Hyur-Midlander / Halone
Class:------ / LEVEL:01
Location >> X:11.7 Y:9.2
ザナラーン > ウルダハ:ナル回廊 > クイックサンド > --
「ねぇ、おきゃーくさん!」
「うわっ!」
どれくらいの間だっただろうか、俺は水面を見つめたまま、ぼうっとしてしまっていた。
それを妨げたのは、突如背後から掛けられた、少しだけハスキーな女性の声だった。
びくり、と肩を震わせ後ろを振り返れば、ミコッテの少女が立っていた。渋い緑色のワンピースに、腰から膝あたりまでを覆う白いエプロンをつけた彼女は、少し焼けた褐色の肌に、赤茶の髪と金色の瞳がよく似合っている。サンシーカー特有の猫目は、真っ直ぐこちらを見つめていた。
「さっきからボーっとしてどうしたの? 大丈夫?」
かしげる首に合わせて、頭の上についた獣耳が、ぴょこ、と少し動く。それは本当に自然な動きで、俺はつい、
「(うわあ、すげぇ、本物だ……)」
突然話しかけられた驚きからか、俺が先ほどまで悩んでいた事は何処か遠くへ飛んでいってしまった。それよりも、目前の少女に思考が引き寄せられる。
あまりミコッテには興味が無かった、というか、特にこれといって入れ込んでいる種族も無かった。しかしこうして目の当たりにすると、やはりというかなんというか、クるものが有る。そもそもがこの世界、美男美女が多いのだ。皆目鼻立ちが華やかで、日本人離れした顔つきが多いということも有るだろう。この世界ではこれくらいの顔立ちが平均的なのかもしれないが、俺にとっては十分美少女の部類に入るミコッテだった。
こちらが彼女の耳を凝視したまま動かなくなってしまったことによって、その猫目はさらに懐疑的な目を向けてくる。それに気付いた俺は慌てて、
「あ、ああ、えっと……冒険者ギルドに登録しようと思って」
「ああ、なるほどね! それじゃあウルダハに来るのは初めてって感じ? 随分と物珍しそうにしてたけど」
先ほどまでの懐疑的な眼差しはどこへやら、合点がいくと、にこ、と満面の笑みを浮かべてくれる。
「うん、つい色々面白くてさ……ええと、クイックサンドでギルドに登録できるっていうのは、間違ってないよな?」
「有ってるよ! ここクイックサンドが、冒険者ギルドの窓口。 ちょっと待ってね……モモディさーん! 新米冒険者さんのお越しだよっ!」
ぱたぱた、と手を振り声をかける方向には、宿屋の受付の隣にカウンター席が並んでいる。そのカウンター席では数人がカウンターの向こう側にいる人影と話し込んでいた。
あら、と声を上げた人影は、カウンターにたむろしていた冒険者たちに二言三言話しかけ、彼らを追い払う。そして、
「いらっしゃい! 冒険者として登録しに来てくれたのね?ウルダハへようこそ!」
にこり、とこちらを見て微笑むララフェルは、FF14に登場するNPC、モモディ・モディその人だった。白いブリオーに身を包んだ彼女は、微笑んだままこちらに手招きする。その様子を見ていたミコッテは、
「じゃあね! あとでクイックサンド名物のクランペットでも食べていって!」
と、礼を言う間もなく、こちらの肩を軽くたたき、自らの仕事であろう給仕に戻っていった。
「(元気な子だ……)」
クイックサンドの中でも人気の店員なのだろう。知らないけどきっとそう。そんなことを思いつつ、モモディの立つカウンターまで歩み寄る。そして、
「こんにちは、冒険者ギルドに登録させてください」
「あらあら、礼儀正しい子ね。もちろん、大歓迎よ!最近はアマルジャ族との諍いも絶えなくて、常に人手不足なのよね」
ちょっと待ってね、とモモディは背後から分厚い本のようなものを取り出してくる。しばらくパラパラとページをめくり、カウンターに広げて置く。
「それじゃあ、登録する前にちょっとだけお話をさせてね」
こくり、と頷けば彼女も頷き返してくれる。
「わたしはモモディ、ここクイックサンドの女将をしているの。ウルダハの冒険者ギルドの顔役ってところかしらね。そしてこれは……冒険者になろうとしている子たち皆にしている話なんだけど、『第七霊災の後遺症』って、あなた、知ってる?」
「あぁ、ええと、あれですよね……確かに霊災の最中、エオルゼアの危機を救おうとしていた英雄たちが居るはずなのに、誰しもが彼らの名前も、顔も、思い出せないっていう」
「うんうん。分かってるなら話が早いわね。そう、その英雄たちのことを、わたしたちは忘れていない。だけど後遺症の影響か、その名を呼ぼうとすると、日に焼けた書物の如く、読み上げられず……その顔を思いだそうとしても、強烈な日差しの中にある影のように見えない……」
それは、ゲームを開始してすぐ、冒険者ギルドへ登録しにいった時に彼女が語ってくれる内容、そのものだった。
