二章 中央ザナラーン - 04

Hyur-Midlander / Halone

Class:GLADIATOR / LEVEL:08

Location >> X:19.5 Y:20.6

ザナラーン > 中央ザナラーン > ブラックブラッシュ >酒房「コッファー&コフィン」 




 そこには、厳めしい男達が屯していた。よく日に焼けた肌には傷跡が走り、体のラインが出ない装備を着込んでいるというのに、その下には確実に鍛えられた肉体が収められていることが傍から見て取れる。種族差の大小はあれど、人相は大目に見ても良いものではなく、鋭い眼光が深い堀の奥で辺りを睨めつけている。そんな男達に俺は一瞬慄いたが、


「あ、もう来てくれてたんですね。流石銅刃団、仕事が早いです」


 そう言いミィアは安堵したように微笑んだ。やはり、未だ意識を失ったままというものの、こうして犯罪組織に所属しているキキルン三匹を手ずから捕縛することに不安が有ったのだろう。そんな彼女が安堵した理由はあの男達の所属が由縁だ。

 そう、何を隠そうあの如何にも強そうな彼らこそが、ウルダハ、ついではザナラーンの治安を守る組織、銅刃団の面々なのだ。


「(……なんていうか、警察の厳つい人と、そういうスジの人との見分けが付きづらいのはこの世界でも一緒なんだな……)」


 正直なところ、悪事にまで手を染めている冒険者たち、という風に紹介されても全く違和感のない面々だ。そういうスジの人と渡り合うには、やはり彼らのような屈強な男達でないと務まらないという事なのだろうか。コッファー&コフィンを覆う岩陰で、なにやら話し合っていた彼らもこちらに気付き、


「おお、ご苦労だったな、冒険者!」


 おお……冒険者呼ばわりされている……嬉しい……、そう思いつつ、両腕に抱えていたキキルン達を引き渡すべく彼らの元に歩み寄る。


「三匹か、連絡の通りだな」

「この辺のキキルンってことは、やはりババルンのとこのやつらか」

「最近は東ザナラーンの方でもキキルンが悪事を働いているらしいからな……」

「偶然ならいいんだがなぁ」


 そんな事を話しつつ、男たちもこちらへ近づいてくる。先頭に立っていた男に俺は、


「ちょっと縄が緩いかもしれない、問題が有りそうなら縛り直してくれ」

「ああ、分かった」 


 こちらの腕からキキルンを……と言うより、キキルンを縛った縄を掴み、それを地面へ下ろす。


「もう一匹も並べてくれ」

「こっちも並べればいいですか?」

「ああ、お嬢さんも頼む」


 んしょ、とミィアが両腕で抱えたキキルンを地面へ下ろす動作は、まるで幼子が大きなぬいぐるみを扱っているかのようだ。それに少し微笑ましさを感じつつ、銅刃団の男の動作を見る。地面に横たわったキキルンの傍らにしゃがみこんだ男は、キキルン族が皆同じように被っている革製のフードを徐ろに外し、


「ああ、やっぱりコイツだ、おい、帳面持ってきてくれ」


 キキルンの後頭部を確認し、後続の団員に声をかけた。こいつも、だな、と彼は隣のキキルンの後頭部も確認する。そこに何が有るのだろうか、そう思い彼の手元を覗き込めば、


「これは……刺青?」


 そこには、斜めに一閃、まるでそこだけを染めたかのように赤い線が浮き上がっていた。その下には、同じ色でエオルゼア文字が書かれている。


「ん? ああ、こいつら、既に一回しょっぴかれてるんだ。耳の傷跡に覚えがあったから、そうかとは思っていたんだが」


 もう一匹は違うみたいだが、そう言い確認した三匹目の後頭部には、確かに印のようなものは何も無い。


「ウルダハでは獣人が何か犯罪を犯した場合、初犯なら何も無し、その次からそうやって刺青を入れられるんでしたっけ」

「ああ、なんだ、アンタ達ウルダハの人間じゃないのか。お嬢さんの言ったとおりだ。こっちでは蛮族排斥令が出てからそういう方針になってるんだよ」

「へぇ……そいつらは、前は何をして捕まったんだ?」

「ああ、おい、帳面有ったか? 確認してくれ。SU75-125とSU76-346だ」


 男が告げたシリアルナンバーのようなものが、恐れく刺青の下に書かれていたエオルゼア文字だろう。恐らく犯罪者の識別番号であろうそれを聞いた団員は、手元の紙の束を何度かめくり、


