Hyur-Midlander / Halone
Class:GLADIATOR / LEVEL:04
Location >> X:3.6 Y:3.4
ザナラーン > ウルダハ:ナル回廊 > クイックサンド > 宿屋「砂時計亭」
声が聞こえていた。
…ーこりゃあエーテル酔いだな
…ーエーテル酔い? なんですか? それは
…ー魔法適性が少ない奴だと稀になるんだよ、濃いエーテルに当てられてな
…ーそれは……大丈夫なんですか?
…ーまぁ酒とか乗り物酔いみたいなもんだ、ほっときゃ治る……が、エーテライトと交感しただけでこうなる奴なんて見たことねぇなぁ、病気かなんかか……?
…ーええっ、それ、大丈夫じゃなくないですか!?
…ーうーん、そろそろ日が暮れて冒険者連中で混み合っちまう。そんなとこに寝られてても困るしな……。
…ーお医者様とか、呼んだほうがいいんでしょうか
…ー行きずりの冒険者診てくれるような酔狂な医者がウルダハにいると思うか?
…ーうっ……ですよね……
…ー嬢ちゃんもそうやって誰にでも優しくしてたらいつか騙されんぜ、世の中いい奴ばかりじゃあないんだ、冒険者なら尚更な
…ーそうです、ね……
…ーねぇ、ほんとに立てないんですか?
…ー大丈夫ですか?
……ーーさん…
……ートウさ…
…ナイトウさん!
自身の名前を呼ぶ声に、俺はがばりと身を起こした。瞬間、
「に゛ゃあっ!!」
「ぐっ」
ご、と鈍い音が脳に響き渡る。ついで痺れにも似た衝撃が額から頭全体に凄い勢いで伝播していった。起き上がった額が何かに激しくぶつかった事が、遅れてゆっくりと伝わってくる痛みと同時に認識できる。
いてぇ、と未だはっきりとしていない頭で思えば、
「いっったあぁ〜!! なにすんのよ、もう!!」
自身の傍らから、激しい抗議の意が降りかかってきた。
頭の痛みに目をつむり周囲を見渡せば、どこか見知った様子の室内である。壁は石造りで、大きな三連の窓からは暖かな光が室内に降り注いでいた。その窓の傍らに置かれたベッドで俺は眠っていたらしい。
ええと、と思い、今もなお抗議の文句を唱えている人影を見上げれば、そこには見覚えのある獣耳の少女が立っていた。涙目で自身の額を抑えているミコッテ。赤茶の髪に金色の猫目、クイックサンドで俺に声をかけてきた給仕の彼女だ。
「あ、あの、ご、ごめん……」
「ほんとそうよ!せっかく起こしてあげようと思ったのに、いきなり起き上がってきて頭突きなんて、 お客さん、もしかしなくても手のかかる人でしょ!」
「あはは……本当にごめん……ええと、俺はなんでここに……?」
俺がこの室内を見知っていたのは、ゲーム内で幾度も利用していたからだった。ここは恐らくクイックサンドに併設されている冒険者向けの宿屋だろう。同店の給仕である彼女が室内にいることが、それを裏付けていた。
しかし俺は自ら宿屋を利用した覚えが全く無い。もちろん彼女にモーニングコールを頼んだ覚えもさらさら無かった。
「ナイトウさん、昨日の夜に運び込まれてきたのよ、倒れてたーって」
「えぇ!? 俺、倒れたの!?」
「覚えてないの? エーテライトプラザで交感しようとしてたんでしょ?」
「ああ、ええと……言われてみれば、そうかも」
確かにそうだった。記憶はかなり朧げだったが、エーテライトに触れようとしたところまでは何とか覚えている。そして、その光を見ているうちに、頭がグラグラして、気が遠くなって……。
「銅刃団の人が言うには、酷いエーテル酔いだって。ナイトウさん、魔法適性あんまり無いらしいよ。テレポとか使うの、絶対やめといたほうがいいって」
「そう、だったのか……」
「今までエーテライトとか、触ったこと無かったの?」
「ああ、うん、故郷にそういうのは無くて」
「そっかー、でも、不便だねぇ。エーテル酔いって、ほんとはテレポして地脈に乗ったりしない限り、そんなに酷いことにはならないらしいんだけど……エーテライトと交換しただけでそうなっちゃうなら、都市内エーテライトとかも触らないほうがいいって言われてたよ」
「まじか……」
「まじまじ」
