二章 中央ザナラーン - 06

Hyur-Midlander / Halone

Class:GLADIATOR / LEVEL:09

Location >> X:19.0 Y:18.0

ザナラーン > 中央ザナラーン > ブラックブラッシュ >ネズミの巣  




 ババルンは、他のキキルン族よりも優れた個体だった。

 生まれた時から他の者たちよりも大きかったし、成長も早かった。力も有り、喧嘩で負けるようなことは殆ど無かった。何よりも彼は、手先がとても器用だった。 キキルン族は自らの所持する宝石や貨幣などの貴重品を装飾として身につける。それらの加工を細い手指で行うのが常だ。手先が器用なババルンは、装飾品の加工においても他に引けを取らなかった。

 しかしババルンは、装飾品の類を身に付けることにあまり興味が持てなかった。


「(……貨幣を貨幣のまま持っていても腹は膨れない)」


 彼が最も興味を持っていたのはその貨幣や貴重品を使い、食材を手に入れ、そしてそれらを調理することだった。彼の器用な手先は専ら調理器具を手にする事が多かった。

 長年かけて油を馴染ませたフライパンの前に、ババルンは立つ。フライパンが水平になるよう丁寧に組まれた石の竈の火力は十分だ。適度にフライパンが暖まれば、フラントーヨオイルを適量流し込み、


「(いい香りだ)」


 香りがたってきたらスライスしたベーコンを敷き、跳ねる油をものともせず常温に戻しておいた卵を割り入れる。こん、とフライパンの縁でヒビを入れ、片手で割る動作は熟練のものだ。

 暫くそれを眺め、フライパンと面している側にある程度火が通ってから、


「(……少しだけ)」 


 ウォーターシャードから抽出された水を少量投入し、即座にフライパンに蓋をする。軽い蒸し焼きだ。


「(ここからが大事だぞ……!)」


 蓋をしてしまえば時間との勝負だ。程よく火を通し、しかし焼き過ぎず。そう、卵が半熟になる頃合を見計らう。


「(今だ……!!!)」


 ぱか、と蓋を取れば蒸気と共にベーコンのいい匂いが辺りに漂う。フライパンを火から外し、卵を割ってしまわないよう慎重に、しかし手早く木べらで掬いとる。出来上がったベーコンエッグの行く先は、まな板に置かれたフラットブレッドの上だ。そ、と既に暖められたフラットブレッドの上に、まるで設えたかのように程よい大きさで、ベーコンエッグは鎮座した。

 後は卵への味付けとして塩とコショウをぱらぱらとまぶし、さらに、


「(ダメ押しだ!)」


 傍らに用意しておいたチーズの塊を手に取り、粗めのヤスリで表面を削りまぶす。


「これで完成だ! ババルン特性ベーコンエッグサンド!!」


 言うやいなや、フラットブレッドを真ん中で折るようにしてベーコンエッグを包み込み、その長い口で頬張る。

 程よい味の濃さのベーコンと卵の白身がよく合う。それに、ベーコンの油を吸ったフラットブレッドも旨い。咀嚼して飲み込み、更にもう一口。今度はとろりと零れ落ちそうになる半熟の黄身がまろやかな味わいを与えてくれる。完璧な半熟だ。フラットブレッドの外に溢れてしまわないよう細心の注意をはらいつつ食を進める。  ババルンは、こうして自身で調理したものを食す瞬間が最も幸福だと感じていた。しかし突然、


「親分!!ただいま帰りましたぜ!!」


 ぱたぱたという足音と共に、広場に駆け込んでくる者がいる。そのキキルンはババルンが食事をしているところを見た途端、


「あぁ、すいやせん!!食事中でしたか……邪魔しましたね。でも今回の戦利品はすげぇっすよ!!」


 そう嬉しそうに報告するキキルンは、ババルンが率いる盗賊団の中でも参謀に近い地位に立つ者だった。少し軽薄そうにも聞こえる響きのキキルン語をあやつるその男は、名をゾゾルンと云う。

 少し粗暴な面もあるが、仲間想いで面倒見のいい兄貴分のようなキキルンで、ババルンは彼にかなりの信頼を寄せていた。思えば、ババルンが盗賊団を率いる事になったのも、彼がきっかけだった。 


「(懐かしいな)」


 ババルンがまだ幼い頃……それはまだウルダハの施策として蛮族排斥令が発布されていなかった頃の話だ。彼は、貿易商をしていた親に連れられて、ウルダハの都市に踏み入った。

