一章 都市国家ウルダハ - 01

Hyur-Midlander / Halone

Class:------ / LEVEL:01

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 乾いた風が頬を撫でる。

 ぼんやりとした思考が徐々に鮮明になっていく。

 ふと目を開けた瞬間は、どこにもピントが合わずに視線が空を泳いだ。

 ぱちり、と再び瞬きをする。感じるのは、少し冷えた、柔らかくはない場所に座っている感触と、少し遠くで鳴っている虫の羽音だった。

 ここはどこだろう?と未だはっきりしない思考で考える。上を見上げれば、青い空が広がっている。青空に彩りを加えるのは、あまり葉の生え揃っていない木の枝だ。辺りを見やれば、太い幹をした大樹がまばらな木陰を落としていた。

 どうやら自分は、この大きな木の下に座り込んでいるようだった。


「ええと……」


 つい口から出た独り言は、自分の声にしては少し低めの、聞きなじみのない声。喉の調子でも悪いのだろうか、と少し咳払いをしてみる。特にこれといった異変は感じられず、気のせいか、と思いなおした。

 それよりも、ここはどこなのだろうか?

 俺は、先ほどまで、コンビニまでの道を歩いていて。というか、そもそも今は夜のはずで、というか、


「なんで生きてる、俺……」 


 死んだ、と思った。そのはずだった。鮮明に覚えているわけではない。というか、今この瞬間まで忘れていた。しかし俺は、確かにコンビニまでの道すがら、大きなトラックに撥ねられそうになったのだ。

 もしかして、助かったのか……?という想いが脳裏をよぎる。しかしそうだとしても、こうして覚えのない場所に放り出されていることに説明がつかない。そもそも先ほどまでは夜だったのだ。もしかして俺は、現代医療ではどうにもならない重症を負い、未来の医療技術に一縷の望みをかけコールドスリープでもされたのだろうか。そして今、コールドスリープが解かれたとか、そういう……。


 「(……アニメの見過ぎなんだよなぁ)」


 我ながら自説が陳腐すぎて擁護もできない。しかし、あの瞬間、俺は避けようのない怪我を負ったはずだ。トラックと衝突した瞬間は覚えていないが、少なからず怪我は負っただろう。痛む箇所は今のところ無いが、怪我は無いのだろうか。そう思い自身の手を確認すれば、


「(おい、これって……)」


 そこでようやく、自分が着ているものが先ほどまで身にまとっていたジャージではないことに気が付いた。ぎゅ、と握った右手の平は、革の、手の甲だけを覆うような手袋に包まれている。左手は、手の甲から二の腕までを包む手袋を身に付けていた。

 慌てて立ち上がり、自身を見返す。その恰好は、まるでコスプレのような、否、まさしくコスプレだとしか思えない恰好だった。

 黒い革でできたインナーの上に羽織った白い短めのシャツ。右肩から左脇にかけて絞められたベルトに、腰にも二本ベルトが巻かれている。それらは、衣服を身体に合わせるという用途よりも、荷物をひっかけ、手荷物を減らすために用いられるもののようだった。実際、腰に巻かれたベルトには、小さめのポシェットが二つと、殆ど鞄として扱えそうな大きめのものが更に二つ下げられている。 怪我はないかと動かした腕が着けていたのも、インナーと同じ、黒い皮でできた素材のグローブだった。

 シャツと同じ素材で作られたズボンは、動きやすい少し緩めのものだ。太腿までを覆うハイブーツには、小さなナイフが括り付けらている。

 もちろん俺は、そんな服を持っていた覚えは無い。だがそれは、現実世界での話だった。


「(ヒュラの初期装備だろ、これ)」  


 現実では見たことはない。しかし、ゲームの中ではいくらでも見てきた服だった。もちろん、先ほどまでプレイしていた、FINAL FANTASY XIV の中で、だ。

 どうやら俺は、ゲーム内で新規キャラを作成した際に支給される初期装備を身にまとっているようだった。

 どきり、と心臓が高鳴る。こう見えても俺は察しの悪い方ではない。固定でミコッテちゃんに恋しそうになる奴がいればあれは俺のリアフレで男だぞ、と取り返しがつかなくなる前に訥々と諭し、従者を集めていそうなHimecanからのアプローチは尽く当たり障りのない対応て切り抜けてきた。


