Hyur-Midlander / Halone
Class:GLADIATOR / LEVEL:02
Location >> X:20.3 Y:23.5
ザナラーン > 中央ザナラーン > ブラックブラッシュ > --
「(苦労とかそんなもんじゃねぇ……)」
はー、と深く息を吐いた俺は、再び、荒涼とした大地に戻ってきていた。あの時は大地を青い空が包んでいたが、今や日が暮れ、周囲は赤く染まっている。岩肌の向こうに沈んでいく太陽を眺めつつ思うのは、
「(精神的にしんどすぎる……!)」
鍛え抜かれた身体であっても、精神の方が追いついて来なかった。最初は元々の身体よりも身軽に動けるこの鍛えられた体躯を楽しんでいたものの、少し調子に乗りすぎたのであろう、すっかり動けないほど疲れ果ててしまっていた。
「(ギルドでしごかれた後、ちょっと休憩したほうが良かったか……)」
剣術士ギルドの洗礼を受けた俺は、息も整わぬ内に指令を出され、ウルダハの外に放り出されていた。その指令は、今教えた技を使い、モンスターを退治してこいというものだった。指令自体はゲーム内のクエストでも予習済みの、近隣に巣食う害獣である「マーモット」「ヒュージ・ホーネット」「スナッピング・シュルー」をそれぞれ三匹づつ討伐する定番のやつだ。
それ自体はいいとして、剣術士ギルドで教わった技が驚きを生むものだった。
「(ハルオまで教えられたけど、ぜんっぜん使えなかったな……)」
FF14には、コンボという概念がある。特定のアクションを決められた順序でヒットさせることで、ダメージや追加効果にボーナスを得ることができるシステムだ。近接ジョブであれば、基本的にコンボを使用して戦闘を行う。近接ジョブであるナイトにも、勿論コンボは存在していて、その三段目がレイジ・オブ・ハルオーネというアクションだった。少し前にも思い返していた技だ。略称がハルオである。
これは型のようなものだ、と剣術士ギルドのルガディンは言っていた。
「まずファストブレード、そしてライオットソード、最後にレイジ・オブ・ハルオーネだ。よく見ていろ」
彼の声に合わせ、ハイランダーの男がギルドの片隅に置かれている木人めがけて斬りかかる。まずファストブレード。上段からの袈裟斬りだ。しかしそれだけに留まらず、深く切りつけた刃を横に払うよう素早く抜き去る。次いでライオットソード。手のひらを外側に向けるよう手首を捻り、腰を入れて剣を突き込む。ここまではどうにか見て取れた。そして最後、レイジ・オブ・ハルオーネ。これはもう、見ていても、彼がなにをしているのかまるで分からなかった。剣が音を立て空を幾筋も切ったのはなんとなく分かったが、その素早い動きに全く目がついてこない。
どうだ、とルガディンが言う。
「これが基礎となる三つの型だ。これを応用して、木人相手じゃなく実践で臨機応変に使いこなせるようになって、一人前の剣術士だ」
そして始まったのは、怒濤の訓練だった。まず剣の握り方がなっていない所から始まり、構え方が違う、もっと敵を見据えろ、腰を入れろ、本当に殺る気が有るのか、鍛えているのは身体だけか、などと様々な暴言……鼓舞の言葉をかけられ、そのまま俺は、握力が無くなるかと思うほど木人へ打ち込まされた。
「型を覚えたからといって、それに囚われすぎるなよ」
そう、実演してくれたハイランダーは言う。
「相手の出方を見て、今ならこの型がキマる、っていうタイミングで使うんだ。同じことばっかしてっと読まれちまうしな」
世の中には型を上手く用いて戦う冒険者も居るらしいが、それは熟練の技術を持った者か、生まれついて才能を宿している者くらいにしか出来る戦い方ではないらしい。決まると強いが、基礎的な技術として広く知れ渡っているため、相手もそれの対策を打ってくるのが常だ。ゲーム中ではコンボと呼ばれていたそれらの技は、講じられた対策を捩じ伏せ押し切る技量が必要なようだった。
まぁそれも、対人に重きを置いた場合の話だ、と言われたのは、俺の手に剣の重さが馴染んできた頃のことだった。どうにかファストブレードの動きが様になって来た俺に、もう一人のハイランが声をかける。
「モンスターはそんな常道なんて知らねぇからな。そのへんの弱ぇやつ位なら、今のお前でもなんとかなるだろ」
言われてみればそうか、と思った。剣術士ギルドはコロセウムでの試合に重きを置いているが故に、彼らが教える技術も対人向けのものとなっている。そりゃあモンスターは人間の常道なんて知ったこっちゃ無いよなぁ、と思っていると、受付のララフェルが一枚の紙を持って近付いてきた。
