一章 都市国家ウルダハ - 08

Hyur-Midlander / Halone

Class:GLADIATOR / LEVEL:05

Location >> X:25.9 Y:24.2

ザナラーン >西ザナラーン > 金槌台地 > スコーピオン交易所  



 ギルドリーヴというコンテンツが有る。勿論FF14というゲーム内に存在するという意味だ。それは主にレベリング目的に使用されるコンテンツで、レベルがカンストしてからも金策に用いることが可能だ。ギルドリーヴを受注するにはリーヴ受注権が必要で、その権利は12時間に3ポイント、つまり一日で6ポイント増加する。増え続ける受注権は100ポイントでカンストし、溢れた権利は電子の海に消えていくことになる。


「(俺は溢れさせてたなぁ……)」


 そして、俺が今目前にしているリーブカウンターのシステムは、という話だ。

 カウンターで説明を聞いた限り、どうやら受注券などというものは存在せず、受けられるならばいくらでも仕事を受けていいらしい。クラフター向けの制作稼業などは量産したほうが効率がいいものも有るらしく、まとめて受けてまとめて納品する職人も多いらしい。ただ、闇雲にリーブを受注し、その仕事を達成できないままにしておくことのデメリットが理解できない人間にはリーブを受注させないというだけだ。冒険者が請け負う仕事は信用が第一、ということなのだろう。

 そのリーブを受注する方法だが、ゲーム内では各地にリーブを受注できるNPCが点在していたが、実際は主要な都市でしか受注できないものらしい。リーブカウンターが設置されているウルダハ、リムサ・ロミンサ、グリダニアの三国だ。いずれかの国でリーブを受注したら現地に向かい、その先で依頼をこなせば依頼主から報酬が支払われる。

 ウルダハではリーブカウンターの左右に掛けられているボードを見て仕事を選ぶ方式だった。ボードには様々な依頼書が貼りつけられており、自身が選んだ依頼書をカウンターまで持っていくようだ。俺のように文字が読めない人間でも、適当に何枚か依頼書を持ちカウンターで尋ねれば、依頼の詳細についても教えてもらえる。


「今日が初めてだろう? 手始めにスコーピオン交易所あたりの、近場のやつがいいんじゃないか」


 そう受付に勧められ俺が受けたのは、魔物を駆除する巡回任務と、詐欺師が交易所周辺に隠したという品を探す捜索任務の二つだ。いずれも、ゲーム内のリーブでやった覚えがある依頼だった。

 自身が請け負う依頼が確定すると、受付からリーブプレートを渡される。大きさは細長い葉書くらいだろうか。プレートは繊細な細工が施された金属のようなもので囲われており、左下には紐か何かを通せるような丸い輪がついている。縁の内側にはステンドグラスのようなイラストが描かれていて、巡回任務のプレートには踊り子のような衣装をまとったミコッテが、捜索任務のプレートには、荒涼とした大地を眺める人物が細やかに描写されていた。光にかざせばかすかに向こうが透けて見える。色ガラスを細かく砕き、それを繋ぎあわせて作られているのだろうか?それは旧FF14のオープニングムービーで見かけたリーブプレートと全く同じものだった。ガラスと金属でこんな細やかな描写ができるものなのだろうか、そう思う。


「彫金ギルドが作ってるんだよ、きれいだろう」

「ええ……すごいなあ、これは何で?」

「そりゃあ企業秘密だよ、偽造されたら困るからな」


 このプレートが、自身を冒険者ギルドのリーブカウンターでリーブを受注した者だと証明してくれるらしい。この辺りをはっきりさせておくためにもリーブを受注できる場所が主要都市に限られているのかもしれなかった。

 それら二枚のプレートは、左下の穴に紐を通され、まとめて渡された。よく見れば、金属の部分などは至る所に傷がつき、摩耗しているのが見て取れる。あまり丁寧な扱いはされていないようだった。だとしても、こんなにも手が込んでいそうな工芸品に雑な扱いをすることもできず、俺はそれをベルトに下げたポーチに丁寧に仕舞い、クイックサンドを後にした。