 そこで昼食を取るべく入った冒険者向けの食事処で食べたボイルドエッグが、忘れられないほど美味かったのだ。それ以来ババルンは卵の魅力に取り憑かれ、完全で完璧な半熟卵を作り出す術をその腕に宿すに至った。

 ゾゾルンと出会ったのは、丁度その技術を身につけた頃の事だった。その時は既にウルダハ都市内から蛮族と称された種族は叩き出され、生きる術を持たぬ者達は盗賊や人攫いなどの悪行に手を染め暮らす手段しか残されていなかった頃合だ。貿易商だった両親は既に亡く、兄弟は散り散りになってしまい、一人前の大人キキルンとしてただ細々と暮らしていたババルンは、ある日ボロボロの姿で荒野に横たわるゾゾルン一行を見つけたのだった。

 彼らを自身の住処まで連れ帰り、傷の手当をして寝かせてやる。その間に彼らの荷物を確かめ分かった事は、彼らが恐らくは盗賊だという事だった。


「(あの時は驚いた……)」


 ぼろぼろの風体に似合わない金貨の袋に、宝石や装飾品の山々。それらを丁寧に扱わず、乱雑に麻袋に放り込んでいるところを見れば、彼らが正規の持ち主でないことは容易くに推察できる。恐らくはそれらを何処かの行商から奪い取ってきたのだろう、そしてその時に用心棒か何かに追い返された結果がこのザマだ。ただ、こうして戦利品を手にしたまま逃げ果せたのだから、彼らの仕事は成功したと言っていいだろう。

 しかし、ババルンが何よりも注目したのは、そういった財産の類ではなかった。一人のキキルンが小脇に抱えていた麻袋からは、他の袋と違い小麦の香ばしい香りが漂ってきたのだ。

 あまり他者の仕事成果に触れるのは良くない。そうは思うのだが、ババルンはついその袋を手に取ってしまっていた。恐る恐る、麻袋の口を縛る紐を解き、中を覗き見る。果たしてそこには、香ばしい香りを放つパンや干し肉、塊のままのハムや干した果物が放り込まれていた。そしてその奥、底に敷かれていた物をババルンは見逃さなかった。

 一見するとただの木箱だ。しかしその木箱は、ババルンが欲してやまない物だったのだ。詰め込まれた食料を取り出し、傍らに並べる。そして丁寧に引き出した木箱を開いてみれば、敷き詰められた藁の中に、つやつやと輝く白い卵が、ただ静かに鎮座していた。


「(あの時は何も考えていなかったな……)」


 ババルンはその卵を見た途端、ついそれらを全て茹で卵にしてしまったのだ。勿論、全て完璧な半熟卵に仕上がった。ちょうどゾゾルン達手負いのキキルンの意識が戻ったのも、卵が茹で上がり、殻を向いていた時だった。

 勿論ゾゾルン達は暴れた。いや、実際はそれぞれの傷が痛み暴れることは出来ず、ただきぃきぃと自身の戦果に手を出された事について喚いていたのだが、それもババルンの自身たちよりも数倍は有る背丈を目にし、静かになった。

 静かになったゾゾルン達に対し、ババルンは今しがた出来上がった半熟卵に軽く塩を振ってから渡してやったのだ。なぜならそれは彼らの戦果物であるし、それよりも、手当の際に彼らが皆、助骨が浮くほど痩せこけたキキルンであることを確かめていたからだった。 

 最初は訝しげに卵を受け取った彼らだったが、飢えには勝てない。恐る恐る卵を口にし……、


「とろとろっちゃ!?」


 突然出た共通語に、笑みがこぼれる。

 恐らくは半熟に仕上げた茹で卵を食べたことが無かったのであろう、彼らは皆夢中でそれを食べた。それに気を良くしたババルンは、更にベーコンを焼き、パンを温め、軽いベーコンサンドを作ってやる。それを彼らが美味そうに食べる。更に気を良くして刻んだハムを入れたスクランブルエッグ、野菜を漉して作ったポタージュスープを作っては食わしている内に、彼らが奪い取ってきた食料は無くなってしまった。

