四章 東ザナラーン後編 - 02(最新話 21.12.30 更新)

Hyur-Midlander / Halone

Class:GLADIATOR / LEVEL:16

Location >> X:20.9 Y:21.1

ザナラーン > 東ザナラーン > ウェルウィック新林 > ハイブリッジ



 湿った風が吹いていた。

 ザナラーンには珍しい、雨を呼ぶ風だ。

 その風の中、彼らは目的地に向かって歩いている。獣道と言えるような道もない、ただ乾いた芝生が薄く茂っているだけの茶色い大地だ。彼らは……彼らキキルン族は、その大地に擬態するかのように、茶色のフードを目深にかぶり、ただ歩く。

 きぃ、と先頭を歩く者が声を上げると、彼らは唯でさえ小さい身体を下げ、四つ足で歩くようにそろそろと歩み始めた。

 先頭を行く彼は部隊のリーダーだった。まだ毛艶も若々しい、年若いキキルンだ。彼は、彼らの群れの新たな指導者となる事を期待され、この一軍を任された。

 彼が見るのは崖下だ。

 そこはハイブリッジを一望できる崖の上だった。何回か襲った事の有る貿易を主とした橋だ。いつもはユグラム川の拠点から、そこが拠点と知れぬよう遠回りをして街道に出ていたのだが今回は違う。昨日、ユグラム川の拠点が人間に襲われ、人身売買の取引に立ち会っていた者が殆ど銅刃団に捕縛されてしまった。なんとか逃げおおせてきた者がそれを彼らに知らせ、結局はユグラム川のほとりに建てた拠点を捨てることになったのだ。拠点といっても、さして大きな建造物が有った訳でもない。早急に新たな拠点を黒衣森とウェルウィック森林の狭間に敷いた彼らは、再びハイブリッジに足を向けた。


「(絶対に……商品をつれて帰る)」


 それが彼らが担った任務だ。ハイブリッジを襲撃し、荷を奪い、そして昨日取り返された人間を連れ帰って今度こそ商品としてアマルジャ族に売り払う。

 商才に長けたキキルン族にとって、アマルジャ族は良い商売相手だ。良く言えば彼らは実直で、目的のためには手段を選ばない。生贄に捧げる人間が必要ならば捕えればいいし、それを金で解決できるならば、人を捕える代わりに金貨を奪えばいいだけなのだ。ただ、自分たちの目的に対して馬鹿正直に向かう面については、商売の上で良いとは言い難い。

 だからこそ、昨日の商談が第三者の介入により破壊されたのは、悪い話では無かった。実直なアマルジャ族である彼は、商談の場を破壊した人間に対して怒りを露わにしていたという。結果、


「(言い値で払うって約束取り付けるとは、流石親分だ)」


  だからこそ、今回の襲撃は成功させねばならない。

 見るに、ハイブリッジの警戒はさほど強化されていないようだった。昨日、銅刃団の応援が到着したにしては、明らかに橋上に居る人影が少なく見える。新しく届いたのであろう積荷に、暇を持て余したように冒険者や兵士が腰掛けているだけだ。あれならば、現在引き連れている手勢で退けることができるだろう。


「―――!」


 いくぞ、と皆に声を掛ける。共通語ではない、自分たちの種族の言葉だ。


「――――!!」


 それにまた、応と帰ってくる言葉を背に浴び、彼は街道へと飛び出した。亀裂に面した側は、落ちれば二度と上がってこれぬであろう渓谷が続いているが、街道に面した側はそれほどの高さは無い。ぴょん、と身軽に飛び降りる者、土煙を上げ斜面を滑り降りる者、突き出た岩を上手く使い階段を降りるよう降りる者。きぃ、とそれぞれが己を鼓舞するように鬨の声を上げ、ハイブリッジへと押し寄せる。