「わたしたちは、その英雄の事を敬意をもって『光の戦士』って呼んでるわよね。わたしたちは、あなたたち冒険者の力を必要としているの。ウルダハに暮らす皆の不安を取り除くため、光の戦士たちのようになってくれることを期待してね」
もちろんだ、と思った。俺が……俺こそが英雄たる光の戦士そのものになる、なってやる、と。これはきっと、俺の光の戦士としても物語が始まったところなのだ。大樹の下で目覚めてから、今が一番どきどきしていた。
モモディと会い、話をする前は、なんだかんだいって少し懐疑的な面も有った。テンションのあまり、それは思考の隅へと追いやられてはいたが、俺はいったい誰で、なぜこうしているのか、という疑問は少なからず自分に付きまとっている。
しかしこうして、ゲーム内で聞いた文言をそのまま聞くと、まさに自分自身があの物語の主人公である実感が溢れるように湧いてきたのだ。
そうだ、俺はきっと、ハイデリンに召喚された光の戦士なのだ。そして、ゆくゆくは英雄として、名を轟かせる……。
「もちろん、任せてください!」
思わず身を乗り出し、モモディにそう返答する。
「うふふ、いいわね、その意気よ!ぜひその力を私達に貸してちょうだいね。その代わり、あなた達冒険者への協力は惜しまないから。」
「はい、頑張ります!」
それじゃあ、と彼女は先ほど広げた本を差し、机の隅からペン立てを寄せてくる。
「ここに、あなたの名前をサインしてくれる? それで、冒険者ギルドには登録完了よ」
その本には、見慣れぬ文字が羅列されていた。いや、見慣れぬというほどではない。それは恐らく、エオルゼア文字だった。エオルゼア文字であるということは分かるのだが、しかしそれを解読できるほどの知識は無い。我ながらエオルゼアに精通している自負はあったが、さすがにエオルゼア文字を習得まではしていなかった。
ええと、と、尻込みしていたら、
「あぁ、もしかして字が書けないのね?」
「あはは……そうなんです、すいません」
「恥ずかしがることないわ、そういう子も沢山来るから……冒険者に読み書きが必須かと言われれば、そうでもないからね。それじゃあ、わたしが代筆するけど、いい?」
「はい、お願いします」
くるりと本の向きを自分の向きに合わせ、ペン立てから羽ペンを抜き取り、インクに浸す。そんな彼女に、俺は本名でもあり、このキャラクターの名前でもある名をそのまま告げた。
「ナイトウ・ハルオ……? 変わった名前ね。もしかして、遠いところの出身なの?」
「ああ、えっと……祖父がひんがしの国出身で、そっちの名前なんです。俺自身は生まれも育ちもザナラーンなんですけど」
「あぁ、なるほどね、ひんがしの……。じゃあ、ファミリーネームがナイトウで、名前がハルオってことかしら?」
「はい、それで有ってます。モモディさん、よく知ってますね」
「まぁ、それだけウルダハには色んな人が集ってくるっていうことよ。それくらい知ってなくっちゃ顔役なんてできないんだから」
くすくす、と笑う彼女は、種族がララフェルということもあって無邪気な少女にも見えかねない。女性にこういうことを思うのは失礼かもしれないが、確かかモモディは年齢不詳で、しかしそこそこの齢だった筈だ。それでもこうした印象を彼女に抱くのは、ララフェルという種族が持っている魅力の一つなのだろう。
俺の名前を書きおわり、羽ペンをペン立てに戻したモモディは、よし、と呟く。
「それじゃあ、あなたは今から冒険者ギルドの一員よ。あらためて、よろしく頼むわね」
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
「ウフフ、がんばってね。何かあれば相談に乗るわよ ……でも、人生相談はお断り! 恋愛相談なら考えてあげてもいいわ」
「機会が有れば、相談しにきます」
笑いながらそう返した俺は思う。
「(やるぞ……!)」
俺の光の戦士としての冒険がここから始まるのだ。そしてそれは、後々英雄の冒険として語り継がれることになるのだろう。誰もが一度は考えたことが有るのではないだろうか?
自らが物語の中に入り込み、主人公として動いてみたい、と。その願望を疑似的に叶えてくれるのがロールプレイングゲームであり、FF14でもあった。そして俺は今、その願望が実現された、夢のような世界に立っているのだ。
大樹の下で目覚めてから、幾度もこれは夢ではないのか?と思い続けている。それと同時に、夢ならば覚めてくれるな、とも。先ほど少し考え込んでしまったが、そんな事はどうでもいい、という結論が早々に出た。最早、そんなことはどうでもいいと、大手を振って言える心境だった。
ただ、これから広がっていくであろう冒険……それが、楽しみで仕方なかった。
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