 それを告げると、


「そんなもん、また盗ってきますぜ!!」


 だから、また飯を食わせてくれと彼らは言う。

 盗らずともいい、今回は金をかなりパクれた、これで暫くは普通に食料が買ってこれる。だから、と。


「頼んますぜ、親分!!」


 そう、最初にババルンの事を頭目として読んだのが、ゾゾルンだったのだ。そうして気付けばババルンの元に通うキキルンは増えていき、ゾゾルンを筆頭に中央ザナラーンではちょっと名の知れた盗賊団へと変化していった。今でも窃盗の音頭を取るのはゾゾルンだ。

 彼が盗み、戦果を持ち帰り、それをババルンが調理する。そしてそれを皆で食す。ババルンの名を冠した盗賊団は、そういう場所だった。


「なんか考え事ですかぃ?」


 そうゾゾルンに問われて、ババルンは記憶に思いを馳せるのを取りやめた。なぜ今になってこんな事を思い出したのだろう、少し感傷的になっているのかもしれない、そう思いつつゾゾルンに言葉を返す。


「……大丈夫だ。豊作だったなら、今日は献立はオムレツがいいだろうか」

「やった!!俺ぁ親分の卵料理の中でオムレツが大好きなんですよ!!ま、イチバンはあの時の茹で卵なんスけどね」


 きき、と笑うゾゾルンにこちらも笑みで返す。盗賊団も大所帯になってきた。人数分のオムレツを作るには手がかかる。夕食には早い時間だが、そろそろ仕込みに取り掛かるか、そう思いババルンは立ち上がる。


「手伝ってくれるか」

「勿論ッスよ! 練習して卵もキレイに割れるようになりましたからね!! 任せといてください!」


 こうして自身を盗賊団の首領として祭り上げられることに、困惑が無かった訳では無い。なんなら最初は何を言うのかと断固として拒否していた。

 本当なら、金を貯めてウルダハを出奔し、リムサ・ロミンサに渡りたかったのだ。あそこは獣人も排斥されておらず、キキルン族も多く居ると聞く。そして何よりも調理師ギルドが存在する。できればギルドに入りプロの料理人に師事したかった。

 それでも結局、こうして首領の座に収まっているのは、自身の料理を美味いと言って食べてくれる彼らが居るからこそだった。ババルンは、いくら盗賊団という世間から顰蹙を買う集まりでも、この集まりが好きだった。彼らと食事を共にする事を気に入っていた。そして、ババルンが彼ら一つの盗賊団としてまとめる事によって、組織力が生まれ、仕事が上手くいくことも理解していた。

 最早、ウルダハでキキルン族が真っ当な職について生きることは難しい。そんな行くあてのない彼らの拠り所になっている事を、ババルンは理解し、受け入れていたのだ。


「ゾゾルン、明日の朝食は何がいい」

「えぇ!? 晩メシの準備してんのにもう明日の事っすか!?」

「常に次を考えておかねば」

「親分は計画的ッスねぇ……えーと、じゃあ、さっき親分が食べてたヤツが良いっす!チーズかけてたでしょ、あれずるいなぁ絶対美味いじゃん」


 きき、とゾゾルンが笑う。  その笑みに対しババルンは、分かった、とだけ返事をした。





 銅刃団のラウンデルフから道すがら聞いた話は、概ねそういった内容だった。どうやら夕刻に捉えたゾゾルンという名のキキルンが護送中に語って聞かせた話だそうだ。首領のババルンは、自分達が勝手に首領と呼んでいただけで、彼自身にそういったつもりはないのだ、と。


「だがしかし、盗品が流れる先である事に変わりはないからなぁ」


 そう、少し苦い笑みを浮かべながら言うラウンデルフに、俺達はババルンの身柄を引き渡したところだった。

 今から三十分ほど前……ババルン一人を誘き寄せ、どうにか倒せたものの、残党に見つかってしまった俺達は窮地に立ったかと思われた。盗賊団の残党の数によっては手も足も出ずに返り討ちに遭ってしまうかもしれない。どうするか、そうミィアに目配せをしたのも束の間、


「――――!?」 


 そのキキルンは、こちらが聞き取ることのできない、言葉のような何かを発してこちらの傍らに倒れるババルンに駆け寄った。きぃ、きぃ、と悲しげに鳴きながらババルンの身体を揺するその様子は、彼らが発する言葉を理解できずとも物悲しさを感じる光景だ。それに胸を痛めたのだろうか、ミィアが息を詰める音がかすかに聞こえてきた。