 彼らは先遣隊だ。しかし、彼らだけで事を終わらせられるのならば、そうするように言われているし、そうしてやろうとリーダーの彼は考えていた。


「しゅ、襲撃だ!逃げろ、隠れろ!」


 そう叫ぶ共通語が聞こえてくる。


「(怯えろ、怯えろ)」


 彼はそう思う。戦場において怯えは隙を生む。敵がそれを自ら持つというのなら、幸い以外に言いようが無い。


「商品、返してもらうっちゃ!」


 怯える商人たちにも伝わるよう、共通語でそう叫ぶ。それが開戦の合図となり、彼らキキルンの軍勢はハイブリッジへと押し寄せる。その軍勢は、役割を二つに分けていた。物資を狙う者と、人間を狙う者の二つ。物資を狙う者は荷を荒らし、有用な物が有ればそれを持ち出す。人間を狙う者は、生贄としてアマルジャ族へ売り払う為に適度に痛めつけ、無理やりにでも連れ帰る。リーダーである彼は、人間を狙う役割を担っていた。


「あんた達は逃げろ!」


 そう言い商人をドライボーン側へ逃がそうとする人間が居る。谷に掛かる橋を背に、冒険者が三人居るようだ。それ以外には銅刃団が数人居るだけだ。見るからに人手が足りていない。彼らは商人を守ることに手一杯で、ハイブリッジへ運び込まれた荷を守る人員すら割けないようでいた。


「(これはチョロいぞ)」


 そう思った彼は、目前の兵士へと飛び掛かる。まるで我らが種族の爪を模したかのような手甲を嵌めた女だ。こちらの爪以上の硬度を誇る鉄製の爪が振るわれるが、恐ろしさは感じない。所詮は偽物だ。ぬるりと地を這うように斬撃を躱し、すれ違いざまに脚をこちらの爪で切り付ける。そのまま相手が体のバランスを崩し、前のめりになるところまでを視界の隅で確認し、次だ。


「大丈夫か!」


 そう女兵士に声を掛けたのは、黒と紺を基調とした鎧を纏っている冒険者だった。その鎧は明らかに新品で、戦いに慣れているようには到底見えないヒューラン族だ。


「っ!」


 こちらが飛び掛かりざまに振るった右爪を、冒険者が盾で受けようとする。それを見たこちらはそのまま右手でその盾を掴む。それを下に押し込むよう力を入れれば、腕の力だけで身体を上に持ち上げることができる。盾の上から覗き込むように冒険者に左爪を振るうが、


「――ファイア!」


 右側から声。そして熱を感じた。そちらを確認するまでも無いだろう。詠唱が完了した黒魔法がこちらを狙っているのだ。それを避けようとして空中で身を捩るが間に合わない。


「!!」


 爆発のような音が近くで炸裂する。その勢いに吹き飛ばされ、しかし丸めた身を地面で跳ねさせ勢いを殺し、彼は素早く、しかし身は低くしたまま立ち上がった。


「まだ居たっちゃか」


 見やる先、建物の屋上に杖を構えたララフェルが立っている。


「魔導師もいるっちゃ、気をつけるっちゃ!」


 そう皆に叫ぶと、


「まだまだ居るぜ」


 目前の冒険者がそう口を開く。冒険者が顎で示した先……自分達が来たウェルウィック森林の方を横目で見ると、


「美しいオレが来たぞッ! さぁ、キキルンを蹴散らせ!」


 増援だった。こちらの背後を取り、後続に襲い掛かる軍勢。

 声のデカい男が率いるその人間達は全員が銅刃団の鎧を身に付けていた。それはつまり、


「挟み撃ちっちゃ……!?」


 彼の驚きの声は、敵の発する鬨の声に搔き消された。





「(とりあえずは作戦成功だな……!!)」


 ハイブリッジを襲撃したキキルン族の一団は、その背後からフンベルクト率いる銅刃団に奇襲をくらっていた。完全に統率が失われたわけではないが、彼らに驚きや焦りを与えることはできたのだろう、右往左往するキキルンが多く見て取れる。

