を整えることができ、平均アイテムレベルを上げることができたのは、それもこれも、俺の言葉を不思議そうに復唱したコーネルが銅刃団に口利きしてくれたお陰だ。
「何から何まで、本当にありがとう」
「いやー、いいっていいって、同業のよしみだよ」
もしかして、エオルゼアの冒険者は良いやつ揃いなのだろうか。確かに俺も(別に自分の事を良いやつと評したいわけではないが)ゲーム内では度々初心者支援に興じていた。
サスタシャ前で屯し、初めてPTを組みIDに挑む新米冒険者たちに、FF14のパーティ戦とはいかなるものなのかをレクチャーする村に参加した事も有る。そんな初心者支援のムーブメントが起こってからというもの、新規が増えたと聞くたびに、ついサスタシャ前に出向き、新米冒険者たちの様子を微笑ましく眺めるようになったのは俺だけではない筈だ。
そして、確かに俺たちは、そんな新米冒険者たちに対して、手厚く、時には放任主義でサポートを行った。まさに装備を適正レベルに整える手伝いや助言をしたりだとか、どのような立ち振る舞いが推奨されているのかを説明したりだとか。思い返せば懐かしい、楽しかった思い出だ。
コーネルがこうして俺やミィアに良くしてくれるのは、その精神がエオルゼアにも実在しているからなのだろうか。ついそれを尋ねたくなった俺は、
「でも、なんでこんなに良くしてくれるんだ?」
そう何気なく尋ねたこちらに対して言葉を返したのは、コーネルではなくカカリクだ。
「んなもん打算だよ、打算。そいつ本業は商人だからな」
「えっ、商人だったのか?」
「商人って言うと語弊が有るなぁ。自分で直接売買を行うだけで、ただのクラフターだよ」
「えっ、クラフターだったのか!?」
全くそうは見えなかった。そう思いつつ、改めてコーネルをまじまじと見る。ハイランダーなのかミッドランダーなのか区別のつかない程にしっかりとした体格。以前、こちらを助けてくれた時に見た剣術士としての腕。それらを踏まえて、本当にただ剣術士として腕のある冒険者なのかと思っていたが、
「いやあ、自分で素材を採取しに行きたくてさ。自分で採った素材で武器や防具を作って、それを着て、また素材を採りに行ったりしてる。冒険者稼業はそのついでかな」
「へえええ……かっけー……」
「そうかなあ?」
コーネルは少し照れたように笑う。しかし、その生き様は、FF14をプレイした者なら一度は考えるであろうプレイスタイルではないだろうか。いや、俺だけかもしれないが。分からない。
とにかく、ギャザラーで素材を集め、そしてクラフターで装備を作り、手製の装備で冒険へ出るという事に俺は果てしないロマンを感じる類のプレイヤーだった。確かに、長年FF14で遊んでいると、容易くこなせるようになる行為だろう。実際俺も、ロマンを感じていたのは新米冒険者だった頃くらいで、FF14漬けの毎日を送っていると、気が付いたらそれくらい日常生活としてこなせる程度の冒険者になっていた。
だが、だ。現在このエオルゼアに生きる俺は事実、新米冒険者で、ゲームを始めた当初のような”ロマン”に格好良さを激しく感じてしまうレベル帯なのであった。
そうやって、感心したようにコーネルを眺めていた俺に、
「そいつの作るモノは冒険者向けの装備が主だ。つまり道行く冒険者は皆そいつにとって客になるかもしれない人間って事だな。もし良かったらご贔屓にってとこだろ」
「お客サマ予備軍だから手助けしてるわけでもないんだけどなぁ……まぁ、そういう風に言うのなら、特に損得勘定無しで、気が付けばついつい手助けしちゃってるカカリクの方が純然たる良い人なのかもしれないね」
「んなっ……!! 俺がいつ誰の手助けしたってんだよ!」
「えぇ、無自覚ってこと無いでしょう」
ち、と舌打ちをして、ツンデレララフェルは再び手元の本に目を落とす。