「…………」


 自信を心配する声に気付いてか、身体を揺するその手に起こされてか、どちらかは分からないが、ババルンの身体がゆっくりと身動きする。それを見た俺は再び身構えようとしたが……こちらの服の裾を引くミィアの手に、それを止められた。ただこちらの目前に踞るババルンは、両腕を地に付き、身体を起こそうとする。しかし上手く力が入らないのか、再び地面に倒れ伏した。そんなババルンを見て、駆けつけてきたキキルンがきぃ、と威嚇の声を上げる。俺達をババルンに近づけないよう、彼の身体を両腕で庇いつつ只こちらを睨めつける。


「(……あれは敵ながら、悲壮感が凄かったな)」


 恐らく俺は、こちらの服の裾を掴んだミィアが居なければ、再び剣を構え彼らに向き合っていただろう。しかし、彼女がそれを許さなかった。そうなると、出来る事はただ、彼らの動向を見守ることしか無い。

 先に動いたのはババルンだった。彼は、再び両腕に力を込め、微かに身を起こし、


「……もういいっちゃ」


 掠れる声で、そう告げた。


「……みんなで降伏するっちゃ、自首したら、そんなに悪いことは起こらないっちゃ」


 でも、と抗議するように彼を庇っていたキキルンがきぃ、と鳴く。


「それにゾゾルンも、とてとて心配っちゃ、放っておけないっちゃ」


 彼はそう、諦めたような、しかし芯の通った声色でそう続ける。

 俺は、彼の言葉に驚きを隠せないでいた。彼のその、落ち着いて穏やかな声色にも、だ。その時はこんなにも落ち着いたキキルン族も存在しているのか、そう思っていたが、ラウンデルフから彼の身の上を聞いた今では多少なりとも納得できる。ゾゾルンが語った内容が正しいのであれば、彼はこの盗賊団の拠り所のような存在だったのだろう。そしてそれを受け止められる器の広さを持っていた。

 最初は彼の言葉に抗議していたキキルンも、すぐに落ち着き、大人しくなった。それは、彼らの拠点に残っていた、残り少ない盗賊団の残党達も同じだった。ババルンがそう言うなら、という雰囲気だ。そうこうしている間に、呼んでもいない銅刃団が駆けつけてきたのだ。

 どうやら、闇夜に紛れて敵地に乗り込んだ俺たちを心配したウォウォバルがウルダハへ戻った銅刃団を呼び戻してくれていたらしい。彼らにしてみれば休む間もなく蜻蛉返りする羽目になって不満だろうが、盗賊団の残党を一掃できた事でその不満についてはチャラにしてもらえた。

 ネズミの巣まで駆けつけてきた彼らに、縄を打たずとも大人しくなったババルン達を引渡し、そして至る現在、だ。 

 あの時、剣を構え直そうとした俺の手を止めたミィアは、盗賊団を引き連れる銅刃団の後方を一人とぼとぼと着いてきている。その表情は少し暗いもので、


「(まぁ、気持ちは分かる)」


 あの時、ババルンを庇うキキルンから向けられた眼差しは、所謂『正義の味方』が向けられるものではなかったのだ。弱者が、強者にたいして手も足も出ない時に向ける目だ。そこに込められた感情は、少なくとも気持ちのいいものではなかっただろう。


「(そういう事も有るよって思っちゃう俺は、世間擦れしてしまってるって事なのかなぁ)」


 後でフォローしてあげられるのならしてやりたいが、そう思っていると、コッファー&コフィンはすぐそこだった。もう時間は深夜に近いだろうに、店には明かりが灯され、その明かりが届く範囲にはそわそわとした様子のウォウォバルが佇んでいる。しかしこちらが銅刃団と共に歩いてきたのが見えたのだろう、見るからにほっとした表情を浮かべて、