私みたいな普通の人でも都市内エーテライトくらいは使えるのにねぇ、と彼女は続ける。
確かにテレポにそういう設定が有ったことは知っていた。テレポやデジョンといった、エーテライトを利用した転送魔法には、少なからず精神的負担が伴うのだという。いわゆるゲーム内のプレイヤーキャラクターのように、魔法を扱う素養のある人間ならば問題なく利用できるのだが、そういった素養のない一般人にとっては精神への負担が大きく、簡単に利用できるものでは無い、という設定だ。それでも無理をして利用すれば酷い〝エーテル酔い〟に陥るらしい。
「(俺、魔法の素養なかったのか……)」
ええ、ナイトなのに!? ゆくゆくは会得するであろうホーリースピリットとかどうしたらいいの!?という思いは脳内に押しとどめつつ、今度はゆっくりと身を起こす。
「大丈夫そう?」
「ああ、別に……具合が悪いところは無さそうだ。額が痛いけど」
「それは自分のせい!! ねぇ、ちょっと、あたしのおでこ赤くなってない? 大丈夫? そうなってたら恥ずかしくてお店出れないんだけど」
「大丈夫、大丈夫、たぶん」
「たぶんじゃなくてー!」
ははは、と笑いながら、随分と気さくなミコッテだなぁと思う。多分クイックサンドでも人気の給仕なんだろうなぁってこれは昨日も思ったか。知らないけどきっとそう。人気じゃなくても俺が推す。
「それじゃあ、エーテライトプラザで倒れてた俺を、銅刃団の人がクイックサンドに連れてきてくれたのか?」
「うーん、まぁ、そうと言えばそうだけど……」
「?」
少し歯切れの悪い物言いに、首を傾げる。俺は何か更なる迷惑を掛けていたのだろうか、そう思えば、
「銅刃団の人は、冒険者の女の子が、ナイトウさんをここまで運ぼうとしてたのを見かねて手伝ってあげたんですって」
「女の……子?」
「そうそう。私より背が低いミコッテだったかな? 結構可愛い感じの子で……まぁ、ナイトウさんみたいなガタイのいい男の人を運ぼうとしてるとこ見かけたら、そりゃあ手伝っちゃうよねぇ、みたいな感じの」
「それは……迷惑を掛けてるなぁ」
「ちなみに、宿屋の宿泊代もその子が出してくれてたからね。ナイトウさんも隅に置けないなぁ〜!」
「ええっそれは……良い人すぎないか、その人」
というか宿泊費かかるのか、この宿屋。ゲーム内では無料で利用できたから、冒険者には無料で開放されているのかと思ったが、流石にそういうわけではないらしい。まぁ、すべての冒険者に無料で開放されているのなら、金銭的理由でウルダハ内の暮らしを諦め、野宿する冒険者が出ることは無いだろう。
「……その子って、まだクイックサンドに居るのか?」
「ううん、ナイトウさんを預けたら、どっか行っちゃったよ。多分、格闘士っぽい武器を持ってたから、もーしかしたら格闘士ギルドとかに居るのかもしれないけど……うーん、どうだろうねぇ」
「そうか……ありがとう」
「どういたしまして! あの子にちゃんとお礼言えるといいね!」
にこにこ、と給仕の彼女は明るい笑顔を浮かべている。俺が恩人の所在を尋ねただけで、礼をしようとしている事を察するなど、やはりクイックサンドでも人気の以下略。
「そういえば、名前」
「名前? ナイトウさんの名前なら、冒険者ギルドに登録されてたやつ見たから知ってるんだよ」
「違う違う、君の名前、‘聞いとこうと思って」
「え〜? あたしの名前なんか、知ってどうするの?」
「いやいや、こうして君にもお世話になったみたいだし」
「まぁ、それもそうね〜。私はウ・マナファ。なんなら、チップの振込先も教えとこうか?」
「あはは……それはまた今度伺うことにするよ」
ベットから足を降ろし、そのままそこに座った俺に、ウ・マナファは手短に宿屋の説明をしてくれる。基本的には素泊まりのようなものらしい。チェックアウトするときは受付に声をかけて鍵を返す。朝食が食べたかったらクイックサンドへどうぞ!といったところだ。そして最後に、
「あぁ、あと……剣術士ギルドの人が、依頼の荷物受け取って報酬置いていったよ。荷物とまとめて置いておいたから、確認しといてね」