「そっちの奴は無断で何度もウルダハ都市内に侵入し盗みをやってる。もう一匹は……そいつ、脱獄した奴じゃないか。街道でチョコボキャリッジを襲った所を引っ捕えられて、輸送中に逃げ出した奴だ」

「キキルンは身体が柔らかいからな……縛っても摺り抜けちまう奴が多いんだ。って、そういえば縄が緩いかもしれないんだったな、今のうちにやっとくか」 


 おい、お前らやってくれ、そう声をかけられたのは、彼らの中でも階級が低い者たちなのだろう。はい、と敬語で男に応じた数人がキキルン達の傍らにしゃがみこみ、縄を改めていく。


「……なんていうか、思ったよりちゃんとしてるんだな」


 そう俺は、男達には聞こえないよう小声でミィアに語りかけた。


「え? どういう事ですか?」


 きょとん、と首をかしげたミィアに俺は、


「いや、ウルダハは蛮族を排斥してるって聞いてたから……もっと厳しい対応をしてるのかと思ってたんだ。蛮族には法は適用されず、それこそ……犯罪の大小に関わらず切り捨てる、みたいな」


 今まで倒してきたフィールドモブ……害虫のような扱いをされていたモンスター達は正にそういった扱いだった。人に害のある種族だから、見かければ切り捨てる。ただ、キキルン族は今まで俺が倒してきたモンスターとは違い、少なくとも意思の疎通が可能な種族だ。ただ本能のまま生きる獣や虫と同程度の知能でしかないモンスターと一緒だとは思えない。

 だからこそ俺は、手に持った刃で斬りかからず、命を奪うことは無いような戦い方をして彼らを捕縛したのだったが……その認識は、エオルゼアで生きている彼らも同じものを持っているのだろうか。

 そもそもゲーム内で彼ら蛮族と戦う時、果たしてその命までを奪っているのかは明言されていない。なんせ、フィールドに存在する彼らを倒せば、その死体はどこかへ消えていくし、暫く待っていれば無限に新しいモブが湧いてくるシステムなのだ。少なくとも俺はゲーム内で何頭ものキキルン族を倒していた。しかしこうして倒した蛮族を捕縛し、警察組織に引き渡したことは、恐らくゲーム中では殆ど無かっただろう。何かのクエストで、敵を倒した時、その命を主人公が奪ったのだ、という描写がなされた時、少し驚いたことも有る。ああ、やっぱり俺は彼らの命を奪っていたのか、と。

 それくらい、登場するモブの命の重みは軽かった。だからこそ、エオルゼアで暮らす人間達は、蛮族と呼ばれる種族を他のモンスターと同じように扱っているのかもしれない、と思っていたのだが。

 そんな事を考えている俺に、ふむ、とミィアは一つ頷く、


「まぁ、そういった考えの人達も居ないことは無いと思いますけど……こうして捕縛できる状態なら、捕まえて裁くといった流れが常道だとは思いますよ。キキルン族だからできることかもしれませんけど」

「キキルンだから?」

「彼らは、こうして群れると手を焼きますが……獣人全体で見れば弱い種族ですから。それこそアマルジャ族のような……固体そのものの戦闘力が高い種族だと、生きたまま捕縛することは難しくなりますよね?」

「ああ、そういう事か。戦って命を奪うしか無い場合はそうなるけど、そうじゃない場合は……っていう」 

「そうですね。だって、蛮族排斥令がウルダハで出されたのだって、十年ほど前のことなんですよ。それまでは、ウルダハの国際市場には様々な獣人の人たちが店を出していたと聞きますから。十年前なんて、その当時を何も知らない人といえば子供たちくらいでしょう」

「確かに、そうだな……」

「ええ、だから……当時を覚えている人達にとっては、やはり、憎みきれないところも有るんじゃないでしょうか? 政府の方針で害悪だと定められただけで、親しくしていた人達も居たでしょうから」


