Hyur-Midlander / Halone
Class:GLADIATOR / LEVEL:06
Location >> X:3.6 Y:3.4
ザナラーン > 中央ザナラーン > 刺抜盆地 > 王立ナナモ菜園
人間は何故、一方的に期待していたことが叶えられなかったとき、激しく落ち込むのだろうか? それは一方的な期待なのだから、期待を向けられていた存在が叶える義務も無いのだし、勝手な思い込みから生まれた期待であった場合、落ち込む資格など端から持ち合わせてすらいないにも関わらず、だ。
結局のところ、そのような確定的ではない事象に期待をかけていた自分自身に対する自虐的な感情なのかもしれない。こういった類の落ち込みを得たのは本当に久しぶりだった。あと数パーセントを削り切りさえすればクリア出来たのに、俺がミスったせいで時間切れになってしまった時もここまで落ち込みはしなかった。
「はぁ……」
胸中に渦巻く何ともいえない感情を吐き出すよう、ため息をつく。
「どうした、もう疲れたのか?」
「いやあ、そういう訳じゃ……」
はは、と苦笑を浮かべつつ頬に着いた泥を手の甲で拭う。俺は、今日も少しだけ煙った青空の下、冒険に……励んでいるわけではなかった。
昨日、俺は冒険者を震撼させた噂を聞き、ひどく落ち込んだ。今まで挑んだ冒険者は数知れず、ラノシアの天然要害として名高いサスタシャ浸食洞内。その内部調査に赴き、洞窟内を根城にしていた海賊を掃討した上に、リムサ・ロミンサと抗争を続けるサハギン族との癒着を暴きまでした冒険者が居るらしい。その冒険者はリムサ・ロミンサ出身の斧術士で、常人が持っていない類い稀なる力を秘めた男だそうだ。彼は、各国冒険者ギルド及びグランドカンパニーからも目をかけられているらしく、今もこの世界のどこかで各所からの依頼をこなしているらしい。
それは、俺以外の誰かが、FF14というゲームのストーリーを進めているという事実だ。その冒険者を見たことがあるという男に話を聞いたが、どうやら、白髪の不思議な機械を首に下げたミコッテと共に居るところを見かけたらしい。恐らく、NPCのヤ・シュトラだろう。リムサ・ロミンサでメインクエストを開始した場合、彼女がプレイヤーを導くことになる。そして、冒険者は導かれた末にこの世界を救う英雄となるのだ。
俺はその時まで、自分自身がその役目を背負うものだとばかり思っていた。これから、俺が英雄になっていくのだと。ゲームを開始した時と同じ、様々な困難を乗り越え、この世界を俺が平和に導くものだとばかり思っていた。それがまさか、その役目を持つ者は別に居ただなんて。そう、俺はただの一般冒険者で、光の戦士……所謂「ヒカセン」は別の誰かだったのだ。
「(……だからと言って、だよなぁ)」
あまり落ち込んでもいられない、そう思う。
昨夜はあのまま何も食べることなく不貞寝したせいで、起きると凄まじく腹が減っていた。何が有ろうと腹は減る。腹を満たす為には飯を食わねばならないし、飯を食う為には金を稼がねばならない。結局、生きていく為にやる事をやらねばならないのだ。そこに、俺が世界を救おうが救うまいが変わりは無い。
「(こうして仕事なら探せばいくらでも有るし、どれもゲームのクエストみたいで楽しいのがいいとこだよな)」
よ、と手に持った蔦を引っ張れば、柔らかく耕された地中から、根に連なったポポト……現実世界のジャガイモが幾つもこぼれ出てくる。
俺は、ここ、王立ナナモ菜園で農業の手伝いをしていた。
「うーん、なかなか出ないなぁ」
そう、菜園で働くララフェルがこちらの手元を覗き込んでくる。彼が覗き見るのは、収穫したてのポポトではなく、それらが埋まっていた土の中だ。
「あっちの方も掘ってみるか? 収穫しても大丈夫ならだけど」
「それじゃあ頼む、居ないわけないと思うんだよなぁ」