「お二方! ご無事でしたか!!」


 わたわたと(どうしてもララフェルの走り方はそう見えてしまう)こちらへ駆け寄ってくる彼に、俺は片手を上げて返す。


「心配したのですよ、こんな夜更けに出て行くなんて、キキルン族だけでも手を焼くのに、妖異でも出たらどうします!」

「あはは……すいません、心配をかけてしまって」

「いやはや、銅刃団の皆さんが戻ってきてくれたから良かったものの……」

「いやぁ俺たちは盗賊どもに縄をかけただけで、殆どはこの冒険者らがやってくれてたんだぜ、店主の旦那」


 大したもんだよ、とラウンデルフはこちらの肩を叩く。軽快な音を立てるそれに苦笑しつつ、俺はミィアの方をちらりと見て、


「まぁ……彼女も頑張ってくれたし、なんとかなって良かった」

「いやはや、なんとかなったのなら安心ですが……」

「しかし何を思ってこんな無茶をしたんだ? 無理はするなって言っただろう」


 いやあ、と少し口ごもりつつ返すのは偽りの返答だ。


「今なら向こうの布陣を立て直される前になんとかできるだろうと思って……早いうちに攻めてしまったほうが良いかと思ったんだ」


 実際のところはそうではない。ただ俺は、FF14のゲーム内での知識をどれくらい活かせるのか試してみたかっただけだった。実際、策を講じてみた結果、八割方ゲーム内での知識が役に立ったと言って過言ではないだろう。ババルン一匹を誘き寄せる事には成功したし、ミィアへのアドバイスが役に立ってか、それに打ち勝つこともできた。 


「(これからもこの知識が役に立ってくれたら良いんだけどな……)」


 流石に一度上手くいったからといって二度、三度と成功するような予測を立てられるほど気楽な物の考え方をしていない。これからも検証有るのみだ、そう思う。 こちらの偽りの返答に対し、ラウンデルフは肩を竦めて見せる。そして、


「それじゃあ俺達はまたウルダハへ戻るぞ。お前らは店に泊めてもらうんだったか?」

「ええ、ええ、ウルダハの宿屋と比べれば快適とは言い難いですが泊まっていただきます。盗賊団討伐の恩人ですからね」

「あはは、世話になります」


 ほら行くぞ、とキキルン達を引き連れる銅刃団に声をかけ、ラウンデルフは街道に向かって歩き出す。その時、盗賊団の首領であったババルンが、ちらりとこちらを見やった。俺を見て、そして、遅れながらようやくコッファー&コフィンに辿り着いたミィアを見る。しかし彼はただ視線を送っただけで何もしない。暫しこちらを見つめてから、銅刃団に引き立てられるままに俺達に背を向け歩いて行く。


「(まぁ、思うところが無いわけ無いよな……)」


 彼の視線に込められた思いが何なのかは分からないが、それは彼の胸中にのみ存在するものだろう。何も知らずにそれを推察する事はおこがましくも思えた。 さて、と俺は気を取り直しミィアに向き直る。


「ミィア、腹減ってないか?」

「えっ!? あ、その、まだ大丈夫です」


 突然自分に声がかかったことに驚いたのだろう、俯きがちだった顔を跳ねあげ、ミィアはこちらに寄ってくる。


「そっか、それじゃあウォウォバルさんのお言葉に甘えて休ませて貰おう」


 お疲れ様、と続ければ、未だ100%の元気を取り戻したとは言い難いが、彼女は確かに笑顔を返してくれた。





 俺達に宛てがわれた部屋は、従業員の休憩室のような部屋だった。壁の一方は石壁で、この部屋が崖下をくり抜いて作られた部屋だということが伝わってくる。地下室のようなものなので窓は無く薄暗いが、そういった湿っぽさを無くすための努力か、室内は小綺麗に片付けられ花なども生けてある。部屋の広さはウルダハの宿屋の半分程で、衝立の奥にベッドが、こちら側にソファが置かれていた。

 結局その部屋で俺たち二人が身を落ち着けたのは、最早夜明けが近づいてきた頃合いだ。よく有る話で、どちらがベットで寝て、どちらがソファで寝るかの譲り合いが長引いただけの話だった。最終的には俺がその譲り合いに勝利し(このミコッテ・ララフェル向けけサイズの慎まやかなベッドでは返って寝ずらい、ソファの方がまだマシ、が決め手だった)、ミィアをベッドに押し込むことに成功した。ランプの灯りを消し、ソファに横たわれば落ち着いた暗闇が部屋を占領する。

 きし、というベッドの軋みと衣擦れの音でミィアが寝返りを打った事が分かる。


「(……思えば、異性と同室で寝るとか初体験か)」


 ふとそう思うが、そこに感慨が生まれることは無かった。今日一日の活動に疲れ果てているという事もあるが、それよりもミィアを異性として意識出来ないというのが本音だ。

 別に、彼女を女性と思っていない訳では無い。確かに女子キャラを見たらとりあえずおっさんだと思えが真理の世界で生きてはいたし、今でもその真理は俺の中に根付いている。しかしそれが理由ではない。それよりも今は、互いに協力して数度の戦いを乗り越えた、そう、戦友のように思えてならなかった。