それじゃあ元気そうだし私は仕事に戻るよ、と部屋を後にしたウ・マナファは、一度ドアの向こう側に隠れ、すこし顔を出したかと思えば小さく手を振ってからようやく姿を消す。恐らく倒れて担ぎ込まれた俺を心配して(もしくは宿屋の誰かからの指令で、だが、心配されていた方が嬉しいのでそういう事にしておく)、こうして様子を見に来てくれていたのだろう。あざとい言動も相まって、とても心が癒される。
ちなみに心配されていた体調だが、不調といった不調は余り感じられなかった。むしろ、よく寝て調子がいい位だ。今が何時なのかはわからないが、昨日の夕方に倒れて今日の朝まで寝ていたのだから、実際によく寝たのだろう。
ふむ、と立ち上がれば、部屋の隅に少ない俺の荷物が置かれている。剣と盾、剣術士ギルドで渡された皮袋だけが持ち物だったが、
「(これか……)」
テーブルの上に見覚えのない小さな麻袋が置かれていた。手に取ればかすかに金属が触れ合う音がする。
「ええと……115ギルだったっけ、報酬は」
指令書を受け取る際に口頭で伝えられた額がそうだった。小さめの麻袋の下には小さな紙切れが敷かれており、数行エオルゼア文字で何かが記されているが、俺はそれを読むことが叶わない。
「(早いとこエオルゼア文字も勉強しないとなぁ……)」
そう思いつつ袋の中身を掌の上に出してみれば、鈍い金色の硬貨が一枚に、昨日10ギル硬貨だと言われた茶色い硬貨が一枚、それらより小さく薄い錆色の硬貨が五枚入っていた。推測するに、金色のものが100ギル硬貨、錆色のものが1ギル硬貨なのだろうか。
しかし、自ら任務完了の報告に赴かずとも、向こうから来てくれたということは、やはり心配されていたのだろうか。メモに記されていた言葉が叱責か心配かは分からないが、気にかけてくれていたという点だけは確かなのだろう。
「(意外とこの世界、優しい人が多いよな……)」
人情に溢れている……そう思い、少しじんとする。彼らの恩に報いるためにも、力をつけ、世界を救う英雄にならねばならない。
よし、と、幾度めか分からない決意の言葉を口にし、俺は部屋を後にした。
●
クイックサンドに出てきた俺を襲ったのは、店内に広がる美味しそうな食べ物の香りだった。朝らしく、パンの焼ける香ばしい匂いが主たるものだ。
「(うわあああ……腹減った……)」
朝起きてすぐ空腹を感じるのは健康な証拠。しかし、今回はその健康があだになっている気がする。なんせ俺は、金が無いのだ。
俺が所持している金は現在、昨日エフトを退治した際の報酬と先ほど確認した、剣術ギルドからの任務完了の報酬だ。その額、合計125ギル。通りがかった給仕に、ウ・マナファがオススメしていたクランペットとやらの値段を聴いてみれば180ギルで、いつか食べてやるぞという気持ちを固めること以外何もできなかった。
ちなみに一番安い料理を聞けばボイルドエッグらしく、一つ5ギルとのことだったので、それに加えて、次に安い7ギルのフルメンティを頼み、俺は席に着いた。
「(ゆで卵1つで5ギルか……)」
確か、コンビニでゆで卵を買うと、一つ100円しない程度……80円前後くらいだっただろうか? そこから概算すると、1ギルあたり16円……つまり俺の全財産は、現在約2000円。
「(子供のお小遣い程度、か……)」
これは早急に金を稼がねばなるまい。というか、クランペット2800円もすんのか!? うっそだろ……どんな高級品だよ……そう思っていると、
「ハイ、おまちー」
ドン、と机に置かれた底の深い木皿には、たっぷりとお粥のようなものが入っている。ところどころに浮かんでいるのはレーズンだろうか。それと、小皿に乗せられたゆで卵。これが、俺のエオルゼア初の食事になる。
「……いただきます」
木のスプーンで掬い、口へ運ぶ。ふむ、と思った。なるほど、甘いのかこれは、と。
「……うまい」
粥の状態にされている穀物的な何かがぷりぷりしている。あとなんか、牛乳っぽい汁が俺が知ってる牛乳よりも濃いい気がする。多分牛乳じゃないのだろうが、調理師のレシピについて深く調べたことがないので分からなかった。なんだろうこれ。俺は何を食べているんだろう?
