Hyur-Midlander / Halone
Class:------ / LEVEL:01
Location >> X:14.0 Y:11.6
ザナラーン > ウルダハ:ザル回廊 > サファイアアベニュー国際市場 > --
ひとまず俺は、己の探究心が赴くままに、ザル大門へと足を向けた。先程は気が付かなかったが、チョコボキャリッジや行商人のような格好をした人間が俺と同じように門を目指している(恐らくは先程俺が叫んだ歓喜の叫びも彼らに届いていただろうが、テンションがぶち上がっている俺にそんなことを気にする機微は存在していなかった)。
ゲーム内での中央ザナラーン、しかもこんな初期の初期に来るような場所は、ゲームを始めたての若葉キャラがたまにウロウロしているだけの場所だ。たまに出現するNPCも、FATEが時間切れになり失敗すれば、その場から消えていく。決して悪く言うつもりでは無いのだが、少なからず寂しさを覚える風景ではあった。
しかし、だ。現実はきっとこうなのであろう。
大門に近付くにつれ、明らかに活気のある都市に近付いているのが分かる。門の前では商品であろう荷物がキャリッジから積み下ろされ、誰しもが忙しなく動き続けている。中には初めて大都市に来たであろう、辺りの賑やかさに圧倒された様子で周囲を見渡す者もいた。
そして、それらの種族は様々だ。
駆けていく小さな人影が子供かと思えばララフェルだし、自分の胴体ほどもある腕を持つルガディンが横を通れば思わず身が竦む。なにかロープのような物が宙を泳いだかと思えばミコッテの尻尾だし、それは、彼ら全員の髪色や肌の色、瞳の色すら人それぞれ違う事を些末な事に感じられる様子だった。『他種族』という概念が有る世界とはこういう感じなのか、と少なからず思い入る。
想像するのと実際に見て肌で感じるのでは、全く臨場感が違っていた。都市内から蛮族を排斥しているウルダハでこれなのだから、リムサ辺りに行けば更に驚きを得るのかもしれない。
そして、本当に、あれほど見知った場所だと思っていたこの土地が、見るもの全てが新しく感じられた。
まず感じたのが、大門から大樹への距離感の違いだ。ゲームの中ならば、これくらいの場所はマウントに乗って十数秒の距離だろう。徒歩だとしてもさして時間がかかるという程でもない。しかし、俺が大門の近くまで辿り着くのに体感だが三十分前後はかかった。それは、なんやかんやと辺りを見渡し、まっすぐに大門へ向かって歩いていなかったという事もあるが、
「(確か、エオルゼア時間だと、大門から大樹まで徒歩移動すれば三十分くらい経過してた気がするな……。)」
暇な時、ふらふらとエオルゼア中を散歩していた時のことを思い返す。現実世界では数時間の事だが、エオルゼア時間では何度も昼と夜が繰り返された。おそらく、実際に歩いてエオルゼアを縦断するにはかなりの日数が必要になるのだろう。
それに、商売で知られる大都市に有る一大マーケットが、数秒で通り抜けられる程度の広さしか無ければそれは名に偽りがあると言うものだろう。
果たして門の向こう側はどうなっているのだろか、と期待に胸を膨らませる。門の両脇には銅刃団の衛兵が立っていたが、特に検問のような事はしていないらしい。どちらかと言うと、モンスターが都市内に入ってこないよう見張っているのだろう。
キャリッジは中に入れないようだったが、降ろされた荷は(恐らくアラミゴ人であろうハイランダー達によって)門の中へと運び込まれて言った。
俺もその行商人達に紛れて門を抜けようとする。記憶では、この先には貧民がたむろする殺風景な広場が有り、その右手に露店が並ぶサファイアアベニュー国際市場が有るはずだ。一体どんな街並みなのだろう、そう思うと逸る気持ちが止められなかった。
荷物の多さで通行が滞りがちな人混みを足早に抜き去り、門の先の広場に出る。