 この挟み撃ちが、俺がまずフンベルクトに打診した作戦の一つだった。


「(キキルンは絶対にまた襲撃を行ってくる……FATE通りで助かったな)」


 ゲーム内のFATEでは、キキルン族は奪還された市民を奪い返しに、再び襲撃を行ってくる。これは、FATEが何回も起こるというシステム的な側面も有るのだろうが、しっかりとストーリー上でもキキルン族が『商品』であったハイブリッジの人間たちを取り返しに来るという描写が有る。だからこそ俺は、挟撃を提案した。


「(正面は俺たち冒険者と、数名の銅刃団で抑える。向こうはこちらが少数であることに油断してくれるかもしれない。そうしたら、後方から本隊が出陣し、キキルン族を後ろから捕縛していく)」


 後方に詰めていた銅刃団は、ハイブリッジから続く街道の先、ザルの祠付近で待機していもらっていた。キキルン族が攻めてくればリンクパール通信で彼らに連絡を行い、出撃する。シンプルな作戦だ。


「(まぁ、これを受け入れてもらうのがちょっとばかり大変だったけどな……)」


 有り体に言えば、そんな小細工を使わなくても真正面から戦って勝てるから必要ない、と、そう言われたのだ。だが、実際にゲーム内では冒険者が彼らに手を貸さない限り、FATEは成功しない。物資や人間は持ち去られ、ハイブリッジに残るのは意気消沈した銅刃団のみだ。ちょっとした小細工を重ねることでそれを回避できるのなら願ったりかなったりだろう。

 その小細工を受け入れてもらう所以となった作戦は、見る限り上手くいっているようだ。こうしてキキルン達を背後から強襲する事により、キキルン達に隙が生まれる。隙が有ると言う事は、お互いに命果てるまで死力を尽くして戦う、そういった戦闘にはなりずらいという事だ。


「(そんなもん経験したこと無いから、当てずっぽうだけどな……)」


 このままレベル帯が上がっていくと、そうも言っていられないのだろう、とも思う。これまで数度、ピンチと言っていい状況に陥った事も有るが、自分自身、まだ行ける、と、同時にそう感じたのも事実だ。

 そして今も、戦況は死力を尽くすという雰囲気ではなく、


「やめろっちゃー!!!」

「なにするっちゃ!」

「卑怯っちゃ!とてとて卑怯っちゃ!!」


 背後から網を投げられそれに絡め取られる者。切り付けられるのではなく、叩きのめされ意識を失う者。どちらかと言えば大捕物の風景だ。

 それが、この作戦の重要な部分だった。


「(次に繋げるために、全員生きたまま捕まえる……!)」


 リーダー格であろう、先陣を切って乗り込んできたキキルンは、カカルクが高所から投じる黒魔法によって足止めされている。俺は、炎と氷の礫が途切れるタイミングを見計らい、そのキキルンへ向かって飛び込んだ。


「っ!」


 丁度、眼前で爆ぜた炎が俺の姿を隠してくれる。その爆炎から飛び出すようにして俺は距離を詰める。盾でキキルンの姿を払い除けるようにしてスイング。しかし殆ど手応えを感じない。なぜなら、


「遅いっちゃ!」


 再び向こうは、こちらの盾を越えた。盾の面に手を突き、そこを起点として身体を捻る。こちらの勢いを利用するように盾上で側転したのだ。まるで軽業のような芸当を見せたキキルンは更に、再び空中からこちらに爪を光らせた。

 俺はそれを剣で受け止めるべく構えるが、


「はぁッ!」


 空中のキキルンを襲ったのは、今度はミィアの拳だった。橋の欄干から飛び降りながら放たれた彼女の拳はキキルンの側面を捕らえ、


「大人しくして下さい!」


 そのまま空中でキキルンを引っ掛け、地面へと抑え込む。


「ミィア!」


 暴れるキキルンを己の体重を以て押さえ込もうとするミィアだが、如何せん彼女は華奢だ。そう長くは抑えられない。


「ナイトウさん、お願いします!」

「っ!」


 こちらが腰に提げていた捕縛用の網を投げたのと、彼女がキキルンに振りほどかれ尻もちを付いたのは同時だった。荒縄で編まれた網は、四隅に重りとなる石が括り付けられている。それがキキルンを抱き込むように巻き付き、絡まり、