「(……普段はカップ麺とかカロリーメイトとかしか食べてなかったしな……飯のことって分かんねぇな……なんでも旨いんだよな……)」
残念ながらよく分からなかった。こんなことになるなら、現実世界でもっと食に興味を持っておけばよかった。外食する時間も、自炊する時間も惜しんでゲームばかりしていたから、食に対しての知識が皆無といっても過言ではなかった。
「うーん、なるほど……」
ゆで卵については、普段食べていたゆで卵とそう変わりがないことは分かった。半熟味玉が食べたいなぁと思った。
黙々とスプーンを口に運んでいると、
「あら、元気そうね!」
「モモディさん」
てこてこと、モモディがこちらに近付いてきた。先ほどカウンターを遠目に見た時は居なかったから、この時間に出勤なのか、それとも何処かに行っていたところなのだろう。
「昨日倒れて担ぎ込まれたって聞いて、大丈夫かと思っていたの」
「いやぁ、その節はご迷惑をお掛けしました」
「別にいいのよ。冒険者になりたての子が大怪我をしたりするのは、珍しいことじゃないから……それに、ただのエーテル酔いだったんでしょう? 大事無くて良かったわ」
「あはは……ありがとうございます」
「それと、あなたにちょっとした知らせが有ってね」
「知らせ?」
ええ、と彼女は頷き、俺の正面の椅子に座った(座る、というよりも飛び乗る、といった方が正しい動作だったが、ララフェルが普通のイスに乗るためにはそうせざるを得ないのだろう)。
「昨日、剣術士ギルドの人が来て、あなたにリーブの仕事を斡旋するよう頼まれたの」
「え、剣術士ギルドって……ミラさんが?」
「そんなギルドマスター自ら来るほど暇じゃないわよ、顔見知りの人。なにやら、出先で揉め事を解決してきたらしいじゃない? 見込みのある若者だから、って」
「それは……嬉しいですね、そんなこと言ってもらえてたなんて」
「あと、お金が無いんでしょ?」
「それは……本当に……そうです……」
「あはは、あなたの朝食を見れば分かるわよ。お金に困ってるみたいだったから仕事を分けてやってくれって言われたの」
「なるほど……半端じゃなくありがたいです……」
「で、うちで仕事を斡旋するってなったら、あれ」
モモディが指さすのは、リーブカウンターだ。青いライトで彩られたカウンターには、今も数名の冒険者が向かい、受け付けと何やら話している。
「ギルドリーブのこと、知ってる?」
「ああ、ええと……なんとなくは。冒険者ギルドが仕事を回してくれるんですよね?」
「そうそう。冒険者ギルドが民間から広く仕事を集める。そしてそれを冒険者たちに分配する。なるべくあなた達の技量に合ったものを斡旋しているから、いきなり難しい仕事を振られることもないはずよ」
ああ、それと、と彼女が次に指さすのは宿屋のカウンターだ。
「宿屋を普通に利用してもらう場合はお金を取ってるんだけど、リーブの仕事を受ける冒険者なら無料で使えることになっているの。だから、今後は宿屋も好きに使ってくれたらいいわ」
「おおお、それはすごい嬉しいです。明日から野宿する気でした」
「ま、その代わりと言えばなんだけど、頑張ってリーブのお仕事をこなしてちょうだいね」
「了解です!」
あなたは本当に素直な子ねぇ、とモモディは笑う。
「わたしのお話はこれだけ。何か分からない事は有った?」
「いや、大丈夫です。さっそくリーブを受けに行きます」
「うんうん、頑張ってね! あ、そうだ。これ、頑張ってる冒険者くんに宿屋『砂時計亭』からサービスよ」
はい、とモモディが懐から取り出したのは手のひらサイズの小包だった。受け取り開けば、中にはクッキーが三枚入っている。
「砂時計亭印のクッキーよ! これも食べて、元気に冒険してね」
本当に今日は人の優しさが胸に染み渡る日だ。ひらひらと手を振り、カウンターへと向かうモモディの後ろ姿を眺めつつ、俺は少し冷めたフルメンティを口に運ぶ。少し冷めようが、今の俺はなんでも美味しく食べられそうな気分だった。
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