 ウルダハ、ナル回廊にはナル大門に加えて、もう一つ大きな門が存在する。ナナモ新門と冠されたその大門は、比較的新しく建設された門だ。その門を抜けた先には、ササモの八十階段という大階段が西ザナラーンへと誘っている。


「(八十階段って呼ばれてるのに、実際は七十七段しかないんだっけか?)」


 本日もザナラーンは晴天。濃い青空が遠くまで広がっている。その下には大門から先にちょっとした広場のようになっている丘が数段続き、西ザナラーンから見ればウルダハという国家が小高い丘の上に建っているという事が見て取れる。その広場ごとを繋ぐように、一段一段の幅が広めの、大きな階段が連なっていた。階段の中央がスロープになっていることを見る限り、ここを荷車で上り下りする商人が存在しているのだろう。  その階段を下りた先に在るのがスコーピオン交易所だ。


「(しかしまぁ、俺もよく覚えているもんだ)」


 そう思いつつ階段を下りていく。一歩足を進めるたびに、持っているもの全てが微かに音を立てた。腰に下げた片手剣に皮袋と共に背負った盾、皮袋の中に入れた小銭入れやリーブプレートが触れ合うたびに立てるその音はかなり「冒険者」っぽいものだ。


「(……いい感じだ)」


 ふふ、と微かに笑ってしまう。冒険者に必要なものとは何だろうか? 腕っ節の強さ? 的確な判断? 冒険をサポートする知識? それらすべて必要といえば必要だろう。しかし俺にとっては、それらは二の次だ。

 必要なもの、それはこの、歩くたびにガチャガチャと音を立てる足音!! これが冒険者として最も必要なカッコよさなのである。異論は認める。しかし、装備品が多いキャラクターの足音がガチャガチャしているゲームはいいゲームだ。歩いているだけで楽しいし、格好良い。

 そんなどうでもいいことを考えていると、長く続いているように見えた階段も終わりに差し掛かっていた。目前に広がるのはスコーピオン交易所だ。がやがやと聞こえてくる喧噪は、そこがに賑わっていることを教えてくれる。階段でも荷を運んでいる人と幾度もすれ違った。それらの荷は、一度ここに集められ分類された後、質の高い物がウルダハに運び込まれているというのがゲーム内の設定だった。


「(これを持っていかないとな)」


 リーブの目的地はスコーピオン交易所を抜けた少し先だったが、俺は交易所に寄る必要があった。片手に持った小包、これをスコーピオン交易所まで届けなければならなかったのだ。


「(ついついサブクエっぽい困ってる人を見かけると話しかけてしまうんだよなぁ……)」


 この小包は、クイックサンドを出ようとした時、目に付いた男から受け取ったものだった。はぁ、とため息をつくその男に、俺は少しだけ見覚えがあったのだ。どうしたのかと話しかけてみれば俺が思ったとおりで、別の街に宛てた荷物を間違えてウルダハに持ってきてしまったと言う。持って行くにも自分は長旅で疲れていて返しに行けない、だからどうしようか悩んでいたと語られるその話は、ゲーム内にも存在したサブクエストと同じ内容だった。

 ひとつ違うのは、ゲーム内では話しかけると否応なしに仕事を押し付けられるが、現実はそこまで押し付けがましくはないという事だった。男は俺に仕事を頼んでくるわけでもなく、どうしたものか、と溜息をついているだけだ。そして、つい俺は自分から進んで「それを俺が代わりに返しに行こうか?」と聞いてしまったのだった。

 流石に俺も善意100%のお人好しというわけではない、金が無くて仕事なら何でも探しているという旨を伝えれば、男は小包と一緒に、これでも換金してくれとアラグ銅貨を握らせてくれた。報酬まではよく覚えていないが、初期のサブクエストの中にはギルでの報酬ではなく、いずれかの装備か換金アイテムを選べるクエストも存在していたように思う。このサブクエストはそういった類のものだったのだろう。


「えーと、オスェルさんに渡すんだっけか」


 交易所は、簡素な木の塀に囲まれただけの露店だ。所々は、塀の代わりに滑車のようなものが付属した、見張り台のような二階建ての建物が建っている。一階部分は橋のようになっていて、そこの下をチョコボキャリッジなどが通り抜けていた。そして、そこで働いている者は皆忙しそうに辺りを駆け回り、声が飛び交っている。