俺は実際に、農業そのものを手伝っているわけではなかった。それに伴う害獣駆除を引き受けたのだ。畑の地中にいるミミズを、害獣であるスニッピング・シュルーが食べてしまうらしい。それを阻止するべく、シュルー退治を請け負ったのだが、地中に居るらしきその害獣が中々見つからなかった。最初はモグラ塚と呼ばれる、地中からシュルーが這い出てきた縦穴を調べていたのだが、どうにも見つからない。なので、収穫ついでに畑を堀り、どこかに潜んでいないかと探しているところだった。
「よし、ここ頼む」
「了解」
よ、と畑の畝に生えている蔦を左手で握りこむ。突然シュルーが飛び出してきても対応できるように、右手には剣を構えていた。左手だけで蔦を引くのは、利き手ではないこともあって少し難しい。力を込めて、しかし途中で千切れてしまわないようそれを引き抜けば、
「うわー! あんた! 出たぞ!」
ぼろぼろと土を落としながら引っ張り出されたポポトの向こうから、土よりも少し薄い色をした何かが飛び掛かってきた。大きさは小型犬ほどだろうか。手に持った蔦を咄嗟に捨て去り、剣を振り払う。こちらの顔面めがけて跳躍していたその生物は、剣の腹に弾かれ、数メートル先に力なく倒れた。
「ふぅ……」
「ありがとなぁ! あんた、強いんだなぁ」
「いえいえ、それほどでも」
「これできっと土に栄養が戻って、良い野菜が育てられるはずだよ」
ほら、お駄賃だ、とララフェルは懐から貨幣を取り出しこちらに差し出す。彼の目線に合うよう屈んでからそれを受け取った。すると、
「あんた、まだ……暇だったりしないか?」
「ええっと……ま、まぁ暇、かな」
はは、と苦笑する俺に、ララフェルは更に頼みごとを重ねてきた。
それを聞きつつ、脳裏で思うのは、
「(この世界のヒカセン、サブクエぜんっぜんやらねぇタイプなのな……)」
これは俺がゲーム脳だからなのだろうか。この世界で見かける、ちょっと困っていそうな人の頭の上に、サブクエストのアイコンが浮かんでいるように見えて仕方ないのだ。実際、そういった人達に話を聞いてみれば、困り事の内容はゲーム内のサブクエストとほぼ同じだ。
そういった人達の問題が未解決のまま散見しているという事態を鑑みるに、この世界の主人公であるヒカセンは、メインクエストだけを追うプレイスタイルに違いない……そう俺は思っていた。俺なんかは、三国巡りが始まり、まだ見ぬ国へ降り立ったかと思えば凄まじい数のサブクエストが乱立しているのを見た瞬間、次の国へ行くことを諦めサブクエストに没頭した。この世界のヒカセンはすでに三国巡りを終えているはずなのに、ウルダハにこれだけサブクエストらしきものが残っているという事は、ぜったいにそういう事だろうと、ひしひしと感じていた。
確かに無限にお使いをさせられるのは苦痛かもしれないけれど、NPCの暮らしぶりとかちょっとした土地の設定を教えてもらえたりするしサブクエも楽しいよ……そう思いつつ、ついつい俺は困っている素振りの人に話しかけては雑用を任されている。
そもそも、今こうしてナナモ菜園に居ることも、頼まれごとを断れず、小遣い稼ぎに全てを引き受けた結果だった。
本当は、昨日世話になったらしい、ミコッテの少女を探したいのだ。
「(……宿屋一泊分の代金くらいは貯まったしな)」
もし出会えた暁には礼を言い、そして、宿屋の代金を返す事も出来る身分になれたからこそでも有る。そう考えつつ、俺はナナモ菜園まで向かうことになった成り行きを思い返す。
●
今朝、クイックサンドを出た俺は、格闘士の武器を持っていたと聞いたので、格闘士ギルドを訪ねてみた。しかし、偶然居合わせたギルドマスターに思い当たる人物は居ないか訊いてみたところ、ミコッテの少女という情報だけでは「そんな娘ウルダハには無限におるわい」との事だった。
