Hyur-Midlander Halone
Job:PALADIN / LEVEL:80
Location >> X:6.1 Y:6.2
アバラシア>コンテイメントベイS1T7>-->--
様々な光が散っていた。
空を裂く剣から迸る光刃。
その身を癒す暖かな光の欠片。
金属と金属が擦れ合い零れる閃光。
炎と氷、そして雷撃が生み出す光線。
全ては音を伴っている。
それらを向けられている巨大な影も、光と音をもってそれらを迎撃する。
もう少し、と思った。
青い巨大な竜が、影を飲み込まんばかりに顎門を広げ突進する。
あと3%。
巨大な影が詠唱を開始する。
長時間をかけたその詠唱は、影の最後の切り札だ。
あと1%。
これはいけただろう、そう思う。
あと0.5%。
あと0.2%。
0.1。
『よっしゃあああー!』
『いけたあああww』
『おつかれさまー』
『おつー』
『よゆうw』
『お手伝いありがとー!』
『やっぱレジェンドいると違うわ』
『www』
『そんなことないってw』
『いやでも助かったわー、ありがとー』
『いえいえ』
カタカタと音を立ててキーボードで文字を入力する。
ヘッドセットからは勝利を称えるファンファーレが鳴り、PCのモニターにはそれを喜ぶプレイヤーキャラクター達が様々なエモートを繰り出している。
ふぅ、と俺は安堵の息をついた。緊張で乾いた喉を潤そうと傍らのペットボトルに手を伸ばせばもう空になっていることが持つだけで分かった。
それに気付いた俺は、改めてキーボードに向かう。
『それじゃあ俺ちょっとコンビニ行ってくるわ、腹減ったw』
『いてらー』
『てらー』
手を振るエモートを残し、インスタンスから退出する。先程まで集中して取り組んでいたもの、それは、俺が長らくプレイしているMMORPG、FINAL FANTASY XIV だ。
LSのチャット欄では、勝利の余韻から抜けきれない者たちがまだ盛り上がりを見せている。
『コンビニ行くならトラックに引かれて異世界転生しないようにな』
『するかよww』
『気をつけてねー』
ういー、と心中で呟きヘッドセットを外す。
身体を伸ばし、椅子に深く身体を預ければ、先程まで集中し張り詰めていた神経がほぐれていく。型落ちの極とはいえ、流石に普段零式にも行かないフレ達をクリアに導くのは骨が折れた。
固定のヒラが1人来てくれたからなんとかなったものの、これでヒラ2人とも初見だったときには今晩中のクリアは不可能だっただろう。
しかし、普段は余り遊ぶことのないフレと一緒にコンテンツを楽しめるのは良いことだ。零式や絶ばかり行っている(もしくはそのための薬や料理を黙々と作っている)と、彼らと遊ぶ機会は中々来ない。
自分がプレイしているのはMMOなのだということを思い出すためにも、こうして人のお手伝いに行くことは嫌いではなかった。
意外と俺は良い奴だよな、と思いながら立ち上がる。
ヘッドセットを外した今、ひとり暮らしの自分の部屋は静かなものだ。先程まで画面の向こうでは熱いバトルが繰り広げられ、皆が勝利に喜んでいたというのに、その賑やかさが嘘のようだった。
机の上に放り出していた財布とスマホを手に取り、ジャージのポケットに突っ込む。明日は休みだ。このまま夜食を買い込んで、まだ犬をとれていない極をひたすら回るのも悪くない。
部屋を出て、振り返りざまに鍵をかける。世間は秋が始まったばかりだ。コンテンツに集中し少し火照っていた身体に秋風が心地いい。
しばらくすれば、24人レイドが実装されるだろう。
最近はストーリーに力が入っているし、今度の24人レイドはまさかのコラボだ。いろんな人が楽しみにしているだろうし、まさしく俺もその中の1人だ。装備は結局零式で揃えてしまうから、24人レイドの装備を必要とはしないものの、あの24人がワチャワチャする楽しさは零式には無いものだ。
「(楽しみだ……)」
しみじみとそう思っていると、コンビニは目の前だった。いつの間に……と思うが、まぁ仕方ない。
FF14が新生してから数年、俺はずっとこのゲームをプレイしていた。それでもまだ飽きが来ていないのだから、ただの廃人なのだろう。廃人ならば仕方ない。
そんなことを考えていると、ポケットのスマホが震えたかと思うと『クポクポォ』と音が響く。あ、と思うが、幸い周囲に人影は見えない。いくら廃人でもこれを聞かれるのは恥ずかしいだろう、そう考えつつスマホを手に取る。
コンパニオンアプリを立ち上げれば、そこにはナイトのAFを来たミッドランダー男が立っている。それがFF14の世界での俺だった。
俺はどちらかといえば、自キャラは自分の分身と思っているタイプだ。男のケツ眺めて何が楽しいんだ、ミコッテでミニスカートミラプリしろ、アウラでも可、と固定のモンクには言われるが知ったこっちゃない。自分の分身ならばもう少し冴えない顔立ちをしているだろうけど、それも知ったこっちゃない。
そんなことはどうでもいい、と思いつつ通知を確認すれば、
『メオル買ってきて^^』
と表示されたチャットに、思わず失笑する。
しょうがないにゃあ、と脳裏に浮かんだ言葉をそのまま返そうとした時、
「っ!」
けたたましいクラクション。
暗闇になれた目を刺す眩いヘッドライト。
光に目をやられて状況はよく分からないが、なんとなく察することはできる。
まぁ確かに俺はオタクらしく黒のジャージを着ていた。
それはもう闇夜に紛れやすい格好をしていただろう。
加えて歩きスマホだ。
不幸に出会う確立は、普段と比べれば相当に高いものだった。
ああ、あれはトラックだ。夜分遅くに運送ご苦労様です。
クラクションに次いで、急ブレーキの音も聞こえてくる。
まるでそれは、どこか遠くで鳴り響いているかのように思えた。
もちろんそれは気のせいだ。
最早目前といっても過言ではない位置にいるトラックが、とてもゆっくり近づいてきているように思えるのも、気のせいだろう。
待て、と、その長くて短い間に思った。
人間、自分がこうなることを想像したことは、人生で1度は有るだろう。
少なくとも俺はそうだった。
最近はこういった物語の導入が流行りだ。
そのままどこか遠い世界に転生して、カワイイ獣耳少女とイチャイチャしたい願望を持ったことが無いオタクが居るだろうか。
いや、居ない、が。
俺は思った。
それは困る、と。
今このタイミングは勘弁してくれ、と。
俺は、
「俺は次の絶が来るまで死ねな――――」
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