「――――!!」


 きぃ、と鳴き声を上げるキキルン一体の捕縛が完了した。

 それを見た、未だ捕らえられていないキキルン達は今まで以上に慌てふためく。それもそうだろう、リーダー格が捉えられたのだ。戦場をまとめる者が打たれた時、一兵卒の士気は下がり統率は乱れる。俺が現実世界で暮らす中、多くのアニメや漫画で学んできた事だ。


「投降しろ!オレ達の美しい刃は貴様らネズミには勿体無い!!」


 そうフンベルクトが叫ぶ声が聞こえてくる。相変わらずちょっとアレな感じも有るが、丁度いいタイミングだ。

 それを見て先程俺達が捕縛したキキルンが何かを叫ぶが、共通語ではないそれを俺は理解できなかった。恐らく超える力さえ有ればゲーム内のように、キキルン訛りの共通語として認識できたのかもしれない。しかし無いものは無く、ただ獣の鳴き声のように聞こえるそれを聞いたキキルン達は、


「あっ!待つニャ!!」


 動ける者が我先に、彼らが訪れた方へと逃げ出し始めたのだ。小さな体躯を利用し、身をかがめ脚の間をすり抜けられる。


「逃がすな、捕らえろ!」


 数匹確保する事は出来たようだったが、大柄な者が多い銅刃団だ。数匹のキキルンはウェルウィック森林の木立の向こうへと駆けていく。それを幾人かが追おうとするが、


「いや、いい。それよりも捕縛したキキルンが逃げないようにしっかりと縄を打て」


 フンベルクトがそれを止め、辺りを見渡した。

 こちらの負傷者は殆ど無し。軽い手傷を負った者も居たように思えたが、銅刃団に所属しているヒーラーの回復で治ったようだ。対してキキルンの軍勢は、その殆どが意識を失うか自由に身動きでこきない状態に追い込まれていた。数にして数10匹。それらを改めて確保する団員を見ながらフンベルクトは、


「華麗な勝利と言った所だな!流石オレ!カッコイイ!」

「流石隊長さまニャ~」

「かっこいいニャ~」


 両手を腰に当て、高らかに笑っている。それを見て目を蕩けさせるミコッテの双子に、深く頷くその他団員達。それを苦笑気味に眺めていると、


「……かっこいいですね……」

「!?」


 傍らに立つミィアが呟いた一言に俺は思わず目を見開いた。 数瞬思考が停止して、そして、ようやく言葉を口から絞り出す。


「かっこ……いい……?」

「あっ、いや、その」


 ミィアは照れたように一つ咳払いして、


「フンベルクト隊長は、全格闘士の憧れみたいな存在なんですよ。ミーハーなようで恥ずかしいですけど、私も憧れます」

「あ、あぁ、なるほど……そうなのか」


 そうなのか……?という疑問は晴れないが、ミィアが言うならそうなのだろう。俺は心の底からフンベルクトの事をネタキャラだと思っていたが、彼はカッコイイのだ。エオルゼアでは。そうなのだ。


「(女の子の考える事は分からんな……)」


 昔から俺はそういう奴だった気がする。中々女心というものを理解できない。できていないらしい。というか、理解していないと周りから言われていた。恐らく、この感覚の違いに起因する衝撃も、そこから来るものなのだろう……多分。

 そんな勝利の空気に割って入ったのは、俺が先ほど捕えたリーダー格のキキルン族だった。彼(外見から性別を判断できないので彼女かもしれないが)は、逃げる盗賊を追いもしなかったこちらに対し、

 