「そんなナイトウさんにお仕事のご案内ですぅ~。なんとか剣も扱えるようになってきたと思うんで、ウルダハ近辺の害獣駆除に行ってきちゃってください!」
大丈夫、大丈夫、いけるいける、余裕余裕、そんな言葉に後押しされ、気が付いたら俺は再び中央ザナラーンに舞い戻ってきていた。はぁ、とため息をつく。
「(いやー、疲れた……)」
実際にモンスター相手に剣を振るった今、俺は完全に疲れ果てていた。もう少し休んでいこう……そう思いつつ、先ほど体験した事象を思い返していた。
●
受付嬢に渡された紙には、指定の害獣の特徴及び生息地域、討伐数、報酬などが記されていた。勿論、そこに記されていることが読める訳ではない。それは図画を交え、文字の読めない者でも理解できるように記された指示書だった。
これを見るに、やはりエオルゼアの識字率はさほど高いものではないらしい。文字や言語について学べる機会が有れば学びたいとは思うのだが、なぜか会話には不自由していないことがその優先順位を下げていた。
記された文字についてはは未知の言語として認識しているのに、俺が話している言葉は勿論、人々が話す言葉はどれも普通の日本語として俺には聞こえるのだ。
恐らく、彼らが実際に話している言語は、このエオルゼアの共通語なのだろう。
なぜそれらが日本語に翻訳され俺に聞こえているのか、そして俺の言葉がなぜ日本語なのに相手に通じているのか、それについては全くもって理由は分からない。ご都合主義じみた何かなのだろうか。
まぁそんなことはどうでもいいか、そう思う。言語の不安がないのはいい事だ。
先述した、三体のモンスターについて、回想を再開する。身体を動かせば動かすほど、手に馴染んでいく剣に気を良くした俺は、すぐさまその覚書を元にモンスターを探すべく中央ザナラーンを歩き回った。 まず目に付いたのは、俺が目覚めた時にも目撃した大きな蜂、ヒュージ・ホーネットだ。恐らくは昼行性なのだろう。木々が繁る場所ならばすぐに見つけることができた。こうしてフィールドを歩き回って分かったのは、ゲーム内のように、往来に堂々とモンスターがうろついているわけではないという事だ。目につく場所にはいないが、少し道を逸れると現れる。人通りの有る街道に現れることはないが、逆に、街道を逸れてしまいさえすれば、そこはもはや人の領域ではなくなるということなのだろう。
その時見つけたヒュージ・ホーネットも、相変わらずこちらに興味を示すことは無く、木々の間を飛び回っていた。俺はそれに、じりじりと近付いて行く。相変わらず、ゆっくりと近付けば、殆ど警戒されることはなかった。
ふ、と静かに息を吐く。剣を持つ掌に、改めて力を込め直す。足場は安定している。大丈夫だ。少し腰を落とし、両足を肩幅に開く。そして、
「くらえ! ファストブレード!!」
流石に少し恥ずかしかった。
これ次からはやめとこう絶対そのうち恥ずか死ぬ、その思いは確かに雑念だったが、手元に感じた手応えは確かなものだった。上段からの袈裟斬り、それを返す頃には、ぎ、と声を上げた大きな蜂が足元に落ちていた。
まだ生きている、と直感する。地面の上でもがく蜂は、自分を襲う危機に対して、なんとかして一矢報わんと羽根を動かしていた。どうする、と次いで思う。しかし迷っている時間は数瞬しか許されない。もがく蜂の動きが成就し、俺に向かって飛び立とうとした瞬間、その胴体を俺の剣が上から突き刺し、地面に射止めていた。
暫くはバタバタと羽根が揺れたが、それもすぐに収まり、辺りに静寂が戻って来る。
「……よし」
ほ、と息をつく。これ位ならなんとかなりそうだ、そんな安堵の思いが湧き出てくる。
ギルドで渡された紙には、モンスターを討伐したことを証明するために、それぞれ指定された部位を持ち帰ること、と記されていた。ヒュージ・ホーネットはその羽根を持ち帰ることが奨励されているようだ。
「……ちょっとグロいな」
気持ちの良いものでは無いが、背に腹はかえられない。素手で持って帰ってくるの嫌でしょ~、とギルドの受付が渡してくれた大きな皮袋に、もぎ取った蜂の羽を無造作に突っ込んだ。
「(よし、次だ)」
そこからはトントン拍子だった。指定されたモンスターを見つけては一太刀浴びせ、勝利を手に取る。ゲーム内のように、一発殴っては一発殴られ、といった拳の応酬ではなく、一撃で片がつく事が大半だった。
ヒュージ・ホーネットの三体目を倒したときだった。ふと思ったことが有る。
「(……レベル、上がんねぇな、これ)」
勿論これは、モンスターを倒すことが自身の経験にならず、己を向上させるにおいて意味を為していない、というニュアンスの隠喩ではない。本当に言葉そのまま、レベルが上がるという事象に出会えていない、そういった意味だった。