まぁそうだよなぁ……という思いを抱えつつ、格闘士ギルドを後にすれば、ギルド前に立っていたララフェルに因縁をつけられた。お前今目が合っただろちょっとこっちこいと言われる言葉に従えば、借金の取り立てを代わりに行ってくれと頼まれる。ララフェルに金を借りたララフェルにその旨伝えれば、今度は、自分の代わりにアルダネス聖櫃堂へ向かって指輪を買い取ってもらって欲しいと頼まれた。アルダネス聖櫃堂に向かえばそこに居を構える呪術師ギルドに、魔物の素材を集めてくるよう頼まれた。様々な雑用をこなしてもミコッテの少女については何も分からないままだ。
もう一度聞き込みでもしてみようとクイックサンドに戻ってきたら、今度は酔っ払いに絡まれた。否、眠たそうに目をこすっていたから、酔っ払いというよりも二日酔いかもしれない。しかし、どう見ても昨夜の深酒が未だ残っている様子のララフェルだ。
「うう……君さ……お小遣い……ほしくない……?」
「え、ええっとお……それは合法のお小遣いなのか……?」
「この時刻表を……操車庫まで届けてくれないかなぁ……」
「ええと、操車庫って中央ザナラーンの?」
「そうそう……あとは……よ、ろ、し、く……」
うつらうつらと、今にも閉じようとしていた瞼が遂に閉じられた。彼の手には筒状に巻かれた紙が握られている。それをこちらに差し出そうとしたものの、眠気に逆らえなかった手は再び床に舞い戻った。
「(まぁ、いいけど……)」
中央ザナラーンに存在するウルダハ操車庫。中央ザナラーンを縦断している、鉱山貨物列車の車両の交換、待避などをさせる場所だ。ゲーム内ではフィールド上を貨物列車が走っていることは無く、線路が敷かれているだけだった。酔っ払いの頼みを請け負ったのは、貨物列車が走っているところを見てみたいと思ったからだ。
「(躁車庫行きをモモディさんから打診されないってことは、やっぱり、俺は主人公じゃないってことなんだろうなぁ)」
ある程度ストーリーを進めると、サブクエストではなく、メインクエストの指示で躁車庫に向かうことになる。それを冒険者に進めてくるのは女将のモモディだ。冒険者になった俺に、あれやこれやと世話を焼いてくれたのは、俺が特別なわけではないのだろう。彼女は皆に対して、ああやって世話を焼く女性なのだ。そんな彼女が、俺に対して躁車庫へ向かうことを持ち掛けないのは、俺に対して用意されているストーリーではないからだ。
そんな事を考えながら躁車庫へ向かい、そのまま周辺を彷徨いていた俺に話しかけてきたのが菜園の職員だった。この近くに菜園が有るから寄っていけ、と言う彼からの頼み事も請け負ってしまい、至る現在、だ。
「(結局、列車は見れなかったな)」
とりとめもなくそんな事を考えていると、いつの間にか俺は、菜園のララフェルからの追加依頼を請け負う事になっていた。
●
菜園のララフェルから発注された追加の依頼も、聞き覚えのある内容だった。オロボンを倒し、その白身をコッファー&コフィンという酒房まで届けてほしいという依頼だ。
丁度良いか、そう思う。朝から歩き回って、食事をするタイミングも逃していた。酒房に魚を届けるついでに何か腹に入れよう、そう決意を固める。酒房といえど、白身魚を求めているわけだ。何かしら腹に溜まるものも出してくれるだろう。
コッファー&コフィンは、菜園の北に有った。オロボンが生息しているのは、その手前、一昨日エフト退治を行ったのと同じ川だ。今日は街道を歩かず、直線コースで道なき道を歩いていく。オボロンが生息している川まで、さほど時間は掛からなかった。今日はエフトの大群も居ないようだし、オボロンはこちらから手を出さない限り温厚な生き物だったので、捕らえる事も大して難しくなかった。
オボロンを一匹手に提げ、さらに川を登っていく。そうすると、一昨日渡ることなく欄干を乗り越えた橋に突き当たった。今回も、目的地側の岸に上がったから、橋を渡る必要性は無い。
「(そういう巡り合わせの橋なんだなぁ)」
そんな、どうでもいい事を考えていると、目的地はすぐそこに迫っていた。