 恐らくはミィアも同じような心持ちなのだろう。こちらと同室で休む事を嫌がりも警戒もせず、なんならこちらにベッドで休む権利を譲ろうとまでしていた。


「(むしろもっと警戒した方がいいんじゃ……)」


 うら若い女子が冒険者として生きていくのは何かと気苦労が絶えないだろう。少なくとも、現代日本社会と比べれば未開地域と言ってもいいレベルの治安だ。

 今コンビを組んでいるのが俺だからいいが、こうして仕事を全うした今、彼女と共に戦うのはこれで終わりだろう。それを寂しくも感じるが、別に今生の別れという訳では無い。また再びウルダハで仕事をしていれば出会うことも有るだろう。その時、彼女が組む別の冒険者が彼女に不幸をもたらさないとも限らない。

 信用されているのは嬉しいが少し心配だな……そう思っていると、


「…………あの」


 暗闇の向こうからこちらに掛けられた声はミィアのものだ。その、小さく遠慮がちに呟かれた声に対して俺は、彼女について考えていた心を見透かされたような気がして返事かできず、


「……寝ちゃいましたか?」


 こちらが眠っていた場合、それを起こさないための気遣いだろう。ささやかな呼びかけだ。流石に狸寝入りをする理由も無いだろう。俺は平静を装いつつ、


「……起きてるよ、どうした?」


 そうゆっくりと答える。それに対して再び衣擦れの音が聞こえて、


「その……先ほどは申し訳ありませんでした」

「ええと、何がだ? 心当たりが無い」

「いえ、その……」 


 暗闇の向こうでミィアが数瞬言い淀む。


「キキルン族の残党に見つかった時……ナイトウさんが武器を構えるのを、私、止めました」

「ああ……そんな事か。別に謝ることじゃ……」

「いえ、だって、あそこで攻撃をされていたら私たち為す術が無かったですし、武器を構えるのが正解の場面でした」


 なのに私は、と続いた声の先は、自責の念からか闇に掻き消える。その言葉に俺は、


「でも、あの時は構えないのが正解だったよ、多分……だからこそババルンは投降してくれたんだと俺は思ってる」


 そう、彼女が先の一件を気にしないで眠れるよう言葉を作る。


「それに……俺も、気持ちは同じようなものだったよ。おいおい、これに剣を向けるのは正義の味方じゃなくないか?って思ってた」

「ナイトウさん……」

「まぁ、それでも剣を抜こうとしてしまうとこが、悪い意味で大人なのかもしれないなぁ……」

「……ナイトウさんは、大人なんですか?」

「えっ? あぁ、うーん……社会人経験は多少有るよ」


 シャカイジンケイケン……と復唱するミィアの声を聞いて、こちらの言わんとしている事が上手く伝わらなかった事が分かる。エオルゼア語自動翻訳は難しい……そう思っていると、


「その、ナイトウさん」

「なんだ?」

「ナイトウさんは……目標とかって、有るのですか」

「目標?」


 えぇ、とミィアが答える。


「その……旅の目的と言うか、ええと、今後の目標というか…」


 ぎし、とベッドが軋む音が響く。それによって、ミィアが言葉選びに迷っている事が伝わってきた。俺は彼女が紡ぐ言葉をただ暗闇を見つめて聴きながら、


「今後の目標かぁ……ミィアは有るのか?」

「私は……とりあえず、強くなる事が目的なので、そんなに明確な事は無くて」


 だから、と彼女は言葉を続ける。 「こ、これからも一緒にやらせてほしいんです、私。今日限りのパーティーじゃなくて……明日からも。……その、ナイトウさんは、悪い人ではなさそうなので」 

 なるほど、と思った。彼女が切り出そうとしていたのはそれか、と。

 その申し出に、おれはすぐ言葉を返した。


「俺は……構わないよ、そりゃあ……悪い人ではないし」

「自分でそれ言うんですか」


 くつくつ、と押し殺した笑い声が聞こえてくる。どうやら少しは元気が出てきたようだ。それに少し安堵しつつ、俺は思う。


「(一緒に来てくれるのか……)」


 心中は、驚きの感情がかなりを占めていた。まさか彼女からそんな提案をされるとは思ってもみなかったのだ。彼女と共にこれからもパーティーを組めるというのは、エオルゼア初心者の俺としては凄く有り難い。一人で手探りのまま生きていくには、少なからずハードルが高い世界だ。ゲーム内のエオルゼアの事なら凡そ把握しているが、ゲーム内で語られていない事については滅法世間知らずなのだ。それをカバーしてくれる、エオルゼア生まれエオルゼア育ちの人間が共に居てくれるというのは本当に心強い。海外旅行中に通訳のできる現地のガイドを捕まえたようなものだ。