果たしてそこには、国際市場という名に相応しい光景が広がっていた。
「(すっげー……! めっちゃ人居んじゃん……!!)」
この景色をゲーム上で作ろうとするならば、途方もない時間とお金、そしてそれが動くハイスペックなPCが必要になるだろう。それほどサファイアアベニュー国際市場は賑わっていた。
自分の店の商品を売り込む声、それを値切り買い叩こうとする声、見るからに金持ちそうなララフェルが屈強な男を顎で使う様子、それら全てを妬ましそうに睨め付けている薄汚れた格好の男達、マーケットボードの前で何かを相談している冒険者、貨幣を勘定する音、その群衆の中を駆け抜けていく子供達。
全てがゲーム内の、少し簡略化された景色を通して、俺が脳裏に描いていたウルダハそのものだった。
「(…………なんかもう、泣きそう……)」
その光景に思わず涙腺が緩む。なんとか堪えたのは、先程から、門番の銅刃団が訝しげな顔をしてこちらを見てくるし、急ぎの行商人達が道の真ん中で立ち止まる俺を忌々しそうに睨んでくるからだった。
決して怪しいものではないですよ、と、なるべくお上りさんに見えるよう周囲を眺めながら、人混みに紛れていく。(いくらこの世界のことを事細かに分かっていようと、辺りのものは実際に物珍しかったし、俺の様子は本物のお上りさんとそう違いは無かっただろうが)
色鮮やかな果実に野菜、長期保存用の加工が成された肉の塊。きらびやかな宝石に、つやつやとした光沢のある様々な色の布地。数々な種類が取り揃えられた武具や鎧。あれは白魔法や黒魔法に使うものだろうか、少しおどろおどろしい雰囲気をまとっている錫杖や木の枝たち。もちろん出来合いの食事を売っている店もあるし(そういった店はおおよそが計り売りをしていた)、今この時分の世界情勢がどうなっているのかは分からないが、入手が難しいであろう柿や筍といった物まで取り扱っている店もある。恐らくあれは東アルデナード商会の露天なのだろうか、と思いつつそれらを横目に通り過ぎる。
横目に通り過ぎるだけなのはなぜなのか。それは俺が、買い物などをできる身分では無いからだった。
大門をくぐるまえに、取り急ぎ自分の所持品は確認していた。せめて何かしら武器になるものは無いのか、とポケットや腰に下がるポシェットをあさったものの、それらはまるで空っぽだった。
然るが故に、金銭といったものを俺は全く所持していない。もちろん、売って小銭になりそうなものすら持っていなかった。
最終手段で身に付けているものを売るという選択肢が有ったが、それは本当に最後の最後まで取っておいた方がいいだろう。手甲のようになっている革手袋は、少なくとも猫(現代日本社会で言う標準的なネコチャンを指している。)の爪や牙くらいなら防げる強度な気がした。もちろん、この世界の猫がネコチャンであるとは思ってもいないのだが。
「(とりあえず……冒険者ギルドに登録しに行ってみるか)」
この世界を模したゲームの物語は、冒険者ギルドに登録するところから始まる。無一文の俺でも、何かしら仕事を斡旋してもらうだとか、ちょっとした支度金を貰えたりはないだろうか、そう思う。
「(やっぱりモモディさんが居るんだろうか?)」
栗色の髪をもつ、デューンフォーク族のララフェルを脳裏に描く。たしかゲーム内では彼女が女将を務めるラウンジ「クイックサンド」が冒険者ギルドの受付を兼ねていたが、実際にそうなのだろうか。
「(いざ行ってみて、何が?みたいな顔されたらちょっと傷付くな……)」
そんな事を言っても何も始まらないか、続けてそう思う。
ゲーム内でのエオルゼアの事は、おおよそを把握しているつもりだったが、果たしてその知識がこの世界で当事者となった時に通用するのかは分からないし、何をするにも当たって砕けるしかない。