 まぁ、私もその頃は幼かったので詳しくは分からないんですけど……そうミィアは続ける。


「それに、私も無益な殺生を進んでやりたいとは思えませんし、こうやって蛮族だからと切り捨てるのではなく、然るべき対応をしていただけるのは有り難いですね」

「……それには俺も同感だ」


 こうして偶然出会った冒険者が、ヒャッハー系の、殺戮を楽しむ冒険者でなくて良かった、そう思う。そうだった場合、俺はこの世界について、誤った認識をしてしまったかもしれない。


「(しかし、ちゃんと”法”って概念が存在してるんだな……)」


 常識の範疇で行動していれば、法に触れることはそうそう無いだろうが、万が一のことを考えてそれについても学んでおくべきなのかもしれない。ここがイシュガルド領ならば脳筋裁判……いや、決闘裁判で決着を着ける事ができるのかもしれないが、残念なことにウルダハだ。国ごとに司法の形式は異なっているだろうし、この世界について学ぶことは山積みだ。


「(……ん?)」


 そんな事を考えていると、視界の隅を何かが過ぎる。草葉が揺れるような動きのそれは、地に落ちる影が生むものだった。ふとミィアと出会ったときの事を思い出す。その時と影の位置は移り変わっているものの、


「(まさか……!?)」


 急ぎ影の元……天蓋のような崖上を仰ぎ見る。その瞬間、


「――――!! ――――――!!」


 突然縛られていたキキルンの一匹が声を上げた。それは鼠の鳴き声にも似た、しかし言語としても聞こえるような音だ。もしかしたらそれは、エオルゼアで使われている共通語ではない、彼ら独自の言語なのかもしれなかった。


「おい、突然どうしたんだコイツは!」

「やめろ、暴れるな、大人しくしていろ!」


 先程まで意識を失いぐったりとしていた様子は何処へやら、3匹のキキルンが激しく暴れ始める。足早にそちらに駆け寄る銅刃団の面々の背中に向かって、俺は声をかける。


「おい、来るぞ!」


 なに?とリーダー格の男だけがこちらを振り向いた。それを視界の端で確認し、俺は急ぎ剣と盾を構え崖上に向き直る。崖上といっても、ただ岩の天蓋に向かっているわけではない。コッファー&コフィンの左手、崖上に通ずる坂道から来るものに対して備える構えだ。俺のその様子を見たミィアも、急ぎベルトから格闘武器を取り外し拳を構える。

 崖上で蠢く影を確認した時、俺は確かに見ていた。あれは確かに、高所からこちらを伺うようにしているキキルン族だった。伺い見ている影は一匹のように見えたが、崖上に生えた草が揺れる様子は、たった一匹が揺らしているようには決して見えず、


「キキルンの群れです!」


 ミィアの鋭い声が場に走ると同時、崖上へ通じる坂道から、キキルン族の群れが押し寄せてきた。 





 コッファー&コフィンへ続く道は、戦場に流れる特有の緊張感に満ちていた。こちらの人数は、自分にナイトウ、そして銅刃団の五人だ。併せて七人という人数に対し、向かってくるキキルン族の数は、ぱっと見ただけで倍以上居るだろう。そんな群れの先陣を切って出てきた一匹のキキルンが声を上げる。


「ゾゾルン、ナカマ、たすけるっちゃ!ついでにちゃりちゃり置いてくっちゃ!!」


 きぃ、と彼に続く群れが威嚇の声を上げる。既に拳に装着し終わった格闘武器を握り込みながら、ミィアは思う。


「(……今朝私を追い詰めたキキルンな気がします)」


 自分以外の種族の判別は中々つきづらい。獣人なら尚更だ。先ほど銅刃団の男が耳の傷跡で個体を識別したというようなことを言っていたが、それくらい傍から見て分かりやすい特徴が無ければ中々分かるものではない。それでも今朝の固体と同じ固体だと感じたのは、あの率先して前に出てくる自信有りげな様子だ。