「キキルンなめるのもそれくらいにするっちゃ……!!」


 きぃ、と喉を鳴らしつつ、投網に囚われた彼は叫ぶ。


「すぐすぐ親分が来るっちゃ! そしたらお前らなんかころころっちゃ!!」


 静かにしていろ、と銅刃団の一人が網を引くが、フンベルクトはそれを一瞥するだけだ。数舜キキルンへと向けた眼差しを皆へと移し、


「ならば彼らの親玉が来るまで待つとしよう。怪我をした者はその怪我が軽かろうが一度治療班に見せるように!」


 その覇気の有る声に指示を出された銅刃団の面々は、一揃いに応と返す。本当に統制の取れた部隊だ。そう思った瞬間、


「――それには及ばないっちゃ」 


 俺の正面、風車の建物を背に立っていたフンベルクトの左、つまり、ウェルウィック森林へと向かう街道に、その影は立っていた。

 キキルンには似つかわしくない大きな体躯。彼ら種族が纏っている焦げ茶色の外套が、雨を誘う風に揺れて、その姿は揺らめく影のようだった。彼を見たキキルンたちが、口々に声を上げる。それは彼らの共通語では無かったため意味は分からなかったが、それでも判る。


「守銭奴のズズルン……」


 他にも彼の名を呟いた者は居たが、二つ名と共に口にしたのは俺だけだった。

 そう、彼こそがこのFATE『ハイブリッジの死闘』の中ボス格である敵NPC、守銭奴のズズルンだ。彼は、ゆったりとした動きで、しかし隙無くこちらへ近づいてくる。そして、


「商品、返してもらうっちゃ」





「商品、返してもらうっちゃ」


 そうズズルンが言い、重心を前へと乗せた事がミィアには分かった。

 微かな動作だが、それが戦闘への引き金になるものである事は格闘士である彼女には十二分に伝わってきたのだ。同じく格闘士として研鑽を積むフンベルクトにもそれは伝わったのであろう。彼はすぐさま掌を前に突き出し、


「待たれい!」


 そう鋭く言い放った。その声にズズルンは歩みを止める。驚いた素振りも見せず、自然な動作でフンベルクトを見上げるその動作はキキルン族らしからぬものだ。どちらかと言えば、彼らは小動物に近しい生態をしている。心拍数は人間のそれよりも速く、動作は俊敏だ。しかしズズルンは、その体格のせいだろうか、貫禄めいたものを醸し出していた。それがミィアには不気味にも感じられたのだが、フンベルクトはそれに臆することなく言葉を続ける。


「我々はお前と取引をする用意が有る」

「……取引?」


 訝しげに鼻をひくつかせたズズルンは、続きを促す。


「お前の部下はオレ達がその殆どを捕えた。見ての通りだ。しかし、お前の対応如何では処遇に手心を加えてやらんことも無いッ!」


 ざわ、とどよめきを生んだのは捕えられたキキルン達だ。


「お前達を捕えたところで、諸悪の根源は絶てんからな! オレ達の目的は、人買いのナヨク・ローを叩くこと。替えの利く盗賊団を捕縛し満足している場合では無いのだ!」


 だから、とフンベルクトは言葉を続ける。


「取引をしようではないか、ズズルンよ。そちらは我々への協力を。我々は今回の窃盗についての減刑を。どうだ、悪い話では無かろう」


 その言葉を最後まで聞いたズズルンは、言葉を発さない。考え込むように眉根を寄せ、ただそこに立っている。


「(……どう出るでしょうか)」


 そう、これが、ナイトウの立てた計画だった。

 キキルン達の背後をつき、彼らを生け捕りにしたのは、こうして首領と取引を行う為だ。生きたまま捕えられた同胞を前に、彼らの減刑を言い渡されて悩まない者は少ないだろう。なぜなら、この提案は時にして言外にこう告げているからだ。


