二章 中央ザナラーン - 02

Hyur-Midlander / Halone

Class:GLADIATOR / LEVEL:06

Location >> X:19.5 Y:20.6

ザナラーン > 中央ザナラーン > ブラックブラッシュ >酒房「コッファー&コフィン」 



「ほんっっとにごめんなさいでした!」


 コッファー&コフィンは、昼過ぎの落ち着いた賑わいも更に落ち着き、店内に居座る客は俺達だけになっていた。窓の少ない店内は、昼間だというのに少し薄暗く、ランプの明かりが灯されている。カウンターの向こう側には、様々な酒のボトルや、木の樽が並べられている。

 普段は、ランチ営業が終わると夕飯時まで店を閉めているらしい。しかし今日は二つの理由から、俺達に食事の場を提供してくれた。一つは、俺が魚の配達を行ったこと。もう一つは、テーブルを挟んだ向こう側、そこに身を小さくして座る少女が理由だ。


「ここのお店に頼まれて、近場を荒らしてるキキルンの盗賊団について調べてたんですけど……思ってたよりも、大所帯の盗賊団だったみたいで」 


 調査に出向いたものの返り討ちに遭っちゃったんです、と彼女は続ける。

 肩のあたりで切りそろえられたクリーム色の髪は、毛先に向かうにしたがって軟らかな桃色を帯びている。カチューシャの様に編み込まれた三つ編みを見る限り、ゲーム内にも実装されている編み込みカチューシャに似た髪型だった。今は、しゅん、と横に垂れている獣耳が、彼女が落ち込んでいることを如実に表現している。


「それで、気が付いたらあの崖まで追い詰められてて……あんなことに」


 うう、と上目遣いでこちらを見上げてくる。申し訳なさそうなその視線を受け止める俺は、頬を冷やすため、水の入れられた革袋を押し当てていた。もちろんその革袋の下には、綺麗に彼女の平手が決まった痕が残っている。


「いや、俺は本当に怒ってたりはしないから……君を助けたのも、俺の勝手だったし」

「え、ええ……でも、その……」


 と、彼女が視線をやるのはその痕だ。自分が受け止めた少女が顔を羞恥の色に染めた瞬間(えっもしかしてこれラッキースケベの概念!?)と思いはしたが、まさか本当にその通りの展開になるとは思わなかった。


「ま、高いとこに居るミコッテには手を出すなってことですな」


 え、と声の方を見やれば、顎に口髭を撫でつけたララフェルが料理を運んできてくれる。彼がオボロンの届け先……つまり、コッファー&コフィンの調理人で、好意で俺達に食事を提供してくれているその人だった。彼の身長では卓上に料理を置くのも難しかろうと、料理を盆ごと受け取れば、


「やや、どうもどうも」

「いえいえ、ええと、それで……高い所に居るミコッテには……って?」

「ミコッテ族はバランス能力に長けていて、とても身軽なんですよ。だから高所作業に向いてるんですね。万が一高い場所から落ちても、殆どの場合しっかりと着地できる。」


 まぁよっぽどの高い場所から落ちればミコッテと言えども無理でしょうが、とララフェルは続ける。少女を改めて見返せば、彼女は気まずそうに視線を外し、


「ま、まぁ、あれくらいの高さでしたら大丈夫だったんですけど……」

「ああ……そうだったのか」

「そっ、その! 本当はさっと跳び下りて逃げるのもありかな~って思ってたので! だ、だって大した高さじゃなかったですし! まさか見ず知らずの男の人に抱き抱えられるとは思ってなくて!! あっ、ええとその、育ての親も世の中には危ない人とか変態とかが沢山居るから注意しなさいって言ってたので……!!」

「お嬢さん、それくらいにしてあげて下さい……」

「え」 


 慌てて取り繕う彼女の言葉に、俺は机に身を投げ出し落ち込んでいた。あーそっかあ大丈夫だったんだ……危機なら救わなきゃって思ったんだけどな……なんかここ数日、俺はちょっと思い込み激しいとこ有るな……へぇ……そっか……俺はうら若き女性にいきなり抱き着いた変態なんだな……そっかぁ……。


「そ、そういうつもりじゃないんですよ! ほ、ほら、ウォウォバルさんの料理はとても美味しいので食べてください!」


 言葉に出ていたらしい。温められた丸いパンのようなものを千切り、こちらの皿にのせてくれる。


「というか、あの……ずっと気になっていたんですけど」

「あー、パンおいしー」

「ちょっと、ダメにならないでください! 聞いてもいいですか!?」


 落ち込んでいても仕方がない、身を起こしテーブルの上を見れば、知らぬ間に食事の用意が整っていた。パンに、シチュー、魚とキノコが蒸し焼きにされている何か……。木製のコップに注がれたのはオレンジジュースのようだった。俺はオレンジジュースを手に取り、