今のところ、ゲーム内におけるメタ的な表現とは一切出会えていなかった。レベル、経験値、HP、MP、今は亡きTP。それら全てにおいて、数値的にも、実感としても、感じ取れる現象は一切起こらなかった。ただ、モンスターという存在を探せば見つかるという点だけが、少しだけゲームっぽい、それだけである。
それに、ギルドで一連のコンボを教わったものの、ちゃんと自分のものにできた技はファストブレードだけだ。それも踏まえて感じたのは〝レベルがあがって技を会得する〟のではなく〝技を会得できたときにはレベルが上がっている〟という至って現実的な事象だ。つまるところ俺は〝ファストブレードが扱える程度のレベル〟ということで、レベリングに必要なのは自己研鑽あるのみ。
とても現実的で、ゲームの中の世界とはまるで思えなかった。
「(……それじゃあ、AOEも見えなかったりするのか?)」
AOE……Area of Effectの略称。つまり、攻撃予兆範囲のことだ。ゲーム内にはフィールドの一部エリアがオレンジ色で強調されたとき、その範囲内がダメージゾーンになるというシステムが存在していた。勿論目に見えている攻撃をくらうわけにもいかないので、オレンジの範囲が表示されればその範囲内から退避するという遊びだ。
これは余談だが、俺はあの表示は、プレイヤーキャラクターが持っている特殊な能力によるものだと思っていた。俺たちプレイヤーが操るキャラクターは『超える力』という特殊能力を持つ。俺は、その能力が発動し、未来を予知した結果がフィールドに表示されているのだと思っていた。昨今開発者が語っていた世界観の設定によると、どうやら別にそういった設定は無いらしかったのが残念だ。 閑話休題。ヒュージ・ホーネットはAOEを出してくるタイプのモンスターではない。俺の記憶では、ウルダハ周辺でAOEを出してくるモンスターに出会うためには、もう少し遠くまで足を延ばす必要があった。
「たしかこの先のアリが出してきたような……?」
レベル5くらいのアントリング・ワーカーがアシッドスプレーという前方範囲を使ってきたはずだった。丁度いい、そこまで行くか、そう思い俺は北の方へと歩を進める。三種のモンスター全てを倒すには、ナル大門の方まで行かなければならなかったし、AOEを出してくるモンスターはそこから更に北上したあたりに生息していたはずだった。
ザル大門から少し北上したあたりでマーモット、スナッピングシュルーを倒し、俺はそのままウルダハに背を向け、隣町へと向かう道を歩いていた。この道をまっすぐ行けば、ウルダハの隣町であるブラックブラッシュ停留所へ着くはずだ。もうそろそろ日が傾き始めているからか、街道を歩く人影は少なくなってきている。
少し先を流れる川辺には、その周りにキャンプを張る冒険者たちが火を起こしている姿も見えた。ウルダハは栄えた町だが、だからこそ物価が高い。その中で生活することが難しい者たちは、ああして野宿をしているのだ、とゲーム内でNPCが語っていたことを思い返した。
「(俺も今のままだと、ああなるんだよなぁ……)」
しみじみとそう思う。彼らを横目に道を進めば、川に石造りの橋が掛かっている。確かアントリング・ワーカーが生息していたのはこの橋を渡ったあたりだ。ここから姿を視認することはできなかったので、恐らく他のモンスターと同じように、どこか人の手が入っていないところに居るのだろう。さて、探すか、そう思った時だ。
「――――!!」
わあ、と男の叫び声が聞こえてきた。そして激しい水音。川のせせらぎをかき消すかのように聞こえて来たそれらの音は、下流の方から聞こえてきたようだった。何事か、と橋の欄干に手をかけそちらを見やる。川は、すぐ近くでカーブしていた。そのため、土が流れに削られ、川幅が大きく広がった結果ちょっとした池のようになっている。先ほど眺めていた冒険者達のキャンプは、その池の岸辺に面するよう陣取られていた。
「誰か来てくれ!!」
続けて聴こえてくる声は、その淵の中で立ち尽くす男が出しているものだった。咄嗟に欄干を乗り越え川に降りる。浅い川だ。ばしゃ、と水を撥ねさせ下流へと進むことは容易かった。
果たして声の元へ辿り着けば、先ほどまでは立っていた男が川辺に尻餅をついている。慌てた様子の彼が指さすのは、水が流れていく洞窟の中だ。
震えた声で彼が言うのと、俺がそれを視認したのは同時だった。
「エ、エフトだ……!!」
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