「(もしかして俺は)」


 ゆっくりと視界を前へと移す。俺の記憶が正しければ、


「(この木は多分、ササガン大王樹で……)」


 とてもいい天気だった。霧や砂嵐が出ていたら何も見えなかっただろう。その筈だ。雲ひとつない青空が覆う下には荒涼とした大地が広がっている。所々に生えた木々は、太い幹に反して短い枝に、疎らな葉。恐らくはその太い幹に水を溜め込んでいるのだろう。乾燥地帯に似つかわしい風体をしている木々だった。 

 まばらに映える木々を避けてか、数本の道が見える。道といっても、舗装などはされていない、人が歩いたことによって作られた、踏み固められた土の道だ。

 たまに土埃を上げているその道を視線で辿れば、その道は大きな建物へ吸い込まれてゆく。砦にも、城壁にも見える壁が屹立していた。遠目にでもかなりの高さが有る事が分かるその石壁の向こうには、さらに大きな建造物が並び立っているのが分かる。どれ程の大きさなのだろう、丸い屋根をした石造りの建物だ。まるで、アラビアかなにか……そういった、少なくとも日本では見られない、異国情緒を感じるシルエットをしていた。

 その向こう、少し霞みがかって見えるのは飛空挺用の桟橋だ。まさに、今しがたそこから飛び立ったのであろう、周りの建物と同じように丸いフォルムをした飛空挺が都市から離れていくのが見える。

 ああ、と思った。脳裏に、自動的に何百回も聞いた曲が呼び起こされる。トランペットから始まるその曲は、つい数週間前にオーケストラの演奏で聞いたものだ。


「(すげぇ……ウルダハだ……)」


 ざぁ、と風が吹く。その風に押されるように、一歩前に踏み出した。


「うわっ!」 


 踏み出した足は、果たして踏み出す先の地面を見つけられなかった。空を踏み抜いた右足は、そのまま俺自身を虚空へ放り出そうとしてくる。身体がバランスを取ろうと、咄嗟に後ろへ重心を傾けるが、もうすでに取り返しがつく状況ではない。ざ、と薄く生えた草の滑る音があたりに響いた。


「…………びっっっくりした……」


 結局、尻餅をつくように滑り落ちた距離は大したものではなかった。

 俺は大樹の根本の、周囲よりも少し高くなっていた場所に座り込んでいたらしい。足が空を掻いたのは、そこから滑り落ちただけのことだった。

 改めて周囲を見えれば、大樹に集うかのように、その周りだけが丘のようになっていた。恐らくは太樹が根を張り、自身の周辺から嵐や風などで土が飛ばないよう押さえ込んでいるのだろう。実際、遠く広がる荒涼とした大地に比べれば、この周りには緑が多く感じられた。

 いてて、と腰をさすりつつ、改めて立ち上がろうとする。が、ベルトに吊られた鞄が低木に引っかかり中々立ち上がれない。えい、と力を込めて引っ張れば、


「うわああ!!」


 ぶ、と眼前を何かが掠め飛んだ。咄嗟に顔を両腕で覆うが、それも遅く顔面を何かが掠めた感触が残っている。なんだ、と思い、両腕を下ろせば、


「あ、ああ……」


 なんだ、と安堵の息をつく。いや、恐らくその外見を見ただけでは安堵できるものでは全くないだろう。

 俺から少し離れた場所、違う低木の上を飛ぶそれは、黄色と黒の縞柄の腹を待つ虫、ハチだ。ただ、普通の蜂ならばそこまで恐ることはない。その蜂は、中型犬ほどは有るかという大きさをしている蜂だった。針で刺されるどころか、その口で一噛みされただけで命は無いだろう。そう思う大きさだ。


「(ヒュージホーネットか……確かに、この辺に生息してたよな)」 


 ぶぶ、ぶぶ、と羽音を立てるその蜂は、しかしこちらには向かってこない。恐らく俺がベルトを引っ掛けた低木の向こう側で羽を休めていたのだろう。今も、足元の低木を伺うかのように忙しく周囲をまわっている。

 飛び出してきた存在に驚異が無いことが分かり、少し安堵する。低木に引っかかっていた鞄を力任せではなく、枝を解すようにして取り外せば身体は自由になった。そうして身動きのできる体になったところで、改めて飛び出していった蜂を見やる。