「(協力しないのであれば、こいつらがどうなっても構わないのか、と……そうも取れますからね)」


 ウルダハの刑法では、窃盗はそこまで取り沙汰されるような罪では無かったはずだ。しかし、そこに人身売買が含まれ、さらには蛮族と称されるアマルジャ族へ売り払っているという要素が組み込まれれば、ただでさえ獣人としてウルダハでは軽んじられている彼ら種族が公平に処罰を受けれるかは疑い深い。この場で、現場を管理している者の判断で切り捨てることになろうとも、なんら問題視されないだろう。


「(……そういったやり方、好きでは無いですが……)」


 ミィア自身、このやり方を最初に聞いたときは反感を覚えた。しかしナイトウが言うのだ。そんな悲しい結果には絶対させないって、と。経過がどうであれ、フンベルクトもまさか切り捨てたりはしないだろ、格闘士だから切らないし、とも。


「(適当な人なのか、なんなのか……)」


 ナイトウに対して、若干の不信感と共にそう思う。

 しかし、ミィアの抱えた心配事に対し、さも当たり前の様に大丈夫だと断言して見せたナイトウを信用してみたくなったのだ。だからミィアは、この計画に反対しなかった。フンベルクト達も、最初は卑怯とも取れるその作戦には難色を示していたが、結局はズズルンとの取引を成功させればナヨク・ローの情報を掴める可能性が高いことに利を見出し、決行に至った。ナイトウの発する、根拠の分からない自信に溢れた言葉に押されて、だ。


「(どうしてあんなにも、確実にズズルンは後から来るだとか、自信をもって断言できるんでしょう……)」


 しかしその自信が後押しになったのも事実。今はまず、眼前の状況に対して集中しなければ、とミィアはズズルンの出方を見守る。


「……………」


 己の同胞を人質に取られ、決断を迫られているズズルンは未だ口を開かない。

 しかし、


「―――――!!」


 きぃ、と声を上げたのは捕えられていたキキルンだった。共通語では無く、彼ら独自の言語で言葉を発したのは、先ほどナイトウと捕えたキキルンで、


「――親分、お前らの言いなりなんか、ならないっちゃ!!」


 続けて、共通語でそう言い放つ。それを受けて、他の捕えられていたキキルン達も、同意の声を上げ始めた。それにフンベルクトは少したじろぐが、


「待て! ここで争いを選ぶほど損な事は無いだろ!」


 そう言ったのは、背後のナイトウだった。

 小さい方の建物の角に寄り添うように立っていたこちらに対し、ナイトウは捕えたキキルン達とフンベルクト、そしてズズルンを同時に見渡せる位置に控えていた。ナイトウは少しだけ歩を進め、


「これも商売の取引と同じだ、そうだろ、守銭奴のズズルン。金儲けを考えるなら、ここで感情に任せて戦うことに利なんて無い」

「…………ひさびさ、その呼び方聞いたっちゃ」


 ズズルンが、ナイトウを見やる。ミィアも聞いたことのない呼び名で彼を呼んだナイトウは、


「理由は知らんが、人身売買に手を出すくらいには金が必要なんだろう。その時はそれがベストの選択だったかもしれないが、今回はそうじゃない」

「……言ってみるっちゃ」

「……人材だって言い換えれば富だ。なんなら、金では手に入らない時だって有るだろう。俺たちはその損失をお前に与えないって言ってるんだ。それに……」


 それに、とナイトウは続ける。


「別に、わざわざ盗賊なんてやらなくても金は稼げるだろう。獣人を排斥しているのはウルダハだけだ。リムサ・ロミンサへ渡ればキキルン族でも商いをしているし……なんならウルダハでだって、砂蠍衆の地位は金で買えるとか言うじゃないか」


 その発言に騒めいたのは、今度はこちら側だった。声を上げるものこそ居ないが、銅刃団の面々、次いではフンベルクトが、受け入れがたい物を見る目でナイトウを見やる。

 それもそうだろう、彼らが身を置く国の体制について、ナイトウは余りにもな事を言ったのだ。自分自身はこの国にとって部外者だからこそ何も感じないが、ナイトウが余りにも踏み込んだ物言いをしていることは見て取れる。