なんだかんだいって、良いコンビなのだろう。結局、彼らが打算で俺たちに優しくしてくれているのか、それとも本当にただ良い人だからこそ優しくしてくれているのか、その判断はつかなかったが、わざわざ疑う必要も無いだろう。彼らの会話を聞いていると、疑う必要性を感じられない程度には"良い奴"感を感じるからだ。
「(良いコンビだなぁ……NPCとして登場してたら人気出そうだ)」
そう思っていると、部屋の扉が控えめにノックされた音が響く。そして、
「着替え、終わりました?」
ドアの向こうから響くのは別室で着替えていたミィアの声だ。
「ああ、終わったぞ」
そう返せば、では、と返答が戻ってくる。次いで開かれた扉の向こうには、同じく新たな装備に身を包んだミィアが立っていた。
「ええと、どうでしょう……?」
彼女は、落ち着いた赤を基調とした装備を身にまとっていた。それは、皮と布、そして鎖帷子をあしらわれた装備で、左側の裾だけが長く、半身を守っている。腕には皮のアームガード、そして白のミニスカートに、膝下までを覆うロングブーツ。それは、
「おお!ストライカー装備か!」
見知った装備に思わずテンションが上がってしまい、ミィアがその圧に身を引いた。
●
ミィアは、何やら考え事をしているナイトウの隣に腰掛けていた。今は待機の時間帯だ。特にやる事も無いが、だからと言って違うことをやり始めれば事態が動いたときに対処できない。ただ、何かが起こった時の為に身体を休めつつ、気持ちだけは緩めずに張っておく。
「(だと言っても、少し手持無沙汰に感じてしまいますね)」
ナイトウが話し相手になってくれでもしたら、この手持無沙汰感も紛れるかもしれないが、たまに彼はこうして心ここにあらず、と言った様子になる事が有る。まさにそれが今だ。
長いとは言い難い時間ではあるが、短くもない時間を彼と共有して分かった事だ。彼の性質として、何かに夢中になると、そちらにばかり意識が向いてしまうところが有るように感じられる。
「(相棒が新しい装備に着替えても、主に装備のほうに夢中でしたしね……)」
別に、似合っているだとか、そういう言葉を期待していた訳ではない。何よりも、戦闘の為の衣服だ。見栄えがどうこう言うものでも無いだろう。しかし、
「(……マネキンになった気分でした)」
コーネルとナイトウの二人で、それを着ているこちらには全く頓着せず、ただ装備について語り合い始めた時にはどうしようかと思った。彼らに見えているのは、ミィアという人間が新しい装備を着てきたのではなく、新しい装備がミィアという人間に着せてある風景だったのだろう。
だとしても、どうしてそこまでこの装備が注目されたのか。
元々、コーネルの口利きで用意されたのは初心者の館向けの冒険者ギルド主導で生産された装備だった。しかし、自分は現在ここに届いている装備の中に合うサイズが無く、だからと言って現状の装備で作戦に参加させるのは心もとないと特別に用意してもらった装備がこれだ。
「(ダンジョンなどで発見された装備を、仕立て直したものですね)」
これは、今は封鎖され迷宮と化したカッパーベル銅鉱内で発見された装備を元にしたものらしい。ストライカー装備と銘打たれた、魔法を使わない攻め手向けの装備だ。
冒険者には、ダンジョン内で発見した装備を仕立て直し、己で着る風習が有る。
そもそも、なぜダンジョン内で装備が発見されるのか、それは勿論、先駆者がそこで息絶えたからというのが一番の理由だ。
ダンジョンとは、国家の手が及ばぬ、魔物や盗賊に支配され迷宮と化した土地の事。古代の遺跡や、天然の要害、獣人たちが住まう洞窟。それらは、そのままにしておいては近隣に被害が出る場合が多いものを主にダンジョンと呼ぶ。そして、どんな依頼の流れであれ、最終的にそこに派遣され戦うのが、我々冒険者だ。
そしてその任務は、死を孕む。