 その中でも、常にくるくると動き回り、辺りに指令を出している色黒の男が居る。彼は、運ばれてきたのであろう雑多に積まれ小包群と手に持った紙を見比べ、


「だーっ! このくそ忙しいのに、荷物が足りねぇ! 誰か間違えて持ってきやがったな!?」


 空いている方の手で自身の頭を掻き回し、そう怒号する。その眉根を寄せた鋭い眼光に話しかけるのには、少し勇気が必要な雰囲気だ。


「あ、あの……」

「あぁ!? なんだテメェ!? うちで荷受けはしてねぇぞ!」

「いや、これ、ボタルフさんからここに届けてくれって、間違えて持って行ったらしくて」

「まぁたボタルフの野郎か! あいついつもせっかちでよぉ……!」


 そう言いつつ、こちらが差し出した荷物を受け取り、貼られていた宛名と手に持っていた紙を見比べる。


「うん、確かにこいつだ。あーあー助かったぜ、マジありがとな!」

「いえいえ、俺も何か仕事が無いか探してたんで」

「なんだお前、ヒマか! ヒマなんだろ! ちょうどいい、ついでに荷物配達の仕事手伝ってけ!」


 え、とこちらが返答する隙も与えず、男は手に持っていた紙束の中から一枚を俺に押し付ける。


「ベスパーベイから送られてきた東アルデナード商会宛ての荷物が見当たらねぇんだよ!この紙と同じ紙が貼られてるはずだから、探してきてくれ。三つな、三つ! 」

「わ、分かった」


 行方不明の荷物を探し出すのに、さほど時間はかからなかった。なぜなら、この依頼もゲーム内に存在したサブクエストと同じ内容だったからだ。うろ覚えではあったが、ゲーム内のサブクエストで荷物が配置されていたのと同じような場所を探せば、行方不明の荷はすぐに見つかった。それをオスェルの元に持っていけば、仕事の速さに驚かれた。それだけなら良かったのだが、そんなに仕事が早いなら、ついでにもっと働いていけと数々の雑用を任されてしまい、スコーピオン交易所周辺を駆けずり回された。

 そうやって交易所内で雑用をこなし、小銭を稼いでいた俺に声をかけてきたのは一人の女性だった。チョコボキャリッジに繋がれたチョコボの面倒を見ているヒューランの彼女は、俺を見たかと思うと、


「ちょっと、そこのお兄さん、冒険者?」

「ああ、そうだけど、どうした?」

「あなたにお願いしたいことがあるんだけど、いいかしら?」


 ああ、と頷けば、彼女はチョコボの嘴を一撫でしてからこちらに近寄ってくる。


「ここから南東に行ったところに、ゴブレットビュートっていう居住区が有るんだけど、知ってる?」

「ああ、行ったことはないけど、知ってることは知ってる」

「知ってるの?それなら話が早いわ! あそこ、ウルダハ都市民じゃなくても自分の土地と家が持てるようになるっていうでしょう? それが本当なのか、聞いてきてほしいの!」

「ああ、それは……気になるな」


 ゴブレットビュート……ウルダハに存在する、冒険者居住区域の名前だ。冒険者居住区域はハウジングエリアとも呼ばれ、プレイヤー固有のプライベートエリアとして一軒家を購入し、家具アイテムを自分の好きなように配置し部屋を作ることができる、FF14の主要コンテンツの1つだった。