「ええと……何が聞きたいんだ?」

「あなた、ちょっと前にウルダハのエーテライトプラザで倒れていませんでしたか?」

「ああ、うん、そうらしいけど……って、あ」


 もしかして、と思う。

 俺がエーテライトプラザで倒れたことを知っている、ミコッテ族の、格闘士の少女。

 ということは、だ。


「もしかして、君が?」


 こちらの表情で、向こうも意を察したのだろう。一つ頷き、


「貴方を冒険者ギルドまで運んだの、私です」

「うわーマジか! 凄い偶然だ! 探してたんだよ、君の事!」

「やっぱり貴方でしたか……なんだか知ってる顔だなぁって思っていたんです。えと、探されていたんですか?」

「ああ、どうにかお礼が言いたくて」


 テーブルに両手を付き、頭を下げる。


「ほんと、その節は世話になりました……ありがとう、助かったよ」


 パンを千切り、口に運ぼうとしていた彼女は、少し驚いた表情を浮かべる。そして、


「お元気そうで何よりです」


 と、屈託なく微笑えんだ。


「そう、君が宿代とかも出してくれたんだろ。返そうと思って」

「ええっ別にいいですよ、そんなの!」 


 わたわた、と彼女は両手を横に振る。そんな様子を尻目に、ポーチから小銭袋を取り出した。確か宿代は一泊500ギルほどだ。小銭を数え始めた俺に、止めても無駄だろうと思ったのだろう。彼女は渋々といった様子で食事を口に運んでいる。しかし、小銭袋から取り出された貨幣が全て俺の掌の上に載っている事を見て取った彼女は、


「え、ちょ、待ってください、あの……お金、それだけしか持ってないなんてこと、ないですよね……?」

「え? いや、これが全財産だけど……」

「ええ……⁉ その、失礼ですが、宿代出したら袋の中身もう空っぽ同然に見えたんですけど!」

「うん、まぁそうなるけど……君に宿代を返そうと思って稼いだ金だったから」

「えっそれじゃあ稼ぐ前はもっと持ってなかったんですか……!?」

「あー、まぁ、ちょっと色々あって……無一文だったけど……」

「そんな人から、お金は取れません!」


 どんなお人好しなんですか貴方は!と口調を荒げられるが、俺からしてみれば彼女の方が限りなくお人好しに見えた。少なくとも、貧乏人から小銭を巻き上げられない程度のお人好しだ。

 お互いに議論は平行線だ。しばらく、でも、しかし、の応酬が続く。それを打ち切ったのは、彼女の方からだった。


「……それなら、私が請け負っている依頼のお手伝いをしてくれませんか?」

「え、そんな事でいいのか」


 そんな事じゃないですよ、と彼女は手に持っていたフォークを立てる。言葉の応酬を交わしながらも、彼女は器用に食事を進めていた。


「先程私が酷い目に遭わされたキキルンの盗賊団……少し話をしましたが……その調査及び討伐をここの店主さんから請け負っているんです。それを、貴方も手伝いませんか? その代わり、報酬は私が多めに頂くという形で」

「いや、俺は報酬なんて要らないよ、君が全額でいい」

「またそんな事を言って……」

「いいから、いいから」


 この辺りでキキルンの盗賊団と言えば、思い当たる節が有るのは二つのF.A.T.Eだ。『コッファー与えず、コフィンに送れ』と『半熟英雄「半熟のババルン」』……F.A.T.Eの内容もしっかりと覚えているし、彼女が手助けを望むのならば、力になれるかもしれない。その俺の記憶の中に眠る情報が、俺の決断を後押しした。


「その調査と討伐、ぜひ手伝わせてくれ」


 そう言い俺が小銭袋に貨幣を戻せば、表情はまだ少し不満げながらも、彼女の耳がぴょこりと揺れた。


「それじゃあ、そういう事でお願いします」

「ああ、よろしく。えっと……」

「私はミィア。ミィア・モルコットといいます」


 そう名乗った彼女はこちらに右手を差し出し、


「よろしくお願いしますね」


 にこり、と小首をかしげ微笑んだ。





「ああ、よろしく」


 そう言いこちらの手を握り返した男をミィアは見る。そして、


「(なんて言うか……捉えどころの無い人ですね)」


 くすんだ金髪のミッドランダーだ。先程こちらの身体を空中から掻っ攫い、己の上に抱き込んだ男。握手を交わした手の平はごつごつとしていて、長年得物を握ってきた事が伝わってくる。しかし、そういった人種にしては物腰が穏やかで、なにより人が良さそうだった。