「……他の国じゃそうはいかないだろうが、ウルダハでなら、その貯めた金でキキルン族が暮らしやすい国になるよう働きかけることだってできるだろ」


 差別意識の強い者ならば、けもの風情を政に関わらせてなるものか、とでも言うだろうが……やはり彼らもウルダハの民だからか、金で解決できるんだからしてみせろ、というナイトウの言葉に、大手を振って異を唱える者は居なかった。だからと言って、公僕である彼らが賛同しがたい意見であることに変わりはない。しかし、それに対しズズルンは、


「……おもしろ話、するるっちゃね」


 ナイトウの言葉に頷きを返し、彼は笑った……ように、見えた。


「冒険者、よいよい話、聞かせてくれたっちゃ、ならば、ズズルン、お返しするっちゃ」

「じゃあ……!」


 安堵の吐息と共にナイトウが返答を迫る。

 ズズルンはそれに、言葉を返す。


「ズズルン、とてとて、人間、憎いっちゃ」


 ひゅ、と息をのんだのは自分だけではなかった。

 それ程の殺気が、ズズルンから放たれたのだ。それと同時に、視界からズズルンが姿を消す。否、低く身を沈めたのだ。


「!」


 まず先に反応したのは自分だった。ハイブリッジへと昇る階段の中ほどに立っている自分が、最も彼我の距離が短かったからだ。

 ズズルンは四つ足で大地を蹴り、こちらへ近づいて来る。

 構えるのは拳だ。ズズルンの動きに合わせ、階段を飛び降りる。


「止まってください!」


 そう言い放ち、高所から跳ぶ勢いで振りかぶった拳は、果たしてズズルンのフードを掠めるに至った。当たっていない。ズズルンの方が早かったのだ。すでにズズルンはこちらの身体の下に潜り込んでいて、


「ミィア!!」


 すくい上げられるように、ズズルンの左手で腹を鷲掴みにされる。ひゅ、と空気が喉を掠める音がした。

 ズズルンの体躯はキキルン族らしからぬものだ。ハイランダーをも越えるその背丈に応じて掌も爪も大きい。ミィアの脇腹をつかみ地にねじ伏せることは、ズズルンには容易いことだった。


「っあ」


 下から腹をつかまれ、裏返されるようにして背中から地面に叩きつけられる。息が詰まり上手く呼吸ができない。そのまま捨て置かれるのかとも思ったが、咳き込むミィアを見下ろしたズズルンは、


「…………」


 その濁った眼でミィアを見やり、彼女の両腕を右手で束ね、持ち上げる。そして、


「やめとくっちゃ」


 ズズルンはそう言いつつ、ミィアの首に鋭い爪を宛がった。


「貴様……ッ!」


 フンベルクトを筆頭に、銅刃団は皆、武器を引き抜き構えているが、自分を盾にするかのように立つズズルンには手が出せない。


「…………っ」


 僅かでも身じろぎをすれば、皮膚に爪を食い込ませ、苦しみと痛みを与えてくる。見えないから分からないが、恐らく血の一筋くらい流れている事だろう。


「……これで、お互い、対等っちゃ」


 捕えられたミィアと、捕えられたキキルン族。自分たちを有利にするため実行された作戦が今まさに無駄になった。自分の体重がかかり軋む肩の痛みも忘れてミィアは思わず声を荒げる。


「っ私の事は気にしないでくださいっ!!」


 その言葉に返事を返したのはズズルンだった。


「……捕まった者、言う事、同じっちゃ」


 彼は目前に迫る銅刃団から目を離さず言葉を作る。


「あいつらも、さっき、そう言ったっちゃ。自分のこと気にするな、そうっちゃ、同じっちゃ」


 だから、と。


「返してもらうっちゃ、仲間も、商品も」


 ぽつり、とハイブリッジの石畳を雨粒が染めた。





四章01⇐ ⇒Coming Soon!! 


称号:レジェンドのヒカセン エオルゼアに転生する ~いよいよ異世界だなぁ、オイ!!~

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