「(ハウジングエリアが実装されてるってことは、今はパッチ2.1以降なのか)」


 しかし、昨日出会った冒険者はパッチ5.0で無くなったスキルを使用していた。それを考えるに、今がどれくらいのパッチなのかを考えるのは少し無駄な気もしている。

 それにしても、ハウジングか、そう思う。

 俺も、ゲーム内ではゴブレットビュートにSサイズの一軒家を持っていた。あまり内装などに拘りは無く、主に庭で作物を育てるための家ではあったが……。


「それじゃあ、見てくるよ」

「本当!?ありがとう!私、庭付きの豪華絢爛な一戸建てに住むのが夢なのよね……任せたわよ!」


 了解、と笑みで答えその場を後にする。実際、俺もハウジングエリアがどうなっているのか気になっていた。ゲーム内のようにインスタンスを増やせば土地が増えるというわけでもないのだから、どうにかして居住区域を確保しているのだろう。八十階段を少し上がり横道にそれれば、降りてきたときには気が付かなかったが、確かにハウジングエリアの入り口らしき門扉が有る。その脇に立っているララフェルの門番と目が合った。


「よく来た、冒険者よ。ゴブレットビュートに向かうのか?」

「ああ、そうなんだ。ここの噂を聞いて……どんな感じなのかと思って」

「そうか、それならば居住区域へ入り、中の様子を見てくるといいだろう。まだ土地は残っているから、購入するなら無くならないうちに決心した方がいいぞ」

「分かった、ありがとう」


 やはりウルダハは売れ残っているのか……そんなことを考えていれば、左右に切り立っていた岩肌が途切れ、開けた場所に出た。

 遠くには大きな風車が取り付けられた背の高い建物が聳え立っている。その周囲には、区画が整理され、購入できるのであろう土地が遠くからでも確認できる。ちらほらと、すでに建築された家が見て取れる。建築途中の建物も見受けらるのが興味深い。ボタンを押すだけで瞬時に家が建ったゲーム内とは違い、職人がゴブレットビュートの景観に合った石造りの家を建てている。

 ゴブレットビュートの入り口になっている広場も、そういった職人達や冒険者で賑わっていた。中でも冒険者が集まっている場所が有る。大きな、そして様々な紙が張り出された看板のようなものを彼ら眺めている。近寄って確認してみれば、人だかりが眺めているのは、居住区域の地図と、そこに記された各土地の販売状況、そして値段だった。


「ゴブレットはまだ売り切れてないのか……リムサの方なんて、販売開始と同時に売り切れたらしいぞ」

「やっぱ海辺の方が人気なんかねぇ」

「グリダニアの空きも残り少ないらしいぞ」

「うーん……金が貯まるまで残っててくれたらいいが……」


 そんな会話が耳に入ってくる。確かに……ゲーム内でもゴブレットビュートは少し不人気な土地だった。俺個人としては、辺りを囲んでいる山が少なく空が広いし、遠くに見える風車が好きだった。

 値段は幾ら位なのだろう、そう思い俺も張り出されている地図を見ようと、人だかりを掻き分け張り紙の前に出る。


「(ええと……これは……)」


 もちろん、書かれている文字を読むことはできない。それでも認識できるのは、数字の桁数で、


「(たっけー……!! )」


 一番少なそうな額が、100万単位、少なくとも桁の頭にきている数字が1ではないだろうから、何百万ギルの家だ。高いもので億単位。恐らく、ゲーム内でハウジングが実装された時の価格と同じくらいなのだろう。今の俺が、どうあがいても手に入れることはできない額だ。それでも、その価格の土地を購入できている者が居るという事は、


「(冒険者……儲かるんだなあ……)」


 稼げる奴は稼げる、と言った方が正しいのだろうか。近場に立っていた不滅隊の隊員に声をかける。


「ちょっといいか?」

「どうした、居住区に興味があるのかね?」

「いや、ここって、冒険者しか土地は買えないんだよな? 冒険者には見えない人が一戸建てを欲しがってたんだけど」

「そうだな、残念だがこのゴブレットビュートは、冒険者に限って分譲している居住区なんだ。その者には諦めてもらうしかないな」

「やっぱりそうだよなぁ」


 それについてもゲーム内と同じらしい。もしかしたら一般人も購入することができるかもしれないと思い尋ねたが、やはりあの女性を落胆させる結果になるようだった。


「(しかし、ハウジングか……)」


 俺がもっと凄腕の冒険者になり、この名を世界に轟かせるようになった暁には、ハウジングを買ってみるのもいいかもしれない。きっと拠点になる場所があった方が暮らしやすくなるだろう。そう思いつつ、俺はゴブレットビュートを後にした。