 何か騙されているんでしょうか……そう思いつつミィアは口を開く。


「それで、貴方のお名前は?」

「ああ、俺は……ハルオ。ナイトウ・ハルオだ」

「ナイトウ……さん?」


 変わったお名前なんですね、そう言葉を続ければ、祖父が異国の人間だったという返事が返ってくる。初対面の人間相手に深くを聞くのも失礼かと思い、それ以上深くは尋ねなかった。

 それよりも、と思う。ナイトウと名乗った男に謝罪をする為にこの店を間借りしたが、思ったより長引いた調査でかなりお腹が減っているのだ。

 出来る事なら会話を楽しむよりも、食事が冷める前にまず空腹を満たしたい、ミィアはそう思う。 


「(昨日もここで食事を頂きましたが、ウォウォバルさんの料理は本当に美味しいんですよね……!)」


 テーブルに並べられているのは、フラットブレットに、マトンシチュー。そして、ピピラとキノコの蒸し焼きだった。

 この店のフラットブレットは、フラットブレットにしては少しもちもちとして柔らかい。暖めたものを出してくれるのでライ麦の香りも香ばしかった。マトンシチューに漬けて食べてもまた美味しい。マトンシチューも、肉の臭みは殆ど無く、とろとろに煮込まれたオニオンとカロットが優しい甘みを提供してくれる。

 そして、今口に運んでいるピピラとキノコの蒸し焼きだ。キノコは恐らくシャンテレールだろう。ピピラは黒衣森ではよく釣れる魚だ。この辺りでは余り魚が取れない事を鑑みるに、グリダニアからわざわざ仕入れられたものだ。


「(……釣りたてかと思うくらい美味しいです……)」


 仕入れの経路がしっかりしているのだろう。ザナラーンは黒衣森に比べて暑い。生魚の入手は困難な筈だ。

 そんな所にまで気を配られているという事も加味して、コッファー&コフィンは料理のレベルが高い、そう思う。鉱夫向けのちょっとした酒房とは思えない程だ。こういった地元民だけが通う、知る人ぞ知る店を見つけられた事に喜びを感じていると、


「ええと、それじゃあ……その盗賊団について説明してくれないか?」

「あ、ああ!そうですね!はい!」


 つい食事に夢中になってしまっていた。彼も食事を進めてはいたが、それよりも話に興味を持っているようだった。少し自分を恥ずかしく思いつつ、取り繕うようナプキンで口元を拭う。そして、


「この討伐依頼が出ている盗賊団は、この近くの『ネズミの巣』を棲家としているキキルン族の群れです。基本的に数匹の群れで行動していて、何度かこのお店も襲撃にあっています」

「襲撃っていうのは……金銭を持って行かれたりとか?」

「いえ、どちらかといえば食料を強奪していくことが多いそうです。彼らは都市を追われていますからね。貨幣を持っていても、使う目処が無いのでしょう」

「なるほどな……」


 先ほど食して確信したが、ここが仕入れている食料は、そんじょそこらの庶民が手に入れるものと比べれば上質なものだ。もしかしたら、彼らもこの店の味が癖になったのかもしれない。キキルン族といえど、お目が高い……そんなことを少し思う。


「彼らを纏め上げているのがババルンと呼ばれる、少し大きめの個体のキキルンだそうです」

「それって『半熟のババルン』か?」

「あら、ナイトウさん、知っておられるんですか?」


 いや……と口ごもるナイトウは、少し怪しげだ。やはり自分は何か騙されているんだろうか? やはり、少なからず疑念の心は持っていたほうがいいのかもしれない、ミィアはそう思う。


「人伝てに聞いたってくらいの知識かな……実際に見たこととかが有る訳じゃない」

「そうですか……恐らく盗賊団は、そのババルンを捕縛しない限り、切りなく襲ってくることでしょう。ただでさえ繁殖力の高い種族ですから……なので、この依頼の最終目標は、盗賊団を壊滅させ、親玉であるババルンを捕縛することになります」

「なるほどな……捕縛したあとはどうするんだ?」

「どうって……ここはウルダハの管轄ですから、銅刃団に引き渡すことになりますね」

「ああ、そうか。そりゃあそうだよな」


 うんうん、と納得したように彼は頷く。そして、


「それじゃあ、これ食べたら少しお互いの力量を測りに行ってみようか」


 そう言い、残り半分くらいとなった食事にようやくまともに手をつけ始めた。  




称号:レジェンドのヒカセン エオルゼアに転生する ~いよいよ異世界だなぁ、オイ!!~

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