そこで没した彼らは、埋葬されることなくそのままそこで朽ちていったり、または、その土地の者にどこかへやられてしまう。彼らの肉体が遺ることは殆ど無い。しかし、彼らが纏っていた装備は”遺る”場合が有るのだ。
遺った装備を見つけた冒険者は、それを持ち帰り、修理し、仕立て直す。身の丈や職種に合う場合は己で装備し、合わなかった場合は他者に譲り役立ててもらう。
どう考えても、そんな流れで発見した装備を着ることは気持ちのいいものではないだろう。むしろ悍ましく感じる類のものだ。ミィアも、それを知ったときはそう思っていた。しかし、
「(この風習ができたのは、その昔、行方の分からなくなっていた仲間を探しに行き、結局はその人が身にまとっていた物しか発見できず……それを持ち帰ったのが始まり、でしたか)」
つまるところ、遺品だ。
それを打ち直し、己で身に着ける行為は、迷宮へ消えた仲間への確かな追悼であり、これからも共に行こうと、そう墓前に告げるようなものだろう。
そしてその防具は、冒険者に更なる力を与えたとも噂されたらしい。この噂は根強く、いつしか冒険者たちはダンジョンの中から装備品を見つければ持ち帰り、強力な装備としてそれを仕立て直すようになった。今や、ダンジョン内で発見された装備は、冒険者の中では縁起物の様に扱われている。そこでただ朽ちるしかなかった先駆者の無念を、望郷の念を、敵への憎悪を持ち帰り、仕立て直し、己の武器とする。
事実、ダンジョン内で発見される装備を仕立て直したものは"強い"のだ。その昔、仕立て直された装備が冒険者に力を与えたという噂は虚偽ではなかった。
「(目には見えない……黒衣森の精霊様のような、そのようなものが宿っているんでしょうかね)」
昔は、仲間であった者や、少なくとも知人の装備を回収し身に着けたらしいが、今はそこまで知人に拘ることも無くなっている。それは、故人を特定する事が難しいという点と、迷宮に果てた仲間と、再びそこで巡り合えることが確率的にも低いからだ。
そして、なによりも、やはりその装備は強いことが大きい。
それが見ず知らずの他人が遺した装備であろうとも強ければ気にしない。知人か他人かなど、己が命を危険にさらす事に比べたら些細な事だ。もしそこに何かが憑いていようとも『同じ死地に赴く冒険者仲間のよしみだ。自分にも力を借してくれ』と言い放つようなものだろうか。
「(だからこそ)」
だからこそ冒険者達の間には仲間意識が存在する。装備を通じて死後も助け合う事になるかもしれないという認識が在るからだ。死者の衣服をまとうことを厭んで冒険者を嫌う者も居るが、ミィアはむしろ、詳細を知ってからはその風習を好ましく思うようになった。
「(そこに宿っているものが亡霊であろうが、英霊であろうが、借りられる力は借りる……それが冒険者だ、か……)」
かつて師に教えられた言葉だ。まさに、冒険者という職の生きざまを捉えている言葉だろうとミィアは感じていた。
「(私にも、力を借してくださいね)」
そう、右手を己の胸に当て、身にまとった装備に想いを向ける。
ただ力を欲して冒険者となった己は、ただ力を欲して死者の装備を身にまとった先人と重なるだろうか、そう思った瞬間、
「……!」
傍らのナイトウがぴくりと肩を震わせる。それは、
「……始まりそうですね」
「そうだな」
静かに、そして緩やかに、待機の時間帯が終わろうとしていた。それは、ハイブリッジに陣を敷く銅刃団の動きが変わったからで、
「……俺たちも配置につくか」
今回の作戦は、相手の裏をかくようなものだ。だからこそ、作戦の開始を気取られてはいけない。
「頑張りましょう、ナイトウさん」
「おう」
ナイトウが握り差し出す拳に、こちらの拳を当て返し、自分たちは立ち上がった。
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