 そうやって人に頼まれた事ばかりやっていて、俺は自身が受注したリーブにまだ取り掛かれていなかった。取り急ぎ交易所まで戻り、女性にゴブレットビュートのことを伝えた俺は、雑用の礼に貰った何かのステーキを腹に収め(なんとなく鳥のササミに近い雰囲気の肉だった気がする)、今度はリーブを完了させる為に辺りを駆け回った。

 リーブの仕事自体はさほど大変なものではなかった。捜索任務で探さなければいけないものはすぐに見つかったし、巡回任務で行った魔物の討伐も、手のかかるモンスターは出てこなかった。それらのモンスターを練習相手にして、俺はライオットソードもどうにか扱えるようになった。それだけでもかなりの収穫ではあったが、一日働き詰めたおかげで、貨幣を入れた袋の重みは朝の倍以上になっていた。

 日が暮れ、辺りが暗くなり始めると、賑わっていた人の影はすぐ疎らになる。やはり、夜は魔物が出やすく、人が彷徨くには適さない環境のようだ。俺は帰路に就く人々に紛れ、ウルダハ都市内へと戻っていた。


「(風呂入りてぇなあー……)」


 宿屋にそういった設備は有るのだろうか? それに、腹も減っていた。今朝と比べれば資金は潤沢だ。今日はもう少し良いものを食べてみたい、そう思いつつクイックサンドの扉をくぐる。

 今日もクイックサンドは冒険者の姿で賑わっていたが、なぜか、昨日の賑わいとは違った雰囲気をもっていた。それは、昨日までの笑みをまじえつつ交わされる他愛もない会話の騒めきではなく、少しの緊張、そして驚きが混ざり込んだ騒めきに感じられる。


「(……何かあったのか?)」


 きょろ、と辺りを見渡せば、幸運にも見知った顔を見つけることができた。


「ウ・マナファ、ちょっといいか?」

「あら、ナイトウさん、おかえり~。残念ながら、今は満席だよ!」

「ああ、それはいいんだけど……ええと、何かあったのか?」


 なにか冒険者たちの雰囲気が違う、と伝えれば、彼女は俺が眺めている冒険者たちを同じようにぐるっと見やり、


「ああ、なんかね、凄いことをした新米冒険者が居るらしくて」

「凄いこと? どんな事なんだ?」

「ええと、なんだったかなー」


 うーん、と指先を額に当て、思い悩む。そして、


「さす……サスなんちゃら洞窟…? みたいなのが攻略されたらしくって」

「……それってサスタシャ浸食洞か!?」

「そーそー! それ! ナイトウさん物知りじゃん!」


 え、と思った。

 サスタシャの調査? 誰が、と。


「なんでも、リムサのイエロージャケットも手を焼いてた洞窟らしくて。いろんな冒険者が内部の調査に赴いていたんだけど、生きて帰れた人の方が珍しい場所だったとか?」

「そ、そうなのか」

「そんな場所なのに、聞いたこともないような名前の新米冒険者クンが内部の魔物とかを一掃しちゃったらしくて、熟練冒険者たちは動揺に次ぐ動揺、ってなわけ」

「へえ……」


 なんとか、そう返事が返せたものの、俺は激しく動揺していた。恐らくその動揺は、周囲の冒険者たちが感じている動揺とは別のものだ。彼らが感じたのは、名前も聞いたことのない新米冒険者に出し抜かれた驚き。そして、それを成し遂げた人物への畏怖を感じているだけだ。


「あれ、ナイトウさんも動揺しちゃったクチ?うーん、でもその冒険者、サスタシャに挑む前から各国の冒険者ギルドとか、お偉いさんとかに目をかけられてたってモモディさんも言ってたし……きっと、特別な人なんじゃないかなあ」


 そう言われるが、俺は彼らとは違った。得た感情の種類が違うのだ。

 それは誰がやったんだ?それは俺の役目ではなかったのか?