人通りもごった返すというほどではなくなった頃、ザル回廊とナル回廊の区切りとなる二つの門が見えてきた。手前の門にはマーケットを示す垂れ幕が下がっており、こちら側が市場であることを表している。その向こうには、ウルダハの目抜き通りであるエメラルドアベニューが続いていた。
人だかりは少なくなったものの、それでも賑やかさは衰えなかった。
市場での賑やかさが商売が生む活気であれば、こちらの賑やかさは、冒険者たちが立てる武器や防具の重厚な音がかなりの割合を占めている。
クイックサンドが冒険者ギルドを兼ねているのは、恐らく間違いないのだろう。クイックサンドの開け放たれたドアを冒険者ぜんとした見た目の者たちが多く出入りしているのが遠目にも分かった。
「おぉ……」
そこに出入りする彼らは、無骨な鎧を身に着けた剣術士や、麻のローブを身にまとった呪術師、身軽そうなシャツやハーネスの格闘士が多く見受けられる。有り体に言ってしまえば、そこまでILが高そうな装備を着ている者は居らず、それがまた始まりの街っぽさを感じられて好ましかった。
よし、と意を決してクイックサンドの前にある階段に足をかける。大樹の下で目覚めてから、ずーっと気分は高まりっぱなしだった。
開かれたままのドアを抜ければ、中は少し薄暗い。円形の室内は二段になっていて、外周の少し高くなった段が通路と各種受付、内側の低くなった段にはテーブルと椅子が備え付けられている。さらに少し低い円状の窪みは鉄製の飾りで囲われおり、中には透明な水か湛えられていた。その真上に垂れ下がる植物が、店内の雰囲気をオアシスのような雰囲気に彩っている。
「(すげぇ賑わってんなぁ……)」
取り分け人の列ができているのは、カウンターの要所要所に青いライトが灯されている受付だ。そこで冒険者たちは薄手のカードの様なものを受け取っているようだった。一瞥しただけで、それがリーブカウンターである事はもちろん分かっていた。なんというか、旧FF14のオープニングムービーのような雰囲気だ。
「(まだリーブでのレベリングが活発な頃なのかな、それとも常にこうなのか……?)」
つい、この世界がゲーム内のパッチでいうとどれくらいの時間軸なのかを考えてしまう。もし俺が「英雄」である場合、物語の始まりである現在は2.0の頃合のはずだ。少なくとも、現在それを否定するような要因は、周囲には見受けられなかった。
「(そもそも俺は誰なんだ?)」
ふと、そんな思いが脳裏をよぎる。
俺が「英雄」であるのならば、それは歓迎して憚らないが、自分自身の身体には釈然としない点がいくつか有るのだ。俺がFF14というゲームの主人公としてここに立っているのか、とか、このままメインクエストが進んでいくのか、とか、そんな事よりも「俺自身」の存在が我ながら不明瞭だった。
まず気になったのは、ふと口からついた独り言の声が余り耳馴染みのない声である点だった。元々特にイケボという訳でもなかった俺だが、今現在喉から発声されるそれは我ながらいい線行ってるんじゃないかと思うような声だ。そして、
「(…………上腕のガタイが良すぎる……)」
それは上腕だけではない、自らの手荷物検査をした際に触れた腹部はガチガチの硬さだったし、見てはいないが恐らくそれは割れているだろう。太腿も、緩いズボンを履いていなければ、少し力を込めただけで布地が張り詰めてしまう筋力を感じていた。
勿論俺は、もともと大して鍛えている訳でもない、たまにゲームにのめり込んで寝食を忘れるようなヒョロい男だ。身長は多少有ったが、それが逞しさに繋がるどころか、自身の細長さに拍車をかけているようなものだった。
そうだ、と思い、店内の中央へ足を向ける。その、中央に溜められている水へと向かうためだ。
「(これで分かるって訳だ)」
恐る恐る覗き込んだその水には、思った通り、朧げながらの俺自身の顔が映りこんだ。
「うおっ」