 そんなキキルンに対し、自分たちの後ろで縛られているキキルンが声をかける。


「やめるっちゃ! ジブンの面倒、ジブンで見るるっちゃ!」

「こいつら、とてつよっちゃ! こわこわっちゃ!!」


 ゾゾルンと名乗ったキキルンに合わせてか、共通語を扱うこちらへのアピールなのか、彼らが発した言語は、先程彼らが発したキキルン語ではなく、聴き慣れたキキルン族特有の訛りが見られる共通語だ。


「うるさいっちゃ! ゾゾルン、ナカマ、見捨てないっちゃ!」


 それに対して返された一喝に、三匹は感動したかの様に押し黙る。その様子を眺めていたミィアはつい、


「(……仲間思いなんですね……!)」


 いや今はそんな事を考えている場合ではない。ついそう思ってしまったが、その程度の事で絆されてはいけない。ただでさえ、大人しくしていれば大きなぬいぐるみのようで可愛らしいキキルン族が相手なのだ。決して油断してはいけない。彼らは盗賊団を形成し、地域一帯で犯罪行為を働いているのだ。治安の為にも、お縄についてもらわねばならない。


「ゾゾルン、とてとて、つよいっちゃ! ナカマも、とてとて、つよいっちゃ!」


 喋り方も可愛いんですよねぇ……!!


「来るぞ!」


 思わず完全にキキルン側に付きかけたが、ナイトウの声で我に返った。押し寄せるキキルンによって乾いた土埃が舞い上がり、それが猛然とこちらへ向かってくる。


「迎え撃つ! 全員捕縛してやれ!」


 銅刃団のリーダー格が上げた声に対し、他の面々が了承の意を返す。


「これは乱戦になるかもな……」


 ナイトウの呟いたその言葉通り、場は既に乱戦の様相を呈し始めていた。こうなってしまえば、守り手や攻め手などといった役割分担は効果を発揮しない。まだ癒し手が居れば、それを中心とした戦術を組めもするのだが、銅刃団にも癒し手は居ないようだった。それぞれが、己の目の前のものの相手をせざるを得ない。無論、それはミィアとて同じだ。


「(よし……)」


 自分よりも少し前方で、ナイトウが三匹のキキルンを押し止めていてくれた。それを摺り抜けこちらまで駆け寄ることが出来たキキルンは僅か一匹だ。


「(今度こそ遅れは取りません……!)」


 今朝ミィアがキキルンの群れに崖上まで追い詰められたのは、そのリーチの差に纏わる部分が多かった。キキルンは身長こそ大きな種族ではないが、彼らが武器とする爪と腕はかなりのリーチが有る。縦横無尽に振り回されるそれを掻い潜り直接拳を当てる事を叶えられず、今朝は敗走へと至ったのであった。

 しかし今回は多勢に無勢ではなく、こちらの味方も多数居る状況だ。今朝とは違う、ミィアはそう思う。


「――!!」


 きぃ、とキキルンが威嚇の声を上げ、その爪を振り下ろそうとする。ミィアはそれに怯むことなく、大きく脚を踏み込んだ。


「(ギルドで学んだことを思い出して……)」


 じゃり、と乾いた土が音を立てる。ミィアが格闘士ギルドに入門したのは、つい先月のことだ。そこで先達に教えられた技は『連撃』『正拳突き』『崩拳』の三つだった。おそらく、自分が最も得意とするのは三つの中でも『正拳突き』がそれに当たるだろう、そう思う。先程ナイトウと二人で腕試しに向かった時にキキルンを仕留めた技が『正拳突き』だ。

 脇を締め、右拳を胸の横辺りまで引き絞る。前に出した左拳を後ろに引く反動と腰の捻りを加えた勢いで、引き絞った右拳を真っ直ぐキキルンに向かって付き入れれば、


「っ!」


 ぱん、と拳とキキルンの腕がぶつかり合い、乾いた音を立てる。下から振り上げるキキルンの腕に弾かれた右腕は少しの間宙を泳いだ。しかし、こちらの拳は弾かれたものの、自分自身にダメージが入ったわけではない。しかし向かう相手はこちらが拳に握りこんだ格闘武器……獣の骨から削り出されたホラによってその腕を打たれ、確かに苦悶の声を上げた。その隙を見逃さず、ミィアはさらに一歩を踏み出す。