 それに、何度も言うが、俺は悪い人間ではない。それだけは俺が保証する。しかし、


「俺の旅の目的、か……」

「無いんですか?」


 昨日までの目的だった、俺を助けてくれた少女を見つけ礼を言うという目的は晴れて達成できた。そらでは明日からどうするのか。ウルダハを拠点として、ただ日銭を稼いで暮らすのか。

 俺は、少しだけ考えていた事が有った。それを、言葉を選びながら口にしていく。


「俺の目的は……会ってみたい奴が居て」


 そう、俺は会ってみたい奴がいる。この目で一目見てみたい。そんな奴だ。


「ただ、名前も分からないし……なんなら顔も見た事が無いし……」

「それは……難しいですね」

「だよなぁ……ああ、ええと、男で斧術士って事は分かってる。最近はラノシアに居たらしい」


 そう、俺は……名も知らぬ、この世界の未来の『英雄』である光の戦士、この物語の主人公に会ってみたいのだ。

 顔も分からないと言ったが、恐らくはゲーム内のOPムービーなどに登場するヒューランの顔立ちをしているだろう。漆黒で活躍したアルバートと同じ顔だ。もっと分かりやすく言うならば、ひろし。

 俺は彼に会ってみたい。会ってどうしたいのかは分からないが……ただ、ゲーム内でプレイしていた自分自身の分身である『英雄』が、どういった存在だったのかを見てみたいと思うようになったのだ。 

 これをそのままミィアに伝える事はできないが、


「なんとなくの足取りは分かる筈だから……そいつを追いかける事になるかもしれないな。今は何してるのやら……」

「なるほど……その、答えたくなかったらいいのですが、その人はナイトウさんとどういった関係なんですか……?」

「関係?」


 ええと、と思う。俺とひろしの関係、どんな関係ないだ?と。いつもムービーで見ていたから、俺は凄く見知った奴の気分だが、向こうはそうはいかないだろう。なので、


「……他人?」

「えっ他人なんですか!? 恩人とか、生き別れた兄弟とかでなくて!?」


 ぎし、と重めにベッドが軋んだのは彼女が思わずその身を起こしたからだろう。なんとなく、疑惑の眼差しを向けられている事が暗闇の中でも伝わってくる。


「あはは、いや本当に、いつか会えたらいいなーくらいだから、自己研鑽とか依頼をこなして飯を食う事の方が優先順位は上だよ。ただ、目的も無く暮らすのは手持ち無沙汰だからさ」

「そう……ですか」


 だから、と言葉を続ける。


「これからもミィアが一緒に冒険者として仕事をこなしつつ、そいつを探すのを手伝ってくれるなら、俺は凄く助かるよ」

「何も問題無いです、修行だと思ってお付き合いしますよ」

「それじゃあ……」

「えぇ、明日からも宜しくお願いしますね、ナイトウさん」

「ああ、こちらこそ」

「あと、その……」


 ありがとうございます、とミィアは続ける。その礼が、パーティーを組むことを快諾した事についてなのか、彼女の落ち込みを作った原因を許した事についてなのかは分からない。ただ俺は、うん、とだけ返事をして、


「…………っ!!」


 その言葉への応えは、ぐぅ……という彼女のお腹が鳴る音だった。その切ない空腹の音が暗闇に響くと共に、


「そっ、その!!違うんです!!だって、もう朝じゃないですか、だからその!」

「あははは、いや、分かる、分かるよ。寝て起きたらウォウォバルさんに沢山朝食を使ってもらおうな」

「うぅ……恥ずかしいけどそうします……」


 彼女の言葉に笑みを返しつつ、ぼんやりと暗闇を見つめていた目を閉じる。長かった一日がようやく終わる。

 先程までの盛り上がりはどこへやら、俺は吸い込まれるように眠りへ落ちていった。 




称号:レジェンドのヒカセン エオルゼアに転生する ~いよいよ異世界だなぁ、オイ!!~

Final Fantasy XIVのアンオフィシャル小説サイトです。 ひょんな事から自分が遊んでいたTVゲームの中の世界に転生をした男の半生を綴った物語。