思わず声を上げたのは、それが余りにも見知った顔立ちだったからだ。
勿論それは、エオルゼアで目が覚める前の俺とはまるで違う顔立ちだ。
少しくすんだ金髪に、彫りの少しふかめな自信のありそうな目鼻立ち。瞳の色は、少し濁った水色だった。薄い唇は、俺が驚きの声を上げたことによって少し開かれている。
特にこれといった特徴が有る訳では無い顔だが、見間違うはずのない顔だった。それは、
「(俺じゃん……)」
勿論、純日本人である現実世界の俺である筈がない。それは、俺がFF14内で日夜操作していたキャラクターの容姿そのままだった。
俺は余りキャラクリに興味が無い方で、幻想薬も一度しか使ったことが無い。その唯一の時でさえ、固定のモンクに「男じゃなくてハイパー可愛いメスッテチャンでMTやれよぉ!!!火力出すからよォ!!!!!!」と迫られた故にである(なおそのキャラクリはモンクのお気に召さなかったようで、モチベが下がるから戻せと言われた。なので幻想薬を使ったのは実際通算二度である)。
なのでこの顔との付き合いは本当に長かった。俺はこのキャラでエオルゼアに降り立ち、英雄と呼ばれるようになり、竜詩戦争に終止符を打ち、ドマ、次いではアラミゴを奪還し、更なる土地でもその名を轟かせた。
その名は「Haruo Naitou」。
「(いやそのクソダサいのは分かってんだけども)」
別に元々そんな名前だった訳ではない。ゲームを始めた瞬間は、このキャラクターにもしっかりと種族の命名規則に因んだ名前がついていた。ただそれは、ゲーム開始時にランダムで決定できる名前を適当にポチポチして決めただけで、これといって思い入れの有る名前というわけでもなかった。
だからといってなぜこんな名前にわざわざ変更したのかというと、理由が有るには有るのだ。メインジョブをナイトと定めて、ウェポンスキルの「レイジ・オブ・ハルオーネ」を習得し、ナイトと言えばハルオ、という雰囲気が出始めたころ、俺はずっと思っていた。
「(俺の本名、内藤春生なんだよなぁ……)」
ナイトウでハルオ、なんというか、あまりにも合致してしまう名前だった。
同じようにFF14をプレイしているリアフレに名前でいじられるようになった頃、俺は思い切ってゲームキャラの名前を本名に変えた。もちろんそれは、誰もそれが本名だとは思うまいという考えがあってのことで、決してネットリテラシーが低いわけではない、多分。
実際、既にメインジョブがナイトということはフレンドたちの間でも周知の事実だったし、すんなりとネタネームとして受け入れられた。
「(そうか……俺は俺だったのか……)」
そんな、殆ど言語としてアウトプットできていないような事を思ってしまう。
これは、俺が見ている夢なんだろうか? それとも、本当に異世界に転生してきたのだろうか? しかしそれなら、俺がゲーム内でプレイしていたキャラクターの見た目がこうして反映されているのはなぜだ? ここは一体……それだけは、考えてはいけないような気がする。
水を刺すんじゃない、とこの世界を楽しんでいる俺が、心の奥底にいる冷静な自分に言い放つ。そんなことどうでもいいだろう、と。お前の顔がお前のキャラだったってことは、お前が主人公ってことだ。いいじゃないか、と。
現実世界に未練は殆ど無い。有るといえば、音信不通になって固定メンバーに迷惑を掛けてしまうこと位だ。だが、固定メンバーの誰しもが、俺と同じ境遇になれば同じ選択をするだろう。
こうして自らを客観的に眺めてしまったことで、つい今まで考えないようにしてきたことが溢れそうになってしまった。
やめておけ、考えても無駄だ、俺がそう言う。何も考えるな、と。
何も考えず自らの顔に触れれば、もちろん水鏡の中でも、金髪の男が指先で顔に触れていた。
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