「大人しくしてくださいっ!」


 宙を泳いだ右腕を、そのまま流れに任せて後ろに振りかぶり、その反動によって左肩を前に出す。踏み出す勢いと共に左拳を突き入れようとしたその瞬間、


「前方範囲だ!」


 え、と思った。

 突然その場に響いた声はナイトウのものだ。ぜんぽうはんい、と心中で繰り返すが、それを精査している余裕は、敵と向き合い拳を交える今、皆無と言って良かった。身体ごと敵に向かう左拳がもうすぐ当たる、そう思った時、


「――!?」


 何かが目前で破裂したかのように見えた。それと共に星が光る。ちかちかと頭の奥で光るようなそれは、


「くそ、幻術か!」


 その声は銅刃団の男だろう。視界がちらついて周囲の状況が分からない。ただ確かなのは、左拳に感じた手応えと、重ねて聴こえてくるキキルンの苦悶の声だ。 


「ミィア、大丈夫か!」


 ナイトウの声に、頭を振り幾度か目を瞬かせる。


「いえ……大丈夫です、もう治りました」


 ちかちかと瞼の裏にまで現れてきた星の光は、もう姿を消していた。効力の短い幻術なのだろう。自分が周囲の状況を知覚できなくなっていたのは一瞬の事だったようだ。こちらに向かって幻術を仕掛けてきたキキルンは確かに先ほどの攻撃で沈黙していたし、他にも、半数ほどのキキルンが地に倒れていた。


「なるべく真正面から向き合わないようにして、その攻撃は正面にしか出せない」

「詳しい、知ってる、なんでっちゃ!? やめやめっちゃ!」

「なんでって言われてもなぁ」


 ……緊張感が無いですけど、どうにかなりそうですね、そう思いつつ、ミィアは戦線に復帰した。





 その場が収まったのは、日が暮れる頃の事だった。

 数匹は取り逃したものの、コッファー&コフィンに押し寄せてきたキキルンの盗賊団は、殆どを銅刃団が取り押さえることが出来た。どうやら彼らは、捕らえられた仲間を奪い返し、ついでに酒房の中を荒らして食料や金銭を強奪する算段だったらしい。残念ながらその目論見は失敗し、その算段に加担した面々は一同縄を掛けられ、銅刃団に引き立てられていった。


「いやあ、助かった。よくあいつらが幻術を使うと知っていたな」


 そう俺に声をかけてきたのは、ラウンデルフと名乗る銅刃団の男だった。周囲の団員を取り仕切っている様子を見て勝手にリーダー格の男だと思っていたが、階級は別にそうではなく、ただ仕切りたがりなだけだ、と自分から笑い話にしていた男だ。


「いや、ちょっと小耳に挟んでただけだ。キキルン族はそういう技を使ってくるって」


 そう言いつつ、俺は先の戦闘のことを振り返る。

 恐らく先ほどの戦闘は、F.A.T.E『コッファー与えず、コフィンに送れ』に該当するものだろう、そう思う。酒房コッファー&コフィンに押し寄せるキキルン盗賊団の群れ。それに対抗する銅刃団。俺たちが先んじて盗賊団の一味を数匹捕らえてしまったことによって話の流れは変わってしまったが、ゲーム内で体験したイベントと、殆ど相違無いものだった。


「俺はあの技、猫だましって聞いてたけど幻術だったんだな」 


 猫だましとは、相撲の戦術の一種で、立ち会いと同時に相手の目の前で手を叩き、相手を驚かせる事によって隙を作る、といったものだ。俺は、キキルンが扱う『猫だまし』というアビリティも、それと同じものだと思っていた。


「(言われてみれば確かに、星のエフェクトが散ってたもんなぁ)」


 あれは、ただの演出ではなく幻覚の一種だったのかもしれない。実際、技を正面からくらったミィアは、まるで突然視界を奪われたかのようにフラつき、目を瞬かせていた。


「ま、何はともあれお手柄だ、冒険者。あっちの嬢ちゃんとこれでも分け合ってくれ」

「ああ、助かる」


 そう言いつつ受け取ったのは、いくらかの硬貨が入った小さい革袋だ。重みからして、大した額ではなさそうだが、低レベル帯のF.A.T.Eの報酬ならばそんなものだろう。先にカウンターで夕食を取っているミィアに軽く目配せし革袋を見せたが、食事に夢中なようで気付かれる事は無かった。