 ヒュージホーネットは、ゲーム内ではノンアクティブモンスター……つまり、こちらから攻撃をしかけないかぎり、向こうから自発的に襲いかかってくるモンスターではなかった。初期に開始する主要都市周辺のモンスターは大体がそうだったし、実際に凶悪なモンスターが跋扈している地域で、都市が大規模なものに成長するのは些か難しいというのも有るだろう。こうして温厚なモンスターばかりの地域だからこそ、ああいった大都市が築かれたのかもしれない。


「(……ゲーム内では余り思わなかったけど、このサイズの虫って普通に怖いよな……)」


 恐る恐る近寄ってみれば、こちらを気にする素振りは見せるものの、極めて温厚そうではある。しかし、小さいサイズだからこそよく見なければ分からないグロテスクさが、一瞥しただけでわかってしまうのはかなりの難点だ。俺自身、特筆して虫の類が苦手というわけではないが、苦手な人が見れば卒倒モノの生物だろう。


 「(確かこの辺のモブはレベル4くらいだったよな……)」


 ふとそんな思いが脳裏をよぎる。開始都市の周辺、低レベル用のエリアなのだから、勿論その周囲に配置されているモンスターは低レベルなものだ。

 もしかして、それくらいならいけるのではないか?と、つい思ってしまったのだ。

 勿論、ゲーム内のレベルという概念と、この俺が今立っている世界に存在するモンスターの強さが共通であるという保証はどこにも無い。ただそれはやってみない事には分からないものでもあった。


「(倒したら経験値がもらえて、レベルが上がるかもしれないしな……)」


 今のところ、現実世界(ここがエオルゼアという世界であると仮定して、俺がもともと暮らしていた現代日本社会の事だ)となんら変わらぬ様子だ。ホットバーや、パラメータを表示するウィンドウも何も見えないし、もちろん大きな蜂の頭の上に、名前とレベルを表示した文字が浮いているわけでもない。本当に、現実世界と同じ様に、異世界情緒のあるただそういった空間に立っている、という事実しか存在していなかった。

 どうだろう、もしかすると『レベルを上げる』という概念を実行することによって、いわるゆ異世界転生もののようにパラメータやらウィンドウやらが現れたりするのだろうか? 異世界転生では、転生した者が何かしらチート能力を授けられていることが大多数だ。エオルゼアに転生した時に授けられているチート能力が何になるのかは全く想像がつかないが、やはり超える力的な何かが授けられているのだろうか。その力に目覚めれば、AOEや詠唱バーが見えたりするのだろうか。もし現れたらHUDの整理から始めよう。そうしよう。サブキャラを作った時、真っ先にやることだ。

 よし、と口内で呟く。初期装備なら何かしら武器も持っているはずだ、と腰に手をやれば、


「……あれ?」


 ずーっとメインジョブはナイトだった俺だ。腰には片手剣、背には盾、それがナイトが常日頃から携えている二つの装備だった。先ほどまでゲーム内のことを思い出していたから、自身がそれらを装備している気になっていたのだが、


「(そうか、手ぶらだったか、俺……)」


 高揚した気分に水を刺されたようだった。

 先ほど自身が身にまとっている服装を確認した際に、己が武器と言えるものは何も持っていないことは目視していたのだから、完全にただのうっかりだ。自分のことを、今まさに作成された新規キャラクターで、新規キャラクター向けに最低限の武器が配給されているかのように思っていた。


「まぁ、いいか」


 一瞬落胆した心地になりかけるが、しかしそれもすぐにどこかへ消える。

 なぜなら、ここはエオルゼアなのだ。

 その事実を思うと、胸がいやに高鳴った。

 夢かもしれないが、ここまでリアルな夢ならば夢でもよかった。アーリーアクセスが開始する数分前の時よりも、わくわくしていた。こんなにテンションが上がっているのは人生で初めてかもしれない。こうして目覚める前、トラックに引かれそうになっていた事なんて、思慮するに値すらしなかった。

 分かるだろうか。

 それほど俺は、この世界のことが好きだったのだ。


「…………うおぉーー!エオルゼアだー!!」 


 思わず叫んだその声は、中央ザナラーンに響き渡った。 




称号:レジェンドのヒカセン エオルゼアに転生する ~いよいよ異世界だなぁ、オイ!!~

Final Fantasy XIVのアンオフィシャル小説サイトです。 ひょんな事から自分が遊んでいたTVゲームの中の世界に転生をした男の半生を綴った物語。