コッファー&コフィンは、大きく迫り出す岩場の下に居を構えている。まるで天蓋のように、大地に覆いかぶさっている岩場だ。木造の酒場は、その天蓋を屋根にするかのように建てられていた。岩場が落とす影の下には、野外にもテーブルセットが設置されていて、そこでは体格のいい男たちが食事をしている。彼らの元へ料理を運んでいた給仕が足早に戻っていく。
確かこの酒房は、近くの鉱山で働く鉱夫で賑わうという設定だった。昼食を味わう男達も、恐らくは鉱夫なのだろう。彼らが囲むテーブル近くの木箱や柵、椅子にピッケルが立て掛けられていた。
「(エオルゼアの鉱山と言えばカッパーベル銅山だけど、あそこは今どうなってるんだろうなぁ)」
坑道内に封じられた巨人族はもう暴れたのだろうか、それともまだ封じられたままなのだろうか。そんな事を思った瞬間、
「――――――!!」
何処からか、悲鳴にも似た声が聞こえてきた。
ただ助けを求めているだけの叫びではない。まだ立ち向かう意志を感じられもする声だ。
何処から、と俺は辺りを見回した。屋外で食事をしている鉱夫達は、話に花を咲かせていて叫びに気付く様子は全く無さそうだ。
「(気のせいか……? いや、そんな筈は……)」
ちら、と視界の端で何かが動いた。しかしそちらに目をやっても叫びの主は見当たらない。
だが、動くものは合った。岩場が落とす大きな影、その影から、さらに細い影が突き出していた。人影に見えるそれは動き、そして揺れ、
「あ」
俺は急ぎ、天を仰ぎ見た。
視線の先……酒房を覆う岩場の上、そこに、誰かが立っている。逆光で見え難いが、あれは少女だろうか? 朱色のワンピースの様な服をまとった人影は、こちら……つまり崖に背を向けて立っている。
両拳を握り、腰を落とした姿勢のまま、じりじりと、断崖へと後退してきていた。そんな方向へと近寄ってきているのは、何かに追い詰められているからだろうか。
「おい、大丈夫か!?」
思わず掛けた声に、人影の肩がびくりと揺れた。そして、こちらへ振り向く。
俺はもう、その瞬間に崖下へと走り出していた。
人影がこちらを向いた瞬間、その向こうから何かが振るわれるのが微かに見えたからだ。
「――っ!!!」
案の定、人影は虚空へと足を滑らせた。落ちたところで大した高さではない。しかし、下はごつごつとした岩場だし、当たり所によっては無事では済まないだろう。
肩に担いでいた荷が邪魔だった。考えもせずにそれを放り出し、変わりに、宙へ投げ出された人影へ両腕を伸ばす。
驚き見開かれた瞳と、目が合った。
「え」
人影が上げた声が聞こえる。それに構わず、俺はその身体に飛びつき、空中から攫うかのように掻き抱いた。人影の持っていた勢いがこちらにも掛かるが構わない。身を回し、こちらの身体が下になるよう身を投げ出せば、
「い、てて……」
乾いた地面に背中を擦りつつも、どうにか俺は、人影を受け止めきる事が出来た。擦った地面からは土埃が立っている。
平らな地面に着地できて良かった、そう思いつつ、抱き留めた人影を見れば、やはり、その人影は少女だった。
こちらに重なるよう倒れた身体は朱色のワンピースに包まれており、腰より少し下あたりからふさふさとした尻尾が生えている。ミコッテだ。
う、と微かに呻き声を上げつつ、上体を起こそうとした彼女の瞳がこちらを捉えた。
ぱちり、と彼女の大きな瞳が瞬きをする。
紫の、まるで辺りの光をそこに閉じ込めたかのような瞳だ。その眦は微かに涙で濡れている。
俺の左腕が回ったままの腰は、驚くほど細く薄かった。
この状況が飲み込めなかったのだろうか。少しの間ぼんやりとこちらを見返していた彼女は、
「……大丈夫か?」
こちらの声に、ぴこ、と獣耳を微かに揺らした。それに遅れて、彼女は何かに気付いたかの様に息を飲み、
「きゃああああ!!??」
顔を真っ赤にして、こちらの頬に平手を打ち込んだ。
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