 まぁいいか、そう思いつつ、少し情報収集をしておこうとラウンデルフに言葉を向ける。


「……そういえば、あの盗賊団なんだけど」

「ああ、また来るだろうな。アンタらもここの店主に言われてアイツらの捕縛に向かってたんだろ」

「ああ。何やら手を焼いてると聞いてな。やっぱりまた来るか」

「キキルン族は仲間意識が強い。かなりの数しょっ引いたからな。復讐でも、腹いせでも、親玉を仕留めない限りまた来るだろう」

「キキルンの盗賊団の親玉っていうと……この辺だとババルンの事か?」

「なんだ、よく知ってるじゃないか」


 いや、これも小耳に挟んだだけなんだ、そう言う俺に、ふうんと余り信用していなさげな返答を返したラウンデルフは、更に言葉を重ねてくる。


「元々、この酒房には警戒を頼まれててな。崖上に監視所も置いてるんだが……ここのところ人を回せてないんだ。だから店主のオヤジは冒険者を雇ったのかもしれんが」

「ああ、そういう事か……」


 確か店の上には銅刃団の監視所が有ったのでは無かっただろうか、と思ってはいたのだが、それは気のせいではなかったらしい。確かにそれは存在するが、人が居なかったからこそミィアはああやってキキルンに追い詰められていたのか。


「じゃ、俺もそろそろウルダハに戻る。もしかしたら今夜にでも盗賊団がお仕掛けてくるかもしれないが……無理はするなよ、来たらすぐ銅刃団に連絡してくれ」

「ああ、分かった。そうさせてもらうよ」


 それじゃあな、とラウンデルフは片手を上げ、店を出て行く。それを見送ってから俺は、カウンターに向かい、ミィアの隣の席に腰掛けた。

 卓上に並んでいるのは、昼食で出た丸いパンに、ソースのかけられたステーキ、キノコの炒め物のような何かだ。皿は大きめで、そこに乗っている量も一人分には見受けられないことから、これは俺とミィアがシェアして食べる前提の量なのだろう。それを裏付けるように、 


「あ、お先に頂いてます。これどうぞ」

「ああ、ありがとう」


 こちらに気付いたミィアがナイフやフォークの入った籠と小皿を手渡してくれた。それを受け取った俺は、とりあえずパンを手に取り、それを千切りつつ口にする。彼女に先に食事を始めるよう勧めたのは俺だ。戦闘や捕縛の事後処理も終わり、日が暮れた頃、彼女がぽつりと呟いた「おなかすいた……」という声を確かに聞いたからだ。恐らく先の戦闘で、遅い昼食で摂取したカロリーを使い果たしたのだろう。見るからに若い容貌をしているし、もしかしたら育ち盛りなのかもしれない。そう思いつつ、彼女に声をかける。


「ミィア、疲れてるか?」


 その問いは、労いというよりも確認だ。それに気付いたのか、ミィアも小首をかしげつつ、


「? いいえ、まぁ、普段と比べたら疲れていますが……空腹を満たせば大丈夫になるかと。どうかしましたか?」

「ああ、それじゃあ」


 彼女が切り分け、こちらに渡すようにしてくれたステーキを皿で受け取る。気の利くミコッテだなぁ、そう思いつつ言葉にするのは、


「これ食べたら、盗賊団の親玉、ババルンを退治しに行こう」

「…………」


 ぽかん、という表現が正に似合う表情だった。俺はそれを横目に眺めつつ、食べやすい大きさに切られたステーキを口に運ぶ。旨い。何の肉なのかはよく分からないが、鶏肉に雰囲気が似ているような気がする。ソースがちょっと甘酸っぱい。暫くの静寂の後、


「ええ……!?」


 疑問と混乱、不信を綯い交ぜにしたような声が、ミィアの喉から絞り出された。  




称号:レジェンドのヒカセン エオルゼアに転生する ~いよいよ異世界だなぁ、オイ!!~

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