 投げかける先が存在しない疑問がいくつも浮かんでくる。

 俺は、俺が認識していた事が誤りであったかもしれないことに、ひどく動揺していた。


「(サスタシャは……メインクエストだ)」


 天然要害・サスタシャ侵食洞、それはゲーム内に実装されていたID……インスタンスダンジョンの一つだった。

 サスタシャに辿り着くまでは、FF14はソロプレイで攻略することが可能だ。しかし、サスタシャなどの特別なダンジョンではそうはいかない。合計四人のパーティーを組み、自身のロールに沿った動きをして、他の三人と協力しつつ攻略していかなければならないコンテンツだ。

 初めてMMOをプレイする人などは、ゲームを進めてサスタシャまで辿り着いたものの、パーティープレイの敷居の高さにそこでゲームを辞めてしまうことも少なくないらしい。それを阻止するべく、サスタシャ前でパーティープレイの基礎を教え初心者支援を行うもプレイヤーも現れた。

 そんな、ある種ゲーム内での最初の難関、それがサスタシャ侵食洞というダンジョンだ。 ゲーム内では数多くのプレイヤーが通う初心者向けダンジョンの一つなのだが、この世界のサスタシャは、多くの人が手を焼く洞窟だったらしい。確かに、ダンジョンの前に屯するNPCの冒険者たちは手を焼いている様子だった。

 しかし、だ。

 そのダンジョンは、俺が攻略するのではなかったのか?そう思う。


「(ナナモ様のピンチを救って、サンクレッドと出会って、三国を巡って……そして、俺が攻略する最初のダンジョンになるんじゃないのか?)」


 ならば何故、俺以外の冒険者がサスタシャを攻略し終えている? その答えを考えたくないのに、勝手に頭が答えを導き出そうとしてしまう。ひどく喉が渇いていた。


「その……冒険者の名前とかって、分かるか?」


 喉の渇きをごまかすように、そう当たり障りのない質問を投げかける。


「いやぁ、分かんないなぁ。クイックサンドにも来てたらしいんだけど、流石にお客さんひとりひとりの事とか覚えてらんないし……」

「そうだよな……ちなみに、その冒険者、斧術士の男だったり、しないか?」

「あれ、ナイトウさん、知ってる人なの? 確か……そんなことを噂してるお客さんが居た気がするけど」

「そうか……」


 知り合いではない。しかし、俺の推測が正しいならば、確かに俺はその人物を知っている。知らないわけがない。

 旧FF14から新生、拡張全てのオープニングムービーのメインを飾り、その時々の主人公ジョブに着替え、少し前まではヒューランミッドランダー男のデフォルト外見だったその男。FF14の主人公と言っても過言ではない、プレイヤーからは「ひろし」という愛称で親しまれていた人物、今後英雄と呼ばれることになる光の戦士その人だ。


「(つまり……)」


 恐らく、光の戦士である男がリムサ・ロミンサで斧術士ギルドに入り、どこかでヤ・シュトラと出会い、その力を見込まれ三国を巡り、サスタシャの調査任務を請け負ったのだ。つまり、俺以外にそういった人物が存在しているという事は、


「(俺は……主人公じゃなかったのか)」


 確かに俺は、今までゲーム内のメインクエストそのままの体験をしてきたわけではない。しかし、それは俺がゲーム内に敷かれたレールをただ歩くことしかできないプレイヤーキャラクターではなく、好きなように行動できることが生む誤差のようなものだと思っていた。しかし、それらが誤差ではないのだとしたら?

 じわり、と嫌な汗が首筋を伝う。喉が渇いていた。つばを飲み込もうにも、口の中がひりついてどうすることもできなかった。


「どしたの、大丈夫?」

「ああ、うん、なんでもないんだ。大丈夫」


 はは、と笑みを返そうとしたが、上手く笑えたかどうかは分からなかった。怪訝な顔をするウ・マナファに礼を言ってから、宿屋へ足を向けた。

 先ほどまであんなにも感じていた空腹は、知らないうちに何処かへ消え去っていた。 




称号:レジェンドのヒカセン エオルゼアに転生する ~いよいよ異世界だなぁ、オイ!!~

Final Fantasy XIVのアンオフィシャル小説サイトです。 ひょんな事から自分が遊んでいたTVゲームの中の世界に転生をした男